転生と最初の収穫
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1. 森の目覚め
「……ん、うぅ……」
目を開けると、そこは緑の天蓋だった。 木漏れ日が優しく顔を撫で、どこからか小鳥たちの楽しげな歌声が聞こえてくる。
「ここは……?」
体を起こし、深呼吸をする。 肺いっぱいに満たされるのは、排気ガスでもエアコンの乾燥した風でもない。土の香りと、草木の瑞々しい匂い。 それだけで、長年蓄積していた肩の凝りが、ふわりと解けていくような感覚があった。
俺は確か、連日の残業を終えて会社のデスクで……。 まあ、いいか。そんなことはもう。
今の俺は、ここにいる。 直感が告げていた。ここはもう、あの窮屈な日本じゃないと。
2. 農作業着と万能農具
ふと自分の体を見下ろす。 着ているのはスーツではない。動きやすそうな、それでいて少しデザインの凝った農作業着だ 。 素材は柔らかく、肌に馴染む。
「それに、何だろう。この力が湧いてくる感じは」
俺は意識を集中させ、頭の中に浮かんでいる不思議な『感覚』に触れてみた。 ステータス画面のような情報が、脳内に直接語りかけてくる。
名前: カイト(28歳)
スキル:
【万能農具】:思った通りの農具を召喚できる 。
【植物鑑定】:美味しい食べ頃が一目でわかる 。
「万能農具、か……」
試しに「クワ」と念じてみる。 すると、手のひらに心地よい重みが生まれた。 飾り気はないが、使い込まれたような温かみのある柄。刃の部分は鈍く光り、どんな荒れ地でも耕せそうな頼もしさを感じる。
「よし、相棒はこれだね」
俺は独り言ちて、軽くクワを振ってみた。 風を切る音が、森の静寂に吸い込まれていく。
3. 空腹と最初のひと振り
「ぐぅぅ……」
緊張が解けたせいか、腹の虫が盛大に鳴った。 そういえば、最後の食事はいつだったか。コンビニのパサパサしたおにぎりだった気がする。
「まずは食料確保だ。【植物鑑定】!」
スキルを発動し、周囲を見渡す。 視界にある植物たちに、ポップアップのような情報が付与されていく。 『雑草』『雑草』『薬草(苦い)』……。
その中に、ひとつだけ黄金色の光を放つ反応があった。
『野生のトマト:水分不足だが、魔力を注げば極上の実をつける』
「これだ……!」
俺はクワを「じょうろ」のイメージに変化させる。 【万能農具】の力で、じょうろの中には常に清らかな水が満たされているようだ。
俺は枯れかけたその苗に、たっぷりと水を注いだ。 ただの水じゃない。俺の「育ってくれ」という願い(魔力)を込めた水だ。
みるみるうちに、茎が太くなり、葉が茂り、そして――。
枝がしなるほどに、真っ赤な実がたわわに実った。 それはまるで宝石のように輝く緑と赤。この薄暗い森の中で、そこだけ色彩の芸術が完成していた 。
4. 命をいただく
俺は一番赤く、張り切れそうな実をもぎ取った。 ずしりとした重み。 朝露を弾くような瑞々しさが、掌から伝わってくる 。
服で軽く汚れを拭い、そのままかぶりつく。
「――っ!?」
衝撃だった。
噛んだ瞬間、「シャクッ」と軽快な音が響く 。 それと同時に、閉じ込められていた果汁が爆発し、口の中が一瞬でトマトの洪水になった。
「あ……甘い……!」
砂糖とは違う、野菜本来の奥ゆかしい甘み。まるで太陽の光をそのまま食べているような感覚だ 。 皮は薄く、口の中に残らない。 ほのかな酸味が唾液腺を刺激し、渇いた喉を潤していく。
気がつけば、俺は無心で二つ目、三つ目を頬張っていた。 胃袋の底から湧き上がる原始的な満足感。生きる活力が全身に染み渡っていくようだ 。
「……美味しい」
たったそれだけの言葉なのに、涙が出そうになった。 パソコンの画面を見ながら流し込む栄養補給とは違う。 これが「食べる」ということだ。
俺は口元を拭い、森の奥へと続く道を見つめた。
「ここでなら、やっていける。いや、ここで生きていきたい」
手には万能農具。目の前には無限の自然。 俺の第二の人生、スローライフの幕開けだ。




