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バターン半島

 米国人達は、島の南西にある半島に籠もった。

 緒戦のあっけなさに合点がいった。連中はここで粘るつもりだったのだ。


 己は不安だった。この半島を攻める前、フィリピンから別の戦線へ味方が引き抜かれていった。

 これから攻めかかろうというときに戦力を減らすとは、己のような無知蒙昧の輩にもわかる愚策である。

 喧嘩だってそうだ。蜿蜒と長引かせるよりは、一度ガツンと締めてやったほうが、後腐れがない。顔も知らない御大将は何をお考えなのか、己にはとんとわからなんだ。




 半島攻めではそれまでと打って変わって、反撃が激しくなった。周りでも次々に味方が死んでいく。




 半島のおよその寸法を聞けば、己の島より多少大きい程度であった。そこに大勢の米国人が集まっている。

 ならば戦艦でも持ってきて、大砲を打ち込めば一編で済んでいいではないか、と思って進言したら、分隊長にどやさた。




 戦場を眺めてみると、故郷の島を思い出した。中心に小高い山がある。そのあたりも、己の島と似通って見えた。しばらく飲んでおらんかったせいか、酒が飲みたくなった。

 味方が死んでいくあいだも、酒が飲みたくて仕方がなかった。




 歩き続けるのは面白くはなかったが、なかなか進軍できないのも面白くはなかった。

 己の隊は森を進んだ。帰還してから、密林と呼ぶのだと知った。今でも、森と密林で何が違うのかようとわからん。




 塹壕を掘らずにすんだのは楽で良かったが、米国人共は森の中にも簡易な陣地を築き、迂闊に姿を曝した者を撃ち殺していった。

 塹壕を掘っても進まず。森を迂回しても進まず。

 いい加減焦れてしまい、戦艦からの砲撃をまた訴えた。分を弁えろ、と怒鳴られ、銃床で殴られた。

 現実の話として、進言が通ったとして、森を進む己等の意見をどうやって伝えるというのか。

 そんなことはわかっている。分隊長殿に要らぬことを言い、憂さを晴らしていた。




 米国人がわざとそうしたのか、元々開けていたのか。ぼんやりとだが、明るい印象のある場所へ出たのを覚えている。

 どう考えても怪しいし、己等がいるだけでは説明がつかないほど、静かであった。

 こちらからは光が邪魔で見辛いが、更に奥へ行った暗がりからは見えているのではなかろうか。あるいは、こちらの横っ腹を突くように構えているのではないか。




 これは不味いと思い、足が止まる。それを見てなのか、仲間達も止まる。

 分隊長殿が訝しげであった。進め、と言われるが、進めば死ぬだろうと思い抗議した。

 死地であろうとも進まねばならん、と言われて、それも兵隊の仕事だと訓練で口酸っぱく言われたのを思い出す。

 それでもここは不味いと思い、迂回を提案した。




 分隊長殿は己が臆病風に吹かれたのだと言う。挙げ句、味方を勇気づけるためにも貴様が先陣を斬って突撃せよ、と命じられた。

 不行き届きな部下は邪魔であろう。死んでこい、ということだと理解した。誤解ではない、と今も思う。




 弓を構えられている前にのこのこ進み出るのは気違いの所業で、勇ましさではない。文句を垂れたら銃で脅された。

 指示だけなら不平を垂れる余裕があったが、銃口を向けられて怒髪天をついた。

 これは今でも覚えている。「隊員に銃を向ける、それが隊長の倣いか!」、怒鳴りつけ、気がついたら遮蔽物から分隊長殿を蹴り出し、更には日が差す場所まで投げ飛ばした。

 少し転がって、銃声がして、分隊長殿は先に靖国へ行かれた。




 言い訳にしかならんが、だいぶ人を殺し、だいぶ殺されたせいで、己は狂っていたように思う。

 流石に島でも殺人は禁忌であった。それを御国のためであれば已む無し、と言われても、そうそう宗旨替えできるものでもない。




 分隊長殿がいなくなって、誰が指揮を取るのか、という話になり、貴様が殺したのだから責任を取れ、と己が仮りで分隊長になった。

 なんだかんだ、己が仲間から味方殺しとして突き上げを食らわなかったあたり、それなりに奴等も狂っていたのだろう。










 今、こうして筆を執っていて、驚いている。己とて呆けた爺だ。生き死にがかかったあの戦場を、ほとんど忘れている。

 しかし分隊長殿のことは随分と克明に記憶している。味方殺しはそれなりに申し訳なく思っていたのかもしれん。もうじき詫びを入れられもするだろう。










 その場は迂回しようとしても先手を打たれることが目に見えていたので、息を合わせて来たほうへ駆け出した。誰かが死ぬのは仕方ない、と割り切って、態勢を立て直そうとした。

 幸いなことに、仲間は誰も死ななかった。皆で安堵し、大きく迂回して進軍していると、小隊長殿とかち合った。

 味方と合流できたことは喜ばしいが、小隊長殿は厳しい人だった。臆せず進め、との下知をいただく。いいながら御自身も進まれているせいで、従わざるを得ない。

 これも御国のためか、と閉口し、己の命もここまでと思った。




 結果から言えば、己は生き残った。小隊長殿は己の意見をある程度は汲んでくれたが、危険とわかっていても進軍を緩める方ではなかった。

 しばしば小休止はいただけたが、ある程度の安全が確保できるか、更に味方と合流できるまで、用足の暇さえいただけなかった。

 

 おかげでというか、己の記憶は曖昧になっている。これは忘却の彼方というわけでもなく、脳が疲弊して当時から記憶できる状態ではなかったように思う。

 その故、細かい推移は覚えていない。無心で走り、無心で休み、無心で殺し、とにかく死んでたまるかの一心だった。




 終わってみれば、分隊の仲間は半数以上が死んでいた。己は運が良かった。

 己が陣地でくたばっていると、味方が近くの小島を落としたと聞いた。フィリピンは己等が獲った。

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