条件の多い宿屋
その宿屋は、たいそう料金の安い所でございました。
ただし、条件が随分と多うございました。
「まずは、玄関にお入りになる前に、三度まわって『安くてありがたい』とお唱え下さいませ」
旅人は仕方なく、ぐるぐるまわりながら口の中で呟きました。
「次に、スリッパは右足からお履きなされ。左のは一礼してから、お履き下さいませ」
旅人は、頭をぺこりと下げてから左足をつっこみました。
「廊下をお通りの節は、声を出さずに心の内で『今通ります』とお唱え下さいませ」
旅人は心で呟きながら、薄暗い廊下を歩きました。
「お部屋に入られる前には、七度お叩きあそばしませ。調子は『トントン・トトン・トントン』でございます」
旅人は、もう何だかわからぬまま、壁を叩いておりました。
やっと布団に横たわろうといたしますと 帳場の者がにっこりと笑って申しました。
「おや、まだでございますよ。おやすみ前には必ず、宿帳に『これより寝ます』とお書きいただかねばなりません」
旅人は布団をはねのけ飛び起きて、筆を取りました。
朝になって、目の下にくまを作り旅人はふらふらになりながら玄関先で履物を履いておりました。
すると宿屋の主人は申しました。
「またのお越しを。次には朝の条件もそろえてお待ちしておりますよ」
「どうしてこんなに条件が多いんだ?」
「へぇ、私は規則を考えるのが大好きでしてね。…つい条件を思いついて増やしてしまうんです」
旅人は呆れて一言。
「くだらねぇ!二度と来るか」
私「くだらねぇ!二度と書くか」
読者「くだらねぇ!二度と読むか」