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春街花 - haru・machi・bana - ♡第9話 靡く髪♡


「ここにしようか」


「うん。あ! 羽矢斗さん! プリンパフェがあるわっ」

 ワクワクした結莉の頬が緩む。


「好きなの? 結莉ちゃん」


「だーい好き」


「うん! じゃあ注文しよう」


「あ、ここはあたしにおごらせてください、羽矢斗さん」


「良いから、良いから! さ、入ろ」


「はいっ」


 羽矢斗はチョコレートケーキとレモンティーを、そして結莉はもちろん大好物のプリンパフェにパクつく。


「結莉ちゃんって……」


「ン、はい? モグモグ」


「すんごく美味しそうに食べるね」


 手にした銀のスプーンを光らせ、結莉は「だって美味しいんだもん!」


 羽矢斗はとても嬉しそうだ。


 無論、喫茶店でもアツアツの二人。おしゃべりしたり、黙って見つめ合ったり……。


 二人はせっかちな恋のキューピットにハートを射抜かれたのだろうか。互いに惹かれ合って行く速度が怖いぐらいだ。



 丁度良い時間になった。再びジュエリーショップへ行く結莉と羽矢斗。


「すぐにはめたいわ!」


「うん、結莉ちゃん。あ、ジュエリーボックスは持ち帰ります」と羽矢斗が店員に言う。


「はい、かしこまりました」


 二人はそれぞれ、右手の薬指にプラチナリングをはめた。

『恋人同士のイニシャルに“永遠”』と彫られた指輪を。


(いつか羽矢斗さんが……あたしの左の薬指に、指輪をはめてくれるのかしら?)なんて思いついた瞬間、娘の皐月を思い出した結莉。

 そろそろ帰らないと、夕方4時半だ。


 自分の指輪をはめた右手を、羽矢斗の指に絡ませ歩く幸せを存分に味わいつつ結莉は歩いている。


「羽矢斗さん、あたし、そろそろ帰らないと……ごめんなさい」


「うん。結莉ちゃんが謝ることはないよ。なんかオレが連れ回しちゃってごめんね」


「ううん、幸せです!」


 羽矢斗の右手の薬指もキラリと指輪が光る。


 そうして二人、改札をくぐり電車に乗った。帰りは少し混んでいて、二人とも立っている。


「今日は本当にありがとうございます、羽矢斗さん」


「ううん、こちらこそありがと」

 そう言った直後、羽矢斗は結莉の耳元に口を近づけた。

「結莉ちゃん、好きだ」


 ちょっぴり下を向いた後すぐ、結莉は少しだけ背伸びをして、同じように羽矢斗の耳元に囁いた。

「愛してる……」


 二人は無数のハートに包まれながら見つめ合った。


 結莉のおりる駅に到着した。


「電話、します」


「うん、オレもするよ!」


「じゃあね」


「うん、気を付けてね、結莉ちゃん」


「はい」


 電車のドアが閉まった。この間と同じよう、羽矢斗を乗せた電車がミニチュアサイズになるまでホームに立ち、見つめていた結莉。


                  *


「皐月、ただいまー、帰ってるぅ?」


「うん、ママ、おかえり! 良い靴見つかった?」

 スナック菓子の袋を持ち、口に含んだスナック菓子を飲み込みつつ皐月が玄関まで母を出迎えに来た。


「ううん、ゆっくり外食してから見て回ったんだけど、気に入るのは見つからなかったわ」

 右手薬指にはめていた愛の証は外されている。


(皐月にはゆっくり時間をかけて話したい……。だからペアリングは今、秘密にしておこう)


 指輪は大事にジュエリーボックスへとしまいバッグの中だ。


「そか。靴が見つからなかったのは残念だったね」と皐月。


「うん、でもさ、の~んびりと久しぶりにした外での食事、リラックスして出来たよ!」


「そうなのね。ママ、電車に乗るのは平気だった?」


(あ……! なんて言おう?)


「うん、皐月がアドバイスしてくれたから気をしっかり持ってね、大丈夫だった」


「そか、じゃあ安心したよ」


 どちらが母親で娘かわかんないような会話。


「急いでお夕飯の支度、するわね! 皐月、遅くなってごめん」


「ママ~、大丈夫! お味噌汁とチャーハン作っちゃった」


「え、そうなの。それでポテトチップス食べてるの? 皐月」


「うん、これはデザート! キャハ」


 笑い出す母と娘。


「じゃあ、ママ、おなかが空いたら皐月お手製のごはんを戴くわね!」


「うんうん。あたし、お風呂に入って来るね~」と皐月。


「はーい」


 自室に入り、引き出しに指輪をそっとしまった結莉。

 そうしていつものようにラジオのスイッチON。


(あさってが『ハートのたまご』ON AIR日だなー……。あたしの恋心はすっかり羽矢斗さんに奪われたわ。もうジャンくんには……傾きそうにないな、うん)などと思いつつ『ハートのたまご』のSNSを観ようとしたら、丁度ダイレクトメールがジャンくんから来た。


(なんだろ……羽矢斗さんで満たされている胸を邪魔されたくない。彼にひたりたい気分なのに……)

 そんな風にジャンくんに対して感じた結莉。


 DMを開けてみた。


『つむじちゃんへ いつも神出鬼没なDMでごめんね! オレ……なぜだかわかんないんだけど、今回ばかりは、あ……正直に言って恋愛感情のことだよ。気が多くなっている。よくわかんないんだけど、好きな女性が居るのに、つむじちゃんと話がしたくてしょうがないんだよ』


(変なジャンくん! ……でも、ジャンくんって嘘の付けない人なんだよな~。軽い気持ちで言って来てないのがわかる)


 つむじこと結莉は返信をした。


『ジャンくん、ごめんなさい。あたし、好きな人が出来ました。もう……こんな風に個人的なDMを送って来るのはやめて欲しいです』


 いっときはジャンくんにフワフワ靡きそうになった結莉であったが、今となってはもう、羽矢斗だけに夢中だと自分ではっきり感じている。


『わかった。嫌な思いをさせて悪かったです。つむじちゃん、すみませんでした』


 結莉は、なんだか胸がヒリヒリした。


『じゃあね、ジャンくん』


『うん』


 DMはそこで終わった。



 そして『ハートのたまご』放送日がやって来た。

 いつもと違い、心が曇っている。無論、リスナー仲間であるジャンくんを『振って』しまったから。でも、仕方ない。


 結莉はよっぽど聴かずにおこうかと思ったが、いつも通りなんとなーく番組を聴き始めた。


 今回はお便りを出していない。複雑な心地がして……。それと(今週は聴かずにおこうかな)とも考え込んでいたから。


 いつものようにはっちゃけたロリポップさんのDJを聴いても心弾まない。ドヨ~ンとしたままだ。


 そこへ向けてポップな、結莉があんまり好きじゃないタイプのナンバーが流れ始めた。


(ハー……。無理して聴くこと無いもんな。ラジオ、切ろうかな……)

 ウジウジと悩みながらも結莉は、ラジオを切る行動をとることすら億劫で、そのまんま部屋にはDJロリポップの元気いっぱいのおしゃべりと、色んなお便りやリクエスト曲が流れていた。

 耳に、頭にほとんど入って来ない。結莉はリビングの大きなソファーに横たわっていた。


『あ! ジャンくん、ふんふん……あれっ、これ読んじゃって良いやつ? ジャンくん大丈夫かい』と、ジャンくんのお便りを手にしたらしきロリポップさん。


 即座にSNSの書き込みで『もちOKっす』とジャンくん。


『あ、スタッフがSNS見たみたい。うん……わかった。紹介するね、ジャンくん……。“こんばんは、ロリポップさん、皆さん。今のオレは複雑な心境です。凄く好きな女性が出来たというのに……他の女性のことがなぜかよくわからないけど、ずっと気になって仕方ない。こんな状況は生まれて初めてです。オレは元々、自分で言うのもあれですが一途なんですよ。2人の女性にいっぺんに惹かれるなんて初めての経験です。それでね、先日……その内の1人の女性へ正直に、この状況を打ち明けました。そうしたら……その女性には彼氏がいるらしく、振られました。でも、メソメソしてしまい、なんだか胸が痛いんです。そもそも浮気者の自分が赦せないです”……と、ジャンくんが悩みを打ち明けてくれました。ンー……ジャンくんは『振られていない女性のほう』とお付き合いしているの? それだと、『恋人である彼女』の肩を持ちたくもなるけど……でもさ、ロリポップは思います。人間そんなに綺麗かな? ずるいとこも、弱いとこもあって当然じゃないかしら。ジャンくん、自分を責めないでね』


 そしてジャンくんのリクエスト曲が流れた。曲は超ハードなスラッシュメタルで、結莉はガクッと来て、ちょい笑いそうになってしまった。

(ジャンくん、笑ってごめんなさい。でも、なにゆえそのお便りの内容でこの曲?)と思いつつ。


 そして(自分にイライラしているのかも知れないな)結莉はそんな風に考えた。


 ジャンくんに心が動いていた自分自身にも罪悪感を持ってしまう結莉。


 でもハートはフリーダム。良いじゃない? 結莉は、自分の状況や気持ちをジャンくんにはっきりと伝えたのだしね。


 その回を境に、結莉は『ハートのたまご』を聴かなくなった。

 胸が疼いて辛いからだ。人を傷つけた罪悪感から、と言うのとはまた違う。言葉で説明がつかないけれど、なにかとても悲しくてたまらないから。


                 *


 ――――それから1カ月経過した。


 羽矢斗は結莉の通院時、電車に必ず付きそう。そして二人は、時に平日のお昼間にはお茶や食事をし、互いを深く知り合っていった。

 ハグをし、手を繋ぐ。でも、キスやそれ以上は……まだ。


 羽矢斗は、結莉の娘である皐月を気遣ってのことだろう。今は結莉に掛ける電話を、平日のお昼間だけにしている。

 つまり、皐月の居ない時間帯だ。


 結莉はジャンくんのことをすっかり忘れたわけではない。それは男性として恋しいのではなく、仲間としての思いだ。

(元気だったら良いな)と祈るような心地がする。


 洗濯物とお掃除を済ませ、ミルクティーを淹れホッとしていた結莉。時計を見ると午前11時半。

 電話が鳴った。


(羽矢斗さんだわ!)

 直感だ。

 そして、結莉の直感は大当たり。


「羽矢斗さん!」


「結莉ちゃん、どうしていたの?」


「はい。家事がひと段落し、ミルクティーを飲んでいたの」


「そか。オレは早めの昼休憩だよ」


 結莉は……実はもどかしい。だって、羽矢斗と結莉は良い大人の男女だもの。


 でも結莉は長い時間を羽矢斗と過ごすことはできない。皐月が大切なのだ。まだ難しい年頃だ。もしかしたら母親を独り占めしたいような気持ちを持っているかもしれない。

 それに、例えば短い時間愛し合うにしても……自分から誘うなんて、結莉には勇気が出なく出来ないのだ。


(羽矢斗さん、あたしのすべてが欲しくないのかな……。それとも大切にされている証なの?)

 恥ずかしくて問うことも出来ない。


「結莉ちゃん、早く逢いたいよ」


 2日前に逢ったばかりだ。おととい、結莉は羽矢斗にレストラン『ローザ・フェルグ』に連れて行ってもらったばかり。


(愛されている!)とやはり感じる結莉。


「うん、あたしも。羽矢斗さんのお顔が見たい、手を繋ぎたいよ。逢いたい」


「うん。一緒の気持ちだよ、結莉ちゃん……。ああ、そういえば次のクリニック通院はいつかな?」


「あ、あたしったら忘れていました。明日だわ!」


「そうか、忘れることは誰だってあるさ。でも、お薬がなくなったら大変だから、いつものさ、スケジュール帳を毎日何度も見るようにしようね!」


(本当、優しいパパみたい)


 結莉に父親は居ない。鳥取に母が居るだけだ。


「はい、羽矢斗さん。気を付けます。あの……明日、いつも通りホームに来てもらえますか?」


「うん、もちろんだよ」



 ――――翌日。


 駅のホームで羽矢斗を乗せた電車を待っている結莉、


(今日は冷えるな……。梅もすっかり咲いているけど)


 駅に来る途中の住宅街の庭先に愛らしい紅梅がいくつも花開いていた。


 最近羽矢斗は、結莉が待っている駅に7時50分到着の電車でやって来る。

 そしてこの頃は、一度、羽矢斗がホームにおりすぐに、結莉は羽矢斗についてそのまま羽矢斗を乗せて来た電車に乗る。なにせ羽矢斗は出勤である。その提案をしたのは結莉だった。会社に遅刻して欲しくない。


 電車は満員だ。


「今日は寒いね」と羽矢斗。


「うん。透き通った空気の中、紅い梅の花が咲いていたわ、羽矢斗さん」

 羽矢斗にピタッとくっつき小声で結莉が言う。


 羽矢斗はニッコリ微笑んで「本当、良いな」と結莉の腰を引き寄せた。


 そして3つ目の駅、結莉のクリニックと羽矢斗の会社『うちわ金魚』のある駅に着いた。


 通勤であっても結莉としっかり手を繋ぎ、結莉の足の速さに合わせゆっくり歩く羽矢斗。


 オフィスのビルに到着だ。

「じゃあ、オレ行って来るね。結莉ちゃん、帰り、大丈夫?」


「うん、大丈夫です」

 結莉は痴漢事件からすっかり立ち直れてはいないが、随分精神的にたくましくなって来た。ハッピーな毎日がそうさせるのだろうか。


 そりゃあもちろん、結莉の診察と羽矢斗の退社が同じ時間帯であるなら一緒に帰るに決まっている。しかし、当然朝の診察が夕方に終わったりしないので、先に帰るのは結莉。


「いってらっしゃい、羽矢斗さん」


「うん、結莉ちゃん、いってくるよ」


 まるで新婚さんみたいな二人。体はまだ結ばれていないけれど……。初々しい新婚カップルのようだ。


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