お風呂と自動給湯システム
1. 日本人の魂が叫ぶ
「……限界だ」
畑仕事で一汗かいた夕暮れ時。俺はシャツの匂いを嗅いで眉をひそめた。 体を拭くタオルはある。近くに綺麗な川もある。 だが、そうじゃない。俺が求めているのは、肩まで浸かって「ふぅ〜」と息を吐く、あの瞬間だ。
「風呂に入りたい。それも、足が伸ばせる広い露天風呂に」
日本人のDNAがそう叫んでいた。 ログハウスもベッドもある。次に必要なのは、文明の象徴「給湯システム」だ。
2. 絶景の露天風呂
俺は【万能農具】を担いで、家の裏手にある少し開けた場所へ向かった。 ここなら森を見下ろせるし、夜には星空が綺麗に見えるはずだ。
「まずは浴槽作りからだな」
農具を『ノミ』に変化させ、余っていた「アイアンウッド」の丸太を加工する。 硬い木材をくり抜き、表面を徹底的に研磨する。 完成したのは、大人が三人入っても余裕がある、木目が美しい正方形の浴槽だ。 アイアンウッドから漂う清涼な香りが、早くも檜風呂のような風情を醸し出している。
3. 魔石式・自動給湯システム
問題は「お湯」だ。薪で沸かすのは温度調節が難しいし、スローライフには手間がかかりすぎる。 そこで、先日川辺で採取しておいた素材を取り出した。
『ヒート・ストーン:常にほんのり温かい石。魔力を込めると発熱量が増す』 『クール・ストーン:常に冷たい石。冷却効果がある』
「これを組み合わせれば……」
俺は【万能農具】で石を加工し、浴槽の底にセットする「循環ユニット」を作成した。 仕組みはこうだ。
川から引いた水を、ヒート・ストーンで加熱。
熱くなりすぎたら、クール・ストーンの弁が開いて温度を下げる。
これを魔力回路で制御し、常に「41度」をキープする。
名付けて『魔石式オートバスシステム』。 現代の技術と異世界の魔法素材の融合だ。
「スイッチ、オン!」
ボコッ、ボコボコ…… ユニットから心地よい気泡と共に、温かいお湯が湧き出してきた。 湯気が立ち上り、白い霧が森の緑を幻想的にぼかしていく。
4. 極楽への一番乗り
「よし、一番風呂いただき!」
服を脱ぎ捨て、掛け湯をしてから、俺はゆっくりと湯船に足を沈めた。
「…………ぁあ~~~……」
声にならない声が漏れた。 熱すぎず、ぬるすぎない絶妙な湯加減。 お湯が全身の毛穴を開き、日々の農作業で溜まった疲れをじわじわと溶かしていく。
肌に触れるアイアンウッドの感触は優しく、鼻腔を満たすのは森の澄んだ空気と木の香り。 見上げれば、木々の隙間から一番星が輝いている。 これぞ、至高の贅沢。
5. 茹でエルフの誕生
「ちょっとカイト! どこ行ったのよ……って、わわっ!?」
森の中からシルフィが現れた。湯気の中にいる俺を見て、目を丸くしている。
「な、なによその大量のお湯! まさか、あなた煮込まれてるの!?」
「違う違う。これは『お風呂』。体を温めて疲れを取る場所だよ。シルフィも入るか? ちゃんと仕切りも作ったから」
俺は浴槽の中央に、即席の木の板をはめ込んで仕切った。
「……煮込まれるんじゃないわよね? 信じるわよ?」
シルフィはおずおずと反対側に入り――。
「ひゃうっ!? ……あ、熱……くな、い? ……なにこれ」
チャプン、と肩まで浸かる音がした。
「……ふにゃぁ……」
仕切りの向こうから、完全に骨抜きになった声が聞こえてきた。
「すごい……体がポカポカする。魔法で回復してもらうより、ずっと気持ちいいかも……。お湯がトロトロしてて、肌がスベスベになるわ……」
「だろ? 上がったら、冷えたフルーツ牛乳もあるぞ」
「……私、もう出ない。ここで暮らす」
「のぼせるぞ」
結局、その日は二人して月が昇るまでお湯に浸かり、茹で上がったタコのように顔を赤くして眠りについたのだった。




