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春街花 - haru・machi・bana - ♡第13話 衝撃その2♡


「へ~、ママ! どこにあるの、そのレストラン」


「うん。クリニックの近くよ。前から気になってて、こないだパンプスを見に行った時にお茶をしたの。素敵だから、きっと皐月、喜んでくれると思うなー」


「オッケー! じゃあ、お誕生会はそのお店で決定ね!」


「うんっ」


 結莉は、あのお店の心地良さを皐月に味わわせたい。『ローザ・フェルグ』でたくさんおしゃべりしながら食事をする明るい皐月の笑顔が浮かぶ。


 想像してニコニコしている結莉に、皐月がこんなことを突然無邪気に訊いてきた。


「あ、そういえばママ?」


「ン、な~に、皐月」


「ママ最近、『ハートのたまご』聴かないのね。あんなに気に入ってたラジオ番組」

 ナゲットをソースに付けながら皐月。


「あ、ああ……」


「あ、ごめん、ママ。なんかまずいこと訊いちゃったかな? 喧嘩でもしちゃったの? ネットで?」


「……ううん。なんかハイテンションに疲れて来ちゃっただけ。たぶんママのことだから、また聴き始めるかも」などと適当に嘘をついてしまった結莉。胸がチクリ、とした。

(でたらめ言ってごめん、皐月……)


「そか~」と皐月はその後、もう『ハートのたまご』の話はしなかった。


 結莉は皐月とハンバーガーパーティーを終え、部屋着に着替え自室のベッドへ寝ころんだ。

 ポーッとしている。今日の出来事。羽矢斗との熱い進展。とっても素敵だった。羽矢斗のセクシーな香りやしなやかな体の硬さを想い起こし、うっとりとしている。


(本当に……夢物語りのよう)

 瞳を閉じ、結莉はお姫様になった気分でデートの余韻に浸っている。


(羽矢斗さんは今頃……なにを想っているかしら? きっとあたしと一緒よね? 一緒だったら嬉しいな……)


                  *


 ――――『一月は行く、二月は逃げる』そして『三月は去る』とはよく言ったもんだ。


 今日は皐月の誕生日。丁度日曜日だ。

「じゃあ、ランチに行こうよ、皐月?」

「うん、ママ!」と話はとうに決まっていた。


 結莉も皐月もうんとめかし込んだ。親子でのお出かけはいつぶりだろう? 結莉はウキウキしている。

 普段はスッピンの皐月もバッチリかわゆくメイクを決めた。


 結莉はポニーテールにし、大ぶりなふわモコの白いシュシュを付けた。洋服はロングのチュールスカート。淡い紫色だ。トップスはレースづかいが華やかなベージュのブラウス。もう日中はポカポカ陽気なのでラベンダーカラーの薄手のカーディガンを着た。足元はベージュのパンプスに白い柄タイツ。

 皐月は、お得意のロリータファッションに今日は藍色のカラーコンタクトも装着。ベロア素材の膝下丈・白い襟付きの茶色いワンピーススタイル。襟もとには黒いリボンがあしらわれている。丈の短いベージュの羽織り物を着、足元は白いフリル付き靴下にクロスベルトデザインがチャームポイントのヒールストラップ靴。ロリータの定番だ。


「皐月、行こう~!」


「オッケー、ママ」


 二人ともメイクもお洋服もキメキメなのでテンションが自然と上がる。


「ねー、ママと電車に乗るのって久しぶりだよね」と電車の座席に着いた皐月が言う。


「そうね、ママ、嬉しいよ」


 微笑む皐月。


(ンー、皐月はこの間失恋しちゃったけどさ、いつかは素敵な恋人が出来て……今みたいに[ママ! ママ]って言わなくなるのかなー。ちょっと寂しいかも)


 車窓を流れ行く風景に時の流れを感じる結莉。娘との1秒1秒が愛おしい。

 羽矢斗へ抱くものとは全く別の感情だ。結莉にとって、どちらも命ほどに大事だ。


「ママ、なに考えてるの? なんだか黄昏ちゃってさ」

 不思議そうな顔をして娘が訊く。


「うん。皐月もいつかお嫁に行くのかなー、なんて考えて居たの」

 ニッコリしつつ返す結莉。


「もちろんよ! あたしはめげてないわよ、この間のこと。きっと素敵な彼氏を見つけるわ」


「まあ、頼もしい!」


 二人はキャッキャと笑った。


 クリニックのあるいつもの駅に着いた。道々もいろいろと母子の会話は続く。


「皐月はまだこれから2年生になるとこだけれど、進路はもう考えているの?」


「ううん。まだ自分がやりたいことが見つからないよ」


「そう、皐月。なんにも慌てることはないわ。皐月ならきっと素晴らしいアイディアが思い付くよ」


「アイディア? ママ、進路ってアイディアなの?」


「そうよ。人生の設計図のアイディア。その設計図は何度でも描き直せるよ」


 今があるから結莉にはそう話せるのだ。確かに自分は、元夫のDVにより心が病んでしまった。でも守るべき娘がいるから歯を食いしばっている。

 最近ではそこへ王子様も現れた。

『勝負するのは自分とだけ』だ。結莉のモットーだ。結莉は何度も挫折しそうになりながら、立ち上がって来た女だ。


「ふーん」としか結莉には聴こえなかったが、皐月は歩きつつ大きな瞳を輝かせ、真摯に母の話を聴いていた。


「ママ、この辺少し変わったね。商店街のお花屋さんがリニューアルしてるじゃん!」


「そうよ。そうだよね、皐月がここに来るのって、クリニックについて来てくれた時以来だもん。随分経つよね」


「うん」


「それにしてもママ『ローザ・フェルグ』なんてカッコいい名前だね、レストラン。ドキドキしちゃうな~」


「うん! もうすぐ着くよ。あの角を曲がったとこ」


「え、ほーんとママのクリニックの目と鼻の先なんだね」


「そうなの」


 曲がり角を曲がると温かみのある独特な佇まいを外観から醸し出す『ローザ・フェルグ』に到着だ。

 花壇には今、クリスマスローズが花盛りだ!

 結莉の大好きな黒い花びら、ブラックパールも咲いている。


 つい娘を置いて花壇に駆け寄る結莉。

「皐月! 来て! ママの好きなクリスマスローズの品種よ。ブラックパールって言うの」


 トコトコと母を追う皐月。

「どれどれ……。わー、可愛い! なんだか神秘的だね。それにお店も古いフランス映画みたいな雰囲気で素敵」


「そうでしょう、ウフフ。さ、お店に入りましょう」


「うん!」


 ――――「いらっしゃいませ、2名様でいらっしゃいますでしょうか?」


 結莉が「はい」と答える。すかさず隣にいた皐月が「わぁ! ママ、お客さんすっごくいっぱいだね」と広々とした店内を見渡している。


「そうね! 日曜日だからかな」


「どうぞこちらへ」


 店員に案内され席に着いた。


(えっ?!)


 結莉は一瞬目を疑った。


 隣の席だ。隣の席は、6名の男女が2つテーブルをくっつけワイワイ盛り上がっているのだが……その中に、なんと羽矢斗がいたのだ!


 皐月は相変わらず興味津々という表情で瞳を輝かせ「凄くイイ感じのお店~」と、椅子に座ってからもキョロキョロしている。


 羽矢斗はグループのテーブルの端っこに座っていた。少しだけ離れてはいるが、結莉の真隣だ。


 羽矢斗も結莉にすぐ気づき、ビックリした顔をしている。


(なんなの? まさか合コン?! そんなわけ無いよね……。女性は2名だけだし。その前に羽矢斗にはあたしが居るんだし!)


 でもでも、結莉は、羽矢斗が自分以外の女性と一緒に食事をしていることに……正直言って嫉妬した。


「ママ、どうかした?」

 ロマンチックな照明器具など、店内の装飾にくぎ付けになっていた皐月が、結莉のほうへ向き直し言った。


「え」


「なんかボーっとしちゃってるよ? 大丈夫?」


「う、うん。前に来た時、こんなに混んでいなかったから、少し驚いてただけよ」


「うん、そか」

 さっそくメニューをめくり始める皐月。


 結莉の耳はいつもの100倍の大きさとなり、そばだてている。もちろん隣のテーブルに、だ。


 羽矢斗は皐月がいる手前、結莉に声を掛けられないのだろう。


「ねぇ、ママ? あたしはハンバーグデミグラスソースと魚介サラダが良いな。レモンスカッシュも飲みたい! ママはなににするの?」


 結莉はメニューを開いたまんま、お料理の写真なんて目に入って来ない状態だった。


「あ、ああ。ママはナポリタンにするわ! 美味しいの、ここのナポリタンッ」

 ヤキモチから、羽矢斗に対しすねている結莉はわざと大き目の声で言う。羽矢斗がファーストデートでおすすめしてくれたお料理の名前を、羽矢斗に聴こえるように言ったのだ。


 すぐさま店員に向かって手を上げる結莉。お料理をオーダーした。


「ママ? なんか……怒ってる? あたし、気に障るようなこと言っちゃったかな」


「ううん。皐月、ごめんね。お客さんが思いのほか多かったからちょっぴり圧倒されているだけだよ」


「そうなのね」


 隣のテーブルから笑い声がし、ある女性が話し始めた。

「ロリポップさんってそういえば、ラジオで言わないし、年齢不詳だよね!」


(え! 『ロリポップさん』?! え……)

 結莉は(もしや、この人たち『ハートのたまご』のリスナーさん?)と……。


 するとグループ内の他の男性が即座に「俺はね、40才ぐらいだと感じるな。SNSの写真や動画・声からさ」と言った。


(やっぱりそうだ。羽矢斗も『ハートのたまご』を聴いていたんだ~。オフ会ね、きっと)


「おい、ジャンくんはどう思う?」

 他の男性が……羽矢斗に向かって『ジャンくん』って言った!


 頭の中が真っ白になる結莉。


(羽矢斗さんイコールジャンくん?!)


 パニックを起こしそうな結莉。


 結莉は(落ち着け、あたし! 今は可愛い皐月のお誕生日のお祝いよ! 落ち着くの)自身に言い聞かせた。


 皐月には隣のテーブルの会話が聴こえていなかったらしい。

「ママ、イケてるお店に連れてきてくれてありがとー!」


「うん。お誕生日おめでとう、皐月! 素敵な一年になりますように」


 羽矢斗(ジャンくんと呼ばれている人)と結莉は目を合わせないようにした。

 皐月のために。


 早く羽矢斗と話したい、真相を知りたい結莉であるが、今日は日曜日。

 この後もずっと皐月と一緒なので電話も出来ない。


 結莉は、ナポリタンのお味がこの間と違って感じられた。というか、味がよくわかんなかった。

『“ジャンくん”と呼ばれた羽矢斗』のことで頭の中がいっぱい。


(もしも羽矢斗が……正真正銘の[ジャンくん]だとしたら、彼、あたしが[ラジオネームつむじちゃん]っていうこと、わかってないわよね?)


 あれこれ思いつつ言葉少なに食事する結莉。


「ネー、ママ? どうしたの……? あれ?!」


 お隣からの大きな笑い声とおしゃべりが皐月の耳にも届いたらしい。


「ジャンくんもそう思う? 土曜日の『ハートのたまご』はマジ、待ち遠しいよね~」とかなんとか、女性リスナーらしき人が言ったのを聞きつけたのだ。


「ママ……」と小声で皐月。


「ン?」


「お隣の人たち、ママが聴いていたラジオのリスナーさんたちじゃないの?!」

 同じく小声の皐月だ。


「うん、たぶん……そうみたいだね」


 皐月も幼い子どもではない。顔バレしていない母親が、わざわざここで挨拶するのも躊躇するのだろう、と悟っているらしい。


 なんとな~く、皐月のテンションも下がり、親子はデザートはよそで食べることにし『ローザ・フェルグ』を跡にした。


 結莉が立ち上がると、チラリと羽矢斗が結莉を見た。

 なんとなく結莉は素直になれず、そっぽを向いた。


 皐月とともにレジの所へ行く結莉を目で追う羽矢斗。結莉はその強い視線をとても感じていた。わかっていた。でも……(ジャンくんは気が多いのよね)などと浮かんだり(なによ、羽矢斗、あたし以外の人たちとあんなに嬉しそうに!)などという制御の効かないヤキモチ……などで、結莉は頭の中がパニック。

 でもやっぱり大好きな羽矢斗が気になって、チラッとまた見た。ずっと羽矢斗は結莉のことを心配そうに見ていた。


「ママ、あの、挨拶するならあたしのことは気にしないで、声……かけても良いよ? 『ハートのたまご』のリスナーさんたちに」

 皐月は母の困惑しているような様子から、なにか母・結莉に声をかけたほうが良いと判断したのだろう。


「ううん。ママ、苦手だわ。ああいうの。行きましょう、皐月」


「う、うん……」


 兎に角結莉は落ち着きたかった。駅ナカの喫茶店へ行こうと決まり、皐月と歩いていると、少し過呼吸気味になって来た。


「ママ? 呼吸、辛いんじゃない!? 大丈夫?」


「うん。ちょっと止まって深呼吸するね……フ――――」

 結莉は立ち止まり、まずは体の中の空気を吐き出してから、ゆっくりと腹式呼吸を始めた。


(この複雑な想いを全部吐き出して、新鮮な空気を取り入れるのよ)

 そう思いながら。


 皐月は母親を心配そうに見守っていた。


「ごめんね、皐月。皐月のお祝いなのに、ママが皐月に心配かけるなんて……」


「なにを言うの、ママ。具合が悪くなっちゃったんだもの。気にしないで、そんなの。あたしはママとお出かけ出来て嬉しいんだよ。でもさ、喫茶店よりもお家が良いんじゃない?」


 それもそうだな、と結莉は思った。『デザートを食べる』と皐月と約束していたから、なにがなんでも行かなきゃならないような気分になってしまっていた。

 そういう性質も結莉の心の病に大いにかかわっている部分だ。


 母と娘はゆっくりと駅のホームへ向かった。

 駅に着く頃にはすでに、結莉がなりかけていた過呼吸の兆候はおさまっていた。


 結莉は今すぐ泣きたい。いや、泣きつきたい! 羽矢斗の胸に!


(それにしてもジャンくんだったなんて。あたしはジャンくんとベッドも共にしたんだわ。街のお姉さんに、あたし以外の人にフラッと目が行くようなジャンくん、つまり羽矢斗……あたし、情ないわ! それでも彼に今すぐ泣きつきたいよ!)


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