厳格なる姉と天ぷら
1. 便利なミルクの木
「姉さんが来る前に、腹ごしらえをしておかないとな」
嵐の前の静けさの中、俺は朝の日課をこなしていた。 ログハウスの裏手に自生している白い木――『ホワイト・ミルク・ツリー』の前に立つ。 この木の幹にナイフで少し傷をつけると、動物の乳そっくりの樹液が湧き出てくるのだ。
「よし、今日も濃厚だ」
俺は【万能農具】で作った木桶に、新鮮なミルクをたっぷりと溜めた。 この世界には牛がいなくても、こういう便利な植物があるから助かる。 このミルクを温めて、昨日の残りのクレープと一緒に食卓へ運ぶ。
しかし、その平穏は唐突に破られた。
2. 氷の王女
ヒュオオオオ……
森の気温が一気に下がった気がした。 ログハウスの扉が音もなく開き、一人の女性が立っていた。 シルフィと同じ金色の髪だが、その瞳は凍てつくように冷たく、纏っている空気は研ぎ澄まされた刃のようだ。
「見つけましたよ、シルフィード。こんな薄汚い小屋で、下等生物(人間)と馴れ合っているとは」
「……お、お姉様」
シルフィが震え上がり、俺の背中に隠れる。 彼女こそが、ハイエルフの第一王女・エリシア。 厳格さと完璧さを絵に描いたような人物だ。
「さあ、帰りますよ。王家の恥さらしめ。貴女には、宮殿で『清浄なる霞』と『生の葉野菜』を食む高潔な生活が待っています」
「いやぁぁぁ! 絶対に嫌! 私、もうあんな味のしない食事はうんざりなの!」
3. 野菜だけの饗宴
「味? 食事に快楽を求めるなど、言語道断。……そこな人間。妹をたぶらかした罪、万死に値します」
エリシアが俺を睨む。その手には既に攻撃魔法の輝きが宿っていた。 俺は一歩前に出た。
「待ってください。シルフィは自分の意志でここにいる。それに、ここの食事は彼女を健康にしています」 「黙りなさい。どうせ、野蛮な肉や脂を食べさせているのでしょう」
「なら、勝負しませんか」
俺はエリシアの目を真っ直ぐに見返した。
「貴女の戒律通り、『野菜だけ』を使った料理をお出しします。もしそれが、貴女の宮殿の食事よりも美味しくなければ、シルフィを連れて帰っていい。その代わり、美味ければ彼女の自由を認めてください」
「……よろしい。その愚かな自信、へし折って差し上げましょう」
4. 衣の魔術
俺はキッチン(石窯と調理台)に向かった。 野菜だけで、肉好きのエルフ(シルフィ)すら満足させる濃厚さを出す。 答えは一つ。「揚げ物」だ。
用意したのは、森で採れた山菜、キノコ、そして甘みの強い「シュガーラディッシュ」と、ホクホクの「バッファロー・ポテト」。
ボウルに「ゴールデン・ウィート」の粉を入れ、そこにキンキンに冷やした【クリスタル・ウォーター】を注ぐ。 箸でさっくりと混ぜる。混ぜすぎないのがコツだ。
鍋には、上質な植物油(ひまわり油)をたっぷりと満たし、加熱する。
「……何をしていますの? 水と粉……それに、油?」 エリシアが怪訝な顔をする。
俺は野菜に衣を纏わせ、油の中へと滑らせた。
パチパチパチ……ジュワァァァ……
水分が弾ける軽快な音が響き渡る。 香ばしい匂いが立ち上り、エリシアの鼻がピクリと動いた。 黄金色の衣をまとった野菜たちが、油の中で踊っている。
5.サクサクの衝撃
「お待たせしました。『野菜の天ぷら』です。岩塩をつけてどうぞ」
揚げたての天ぷらを皿に盛る。 エリシアは警戒しながらも、箸(シルフィに教わったらしい)で「舞茸の天ぷら」を持ち上げた。
「……油で煮るなんて。ギトギトしていそうですけれど」
彼女は小さく口を開け、端を齧った。
サクッ……
静寂な部屋に、小気味よい音が響いた。
「……っ!?」
エリシアの目が大きく見開かれた。 ギトギトなんてしていない。衣は驚くほど軽く、一瞬で崩れ去る。 その中から、熱々のキノコの汁が溢れ出した。
「な、何ですのこれ……! 外は軽やかなのに、中は旨味が凝縮されています! ただのキノコのはずなのに、まるで極上の肉のような濃厚さが……!」
次は「シュガーラディッシュの天ぷら」。 カリッ、ホクッ。 熱を通すことで甘みが増した大根が、口の中でとろける。岩塩のしょっぱさが、その甘みを極限まで引き立てる。
「野菜……これらは全て、野菜なのですか!? 私が知っている『生の葉っぱ』とは、まるで別の食べ物ですわ!」
気がつけば、クールな第一王女の仮面は剥がれ落ちていた。 彼女は次々と天ぷらを口に運び、時折「熱っ、はふっ」と可愛らしい声を漏らしている。
6. 通い妻(姉)の誕生
「……完食、ですね」
皿の上には、衣のかけら一つ残っていなかった。 エリシアは我に返り、咳払いをして姿勢を正した。また少し顔が赤い。
「……認めましょう。この料理には、確かに価値があります。シルフィードの健康にも、悪影響はないようですわ」
「じゃあ、ここにいてもいいの!?」 シルフィが目を輝かせる。
「ええ。……ただし!」
エリシアは俺の方を見て、頬を染めながら言った。
「妹の監督不行き届きがあってはいけませんからね。これからは、私が定期的に……そう、週に3回くらいは視察に来ます。 ……いいですね?」
「「……はい」」
こうして、俺の家には「大食いの妹」に続き、「グルメな姉」という新たな常連客(居候予備軍)が増えたのだった。




