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春街花 - haru・machi・bana - ♡第7話 羽矢斗の告白♡


『4号車の一番前の扉辺り』

 羽矢斗との待ち合わせ場所だ。

 そうして、すぐに電車へ二人で飛び乗るかもしれないし、羽矢斗を乗せて来た電車は見送り、ゆったりと次の電車に乗るかもしれない。

 結莉は頼り甲斐のある羽矢斗に身を任せる。


 ――――9時50分。

 羽矢斗の姿はまだ見当たらない。

 結莉は今駅のホームから、自分の暮らす街並みを眺めている。

 なんだか今日は景色が普段と違って見える。遠くにあっても木々は瑞々しく映るし、空気の透明感を感じる。陽の光が柔らかく恋に堕ちた胸を撫でる。


 5分後。電車がやって来るアナウンスが流れた。


 ビュン! と風が轟き、風に結莉の黒髪が靡いた。電車が止まり、周りの人々よりもひときわ明るいオーラを放って見える羽矢斗の姿を発見した。


 電車をおり、駆け寄って来る羽矢斗。

 今日はスーツではない。良い感じの色合いのデニムパンツに、黒いハイネックのニットを着、上着はブラウンのMA-1ジャケット。クールだ! センスの良い赤いスニーカーを履いている。


「ごめんね! 結莉さん、もっと早く来たかったのに、待たせてしまいました。オレ、駅へ向かう途中で気づいたの。靴下が左右違うのだ、って! 1回家へ帰って来たんだ」


「え!」


「アハ、ドジなとこあるんだよ、オレ」


「ウフフ。笑ってごめんなさい、面白い!」


「うん、笑って良いよ、自分でもかなりウケたから。でも焦ったよ! 今日は……大切な日だから、さ」


 ホームでそうこう話しているうちに、羽矢斗を乗せて来た電車は走り去った。


「次の電車に乗ろうか」と羽矢斗。


「うん」


 電車は10分以内には来る、まあまあ街の駅だ。二人はホームの乗り口付近に立って待った。


「お仕事は順調ですか」

 結莉から自然とこぼれた言葉。


「うん。結構好きにやらせてもらっているから楽しいよ。デザインがもともと得意だしね!」


「素敵だな~。なにをデザインするんですか?」


「うん。オレは主に企業のホームページ制作だよ。イラストを描いたりもするんだ」


 羽矢斗の瞳がキラキラと輝いている。


「充実されているんですね!」


 電車がやって来た。


「あ、結莉さん、電車に乗ろう」


「はい」


 電車は空いていた。


(やった~! また羽矢斗さんとくっついて座っちゃう! わーい)


 ナチュラルに二人は端っこの席に並んで腰かけた。

 今日は、結莉の左の太腿や腕が、羽矢斗の右半身に触れている。


(あたしの心臓の音、聴かれちゃかも)


 嬉し恥ずかし、結莉は俯きがち。


「結莉さん……」

 静かな車内で小さめの声で名を呼ぶ羽矢斗。


「はい」

 つられて結莉も小声になる。


 すると羽矢斗が結莉の耳元に「可愛いよ」


 喜びと驚きで、羽矢斗の目を見た。羽矢斗は少々モジモジし、結莉には目を合わさず即座に電車の窓に目を向けていた。


 この時ばかりは羽矢斗の骨ばった大きな手を触りたい、握りたい衝動にかられたけど、結莉は勇気が出なかった。


「ありがと……」とつぶやくのが精一杯。


 到着駅までの20分間結莉は、熱でも出したかのように身体が火照った。


 3つ目のいつもの駅、クリニックと羽矢斗の会社うちわ金魚の最寄り駅に到着した。


 エスカレーターで改札を目指す。羽矢斗は結莉をレディーに扱い、先にエスカレーターへ促した。めったに落ちることはなかろうが、男性が後ろに居ればもしもの時、女性を支え守ることができる。これはレディーファーストな行動だ。


 改札階に着き改札を出た二人。


 すると……とても自然に、羽矢斗が結莉の手を繋いで来た。

 それも、互いの指と指を交差させる繋ぎ方……いわゆる、恋人繋ぎだ。


 心臓がバクバクする結莉。

 ギュッ! 手で幸せだと返事をするように握り返した。


 歩きつつ二人は束の間見つめ合った。

 やはり、羽矢斗の瞳は海のように深く麗しい。

 結莉は女の顔をした。とても女の顔をした。艶っぽい気分だ。


 今日は相合傘ではない。けれど、手と手で気持ちを結んでいる。


 いつものクリニックへ向かう道。


「こないだ、結莉さんがお『花が咲いているよ』と教えてくれた場所、先にあそこへ行きたいな」と羽矢斗。


 ほんわか丸っこい気分になり嬉しい結莉。


「ええ! ええ、行きましょう! 羽矢斗さん」


 自分の好きなもの、お花に……好きな人が興味を持ってくれて居ることがとても嬉しい。


 二人は繋がれた互いの指の感触を味わうように言葉少なだ。時々見つめ合った。


「結莉さん、すごく……髪の毛も綺麗だね。初めて逢った時から思っていたんだ」


「ありがとう。髪の毛のケアは怠らないわ。サラサラなのよ……触ってみたい?」


「え!」


 ドキリとした顔をして足を止める羽矢斗。結莉ももちろん立ち止まった。

 結莉は、本当に求め、触って欲しいと素直に感じ口に出したのだ。


「触れてください、あたしに……」


 すると繋いでいないほうの手を結莉の頭の上に持ってきた羽矢斗。手櫛のようにスーッと指を結莉の髪に入れ、毛先まで滑らせた。


 結莉はその間、瞳を閉じていた。


(イイ気持ち……)


「本当。凄くやわらかくてサラサラしているね」


「ンフフ」

 と笑ってみせたが、結莉は心臓がバクバクし過ぎて胸がはち切れそう!


 そしてなんと! 羽矢斗は、結莉と絡めていた指をそっとほどき、結莉の頭を自分の肩へ引き寄せたのだ。


(キャ――――)

 頭の中にたくさんのチューリップが満開の結莉だ。歩きながらヘニャヘニャって倒れちゃいそう。


「ここら辺だったよね」

 穏やかな声で羽矢斗がそう言い、すぐに「あ!」と言った。続けて「良い匂いだ」


 恍惚からなんとか気を取り直した結莉。

「そうよ~。あそこを見て! 羽矢斗さん」


「ああ! そうだった、この公園の植え込みだったね。……あ! なんだか、星が集まった手毬みたいだね」


「わぁ! 素敵な表現ですね、羽矢斗さん」


「そうかい?」


 羽矢斗は体をかがめ沈丁花に鼻を近づけている。


「甘酸っぱい、と言うか……前に結莉さんが言っていたように、なぜか懐かしい香りだね!」


「うんうん!」


 結莉も羽矢斗のすぐそばまで行き沈丁花の香りに鼻を近づける。


「良い匂い~」

 結莉がうっとりとする。


 ふと横を見ると、羽矢斗が結莉の顔を見つめていた。

 そのことに結莉が気づいたのを知ると羽矢斗はなんだか慌てて「うん! そ、そうだね」と言った。


 二人は沈丁花に見送られながら『レストラン”ローザ・フェルグ”』へと向かった。再び手を繋ぎ……。



「キャ、素敵な佇まい!」


「そうでしょう。このレンガ造りもオレ、気に入っているんだ」


『ローザ・フェルグ』はほのぼのとした温もりを感じさせる佇まい、そして店頭には花壇があり、色とりどりのパンジーが溢れんばかりに咲き誇っている。


 羽矢斗がドアを開け、結莉を先に通した。

「どうぞ」


(あん。キュンキュンするよー。羽矢斗さんってほんとプリンスみたいだわ)


 店内は入り口を見た感じから想像がつかないほど広かった。


 結莉は猫柄のテーブルクロスをとても気に入った。赤白チェックを背景に猫が蝶を追っかけているキュートな絵柄だ。照明は優しいオレンジの色合いで、明るすぎずムードがある。


「結莉さん、好きなもの、頼んでね!」


「あ、ごちそうになるなんて……」と結莉。


「良いの! またいつかお茶でもおごってください」ウインクする羽矢斗。


(イヤン♡こんなにウインクが似合う男性って居るかな……)


 自分をお姫様扱いするカッコいい男性と小粋なレストランでデート。結莉は舞い上がってしまう。


「は、はい。では、羽矢斗さんに甘えます、あたし」


 それから二人はメニューをそれぞれじっと見る。

 結莉は値段を見(結構なお値段のお店なんだ~)と知った。


「うん。……オレは……いつもナポリタンだから、今日はステーキを食べようかな」


「あ、あたしは……羽矢斗さんが『おいしい』って教えてくださったナポリタンを食べてみたいです」


「うん、わかった。あとで食べられそうだったらケーキもあるからね」


「はい」


 ドリンクは二人ともブレンドコーヒーを頼んだ。


 ランチタイム前だからだろう、お店は満員ではない。それでも広々とした店内のあちこちにお客さんが居る。

 テーブルとテーブルの間隔が広いので、プライベートなおしゃべりをするのにも良いお店だ。


 ちなみに結莉は朝ごはんを抜いて来た。せっかくのデートで『あんまり食べない』なんてしらけちゃうでしょう?


「ほんと、お店の中も良い雰囲気! 素敵です」


「そうでしょう。結莉ちゃんと……あ、オレ、今『ちゃん』なんて言ったよね! ごめんなさい」


 結莉は頬を紅らめ「良いんです、そう呼んで欲しいわ」と打ち明けた。


「う、うん、結莉ちゃん、あの……なんだったっけな、あ、そう! 結莉ちゃんと一緒に来られて嬉しいよ」


「はい……。羽矢斗さん、いつもお昼休憩はこちらへ?」


「ううん、会社すぐそばの定食屋さんがほとんどだよ。でも、残業した日なんかはたまにね、自分へのご褒美としてここへやって来るの」


 うんうん、と頷き聴き入る結莉。


「結莉ちゃんは外食をするの?」


「いいえ、あたしは……出歩くのが苦手ですし、引きこもりがち。あとお料理が苦にならないから作っています」


「そかあ。結莉ちゃんはお料理が得意なんだね。そういう女性……良いな」


「あ……」

(すっごく嬉しいのに照れちゃう)


「じゃあさ、結莉ちゃんの娘さんは毎日おいしい手料理を食べて居るんだね!」


「アハ。でもわたしは病を持っていて、具合が悪い日もあるので……前に羽矢斗さんに言ったよう、娘はとてもよく手伝ってくれるんです」


 結莉は思い切って羽矢斗に『病』と、ありのままを話した。年齢が35才であることを打ち明けると「自分より年下だと思っていた」と驚かれた。羽矢斗は33才とのこと。


「結莉ちゃん、とても瑞々しく健康そうだけど……ご病気なのですか?」

 心配そうに羽矢斗。


「ええ。わたしね、羽矢斗さん、心の病を持っているのです。結婚生活で……当時の夫からDVを受けていました。それで……精神が病んでしまったの」


 非常に悲しげな表情に変わった羽矢斗。


「そうだったんですか……。結莉ちゃん、よく頑張っているね! あ、オレなんかが偉そうに言うことじゃないかもしれないけど、結莉ちゃんから滲み出る温かさはなんだろう? そんな辛い目に遭って来たのに……そう考えるとね、様々なことを乗り越えて来た人なんだろうなー、って素直に感じるんです」


「ありがとう、羽矢斗さん。たくさんの人に支えられて来ました。娘の保育所の先生や学校の先生。時には娘のお友達のご両親。娘がらみの方々です。役所の相談員の方々。でも、一番は娘の存在があるから頑張れるの。あたしが守ってやらなきゃならないもの」


「素敵だよ、結莉ちゃん」

 今度は恥ずかしがったりしないで、真剣な表情で羽矢斗は結莉の瞳を見つめて言った。


「はい……」


 丁度その時お料理がやって来た。羽矢斗の注文したステーキの鉄板がジュージューいっている。


「すご~い!」

 思わず笑顔で結莉。


「うん、アツアツだよ。火傷しないようにしなくっちゃ、アハハ」


「うん! わぁ、ナポリタン、なんだか甘い香りがするわ。なんだろう」


「うん、オレもね、この香りの素に秘密があるような気がするんだよね! 食べよ! 結莉ちゃん」


「はい、いただきます!」


 スプーンの上でフォークに巻きつけたパスタを一口口に含む結莉。


(わ! なんだ、なんだ、この癖になるような甘味・旨味は!?)

 ほっぺを蕩けさせられ、大満足の結莉。


 興味深げにさっきから羽矢斗は結莉の食べる様子を見守りつつ、感想を待っている表情だ。


「どう? 結莉ちゃん」


「ン――――! なにこれ! 美味ですっ」と結莉は答え、すぐに麺をフォークに巻きつける。


 羽矢斗は凄く嬉しそうな顔をして、バターの載ったステーキを頬張っている。


 二人とも互いのくいしんぼうぶりをまざまざと知る。しばし沈黙が続いた。


 少しし、結莉が「キャハ、さっきからなんにもおしゃべりしてないね!」と笑った。


 そこでやっと羽矢斗も言葉を発した。

「結莉ちゃん、食べることが好きなんだね! オレ、いっぱい食べる女性、好きだよ……あ……」


 二人の間に、羽矢斗の『好きだよ』の声がずっと離れない。


「嬉しい」

 口元をチョンチョンと紙ナフキンで拭き、ちょっぴり結莉はかしこまった。


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