憂鬱なエルフと黄金のクレープ
1. 【異変】食欲魔人の溜息
「……はぁ」
朝の食卓に、重たい溜息が落ちた。 これは異常事態だ。 目の前には、炊きたての銀シャリと、具だくさんの豚汁、そして香ばしい焼き魚(川魚)が並んでいるというのに。
普段なら「おかわり!」の合唱が響く時間だが、今日のシルフィは箸が進んでいない。 黄金色の髪は艶を失い、トレードマークの長い耳もぺたりと垂れ下がっている。
「どうしたんですか、シルフィ姐さん。もしかして、お腹が痛いですか?」 ポン太が心配そうに覗き込む。
「……ううん。ただ、ちょっとね」 シルフィは視線を窓の外に向けた。そこには、一羽の光り輝く鳥――伝書魔法の使い魔が留まっていた。
2. 高貴なる家出娘
「実はね……実家から手紙が来たの。『居場所はわかっている。直ちに帰還せよ』って」
俺たちは箸を止めた。 「実家って、この森の奥にあるエルフの里か?」
「……ううん。もっと奥深く、世界樹の麓にある『ハイエルフの都』よ。私、実は……一応、王女なの」
「「「ええええーーっ!?」」」
俺とピコとポン太の声が重なった。 この食いしん坊で、寝相が悪くて、マヨネーズ中毒の彼女が、王女?
「信じられないのも無理ないわ。……私、家出したの。都の暮らしが息苦しくて」
シルフィは語り始めた。 ハイエルフの生活は厳格そのもの。 食事は「霞」や「味付けのない野菜」のみ。肉や魚は野蛮とされ、甘味などもってのほか。 一日中、堅苦しい儀式と瞑想を強いられる日々。
「ある日、我慢の限界が来たの。『もっと美味しいものが食べたい! 自由に生きたい!』って叫んで、結界を破って飛び出したのよ」
そして空腹で行き倒れていたところを、俺のパスタに救われたというわけだ。
3. 薄焼きの芸術
「迎えが来るかもしれない……。もう、あんな味気ない生活には戻りたくない……」 涙目になるシルフィ。
俺は黙って席を立った。 言葉で励ますよりも、俺にできることは一つだ。
「シルフィ。甘いものは好きか?」 「え……? うん、大好きだけど」
俺は【万能農具】を『ホットプレート(平らな鉄板)』に変化させた。 ボウルに「ゴールデン・ウィート」の粉、砂糖、卵、たっぷりのミルクを混ぜ合わせる。 生地は水のようにサラサラになるまで伸ばす。
熱した鉄板に生地を流すと、ジュワァ…… と優しい音がした。 薄く、丸く、トンボの羽のように広げる。 焦げ目がつく一歩手前で裏返す。甘い香りが部屋中に充満した。
4. 包み込まれる優しさ
焼き上がった**『クレープ』**の皮に、ホイップした生クリームと、森で採れたベリー、そして蜂蜜を垂らす。 くるりと扇形に畳めば完成だ。
「熱いから気をつけて」 俺はそれを手渡した。
シルフィは躊躇いながらも、クレープにかぶりついた。
「……んっ」
薄い生地は「モチッ」としていて、噛むと卵とミルクの風味が広がる。 中から冷たいクリームと甘酸っぱいベリーが溢れ出し、温かい生地と口の中で混ざり合う。
「甘い……温かい……」
一口、また一口。 食べるごとに、彼女の瞳に光が戻っていく。
「都のお菓子なんて、乾燥した木の実くらいしかなかった……。こんなに柔らかくて、優しい食べ物が、この世界にあるなんて……」
彼女はクレープを両手で大事そうに持ち、ボロボロと涙をこぼした。
「カイト……私、帰りたくない。ここが私の家なの」
5. 迎え撃つ準備
「ああ。嫌なら帰らなくていい」
俺は彼女の頭をポンと撫でた。 ポン太とピコも、うんうんと頷いている。
「誰が来ようと、俺たちが追い返してやる。……いや、俺たちのやり方で『納得』させてやろう」
「納得?」
「ああ。ハイエルフだろうが何だろうが、美味いものを食わせれば大抵のことは解決する」
俺の言葉に、シルフィは涙を拭いて、少しだけ笑った。 その笑顔は、いつもの高慢ちきで可愛い彼女のものだった。
しかし、その翌日。 事態は俺の予想よりも早く動いた。
森の空気が、ピリリと凍りついたのだ。




