プロローグ~陽菜の場合~
その知らせが届いたのは、彼と喧嘩した次の日。
その時、私はコーヒー片手にテーブルに置いた携帯をじっと見つめていた。どうやって、彼に連絡を取るかを思案していたのだ。
「ひどい事言っちゃったしな。何より、あれは禁句だよ」
仕事と自分、どっちが大事か。一番、聞いてはいけない事を聞いてしまった。もちろん、普段は気を付けている。彼の仕事は自分のものと違って時間が不規則だから。
でも、昨日は彼が誘ってきたのだ。「一緒にクリスマスを過ごそう」と。だから、ついつい我慢が出来ずに気がついた時には、口から出てしまっていた。
「失敗したなぁ。でも、さっさと連絡したほうがいいよね」
そう言い聞かせて携帯に手を伸ばした瞬間、携帯が震えだす。あまりにもタイミングが良すぎて思わす手を引っ込めてしまった。けれどすぐに相手が誰かを確かめる。するとそこに表示されていたのは、自分の親友の名。
「月子。あ~、どうしてこのタイミングで…………」
数日前に喧嘩したばかりの親友の名に、更に自己嫌悪が募る。そうだ、彼女とも喧嘩していたのだという現実がさらに圧し掛かってきた。勝手に彼女に突っかかって勝手に絶交宣言までしてしまった相手からの電話。
「うぅ、謝ろう。うん、月子なら分かってくれる。はい、月子?」
「陽菜ちゃん!!」
「え? え? おばさん?」
聞こえてきたのは、月子ではなく彼女の母親だった。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「月子が、月子が…………」
「おばさん?」
相手の尋常ならざる様子に嫌な予感がした。
「落ち着いてください。どうしたんですか?」
「月子が、浴室で溺死したって連絡があって。家に行ったら…………」
それからの事は、よく覚えていない。ただ分かるのは、月子がもうこの世には存在していないということだけ。そして「陽菜ちゃん」と自分を呼ぶ彼女の柔らかい声が聞くことが出来ないという現実。
「月子…………何で…………」