探偵令嬢 〜王子と悪役令嬢の浮気を暴いたら婚約破棄されました。この世界なら私でも、名探偵になれるかも⁉︎〜
「こんなところに呼び出して一体なんのようだい、リゼ?」
扉を開き、最後に大広間にやって来たのは、私の婚約者、セシル・ランバートン第5王子だった。
私の侍女やメイド、執事などが勢揃いした様子にぎょっとした表情を浮かべてから、こちらに微笑みかけてくる。
「一体なんなんだい……」
訝しげな表情で戸惑うセシルに、私はにこりと笑いかけた。
不敵に、不遜に、敬愛する名探偵たちのように。
「もうお一方いらっしゃいます。お待ちくださいませ」
「もう一人……? 誰が——」
ノックの音がした。「どうぞ」と告げると、執事服姿のご老人が扉を開けた。老人が開いた扉から、一人の女性が室内に足を踏み入れる。
メイビス・クレッセンド——伯爵家のご令嬢だ。
長い紫色の髪を揺らしながら、私の前へとやって来て、優雅な一礼をして、顔を上げた。
「本日はお招き——え」
口上の途中で、セシルがいることに気がついたらしい。今回彼女は、私の屋敷で主催する茶会に招待するという名目で呼んでいた。
「セシル殿下もいらっしゃっていたんですね」
その口調に、不自然なところはそれほどない。「え」という声と共に見えた驚きの表情も一瞬だけだった。大した役者だ。
メイビスにも、にこりと不敵な笑みを浮かべる。
そして、この場にいる全員の顔を順に眺め回した後、私は、夢にまで見たあのフレーズを言う。
「これで全員そろいました。さて——」
*
「私が最初に覚えた違和感は匂いでした」
「ちょっとよろしいかしら」
戸惑った声をメイビスが上げた。気持ちよく名探偵ムーブを始めていた私は、片目を開きメイビスを睨みつける。
「今日は茶会と呼ばれて来たのだけれど、一体なにが始まったのかしら、リゼさん」
残念ながらこの世界に、推理小説やミステリーといった概念はない。なので、私から言えることは一つだけだ。
「いいから黙って聞いてください」
「いいから……?」
「黙って……?」
唇を尖らせて言い放った私に、メイビスとセシルが戸惑った声をあげる。さすが共犯者。息がぴったりだ。
場が静かになったのを確認して、話を続ける。
「ええ、匂いです。ある日、公務があると言って出かけたはずのセシル様から特徴的な花の匂いが強くしたのです。これは、最近貴族の間で流行っている女性ものの香水の香りだと、ええ、ピンときました」
「……それが何だって言うんだい?」
「それをこれから話すのです。公務で普通に会っただけで、ここまで匂いがうつるとは、考えにくいです。私はこの段階で、3つの可能性を考えました。
1つ目、公務で女性と会った時に、親しみを表現するためハグをする必要があった。
こちらは、この国や隣国ではそのような習慣がないことを確認しました。握手が一般的で、それならばついたとしても手元だけでしょうが、匂いは他の箇所からもしました。
2つ目、セシル様に女装趣味がある。こちらは使用人達に確認しましたが、セシル様、いかがでしょうか?」
「いや、ないよ」
女装趣味、という単語に一瞬呆けたような顔を浮かべたセシルだったが、素早く否定を返して来た。そして、この話の着地点がわからずに、訝しげな表情を浮かべている。
ここまで言ったらそろそろ、察しがついても良さそうなものなのに。
「ならば3つ目——公務というのは真っ赤な嘘で、本当は香水の匂いがつくくらいどこかの貴族女性と密会していた、という可能性です」
「「⁉︎」」
メイビスとセシルの顔色が変わり、お互い顔を見合わせた。
自白よりも明白な挙動に、思わず呆れてしまう。これからが良いところなのに、ちょっと台無しだ。
私は一歩、二歩と、メイビスに近づいた。そして、そっとその手を取る。
「そういえばあなたからも、とても素敵な花の匂いがしますよね、メイビスさん」
にっこりと微笑みかけると、勢いよく手を振り払われた。
「なによ! 何か、証拠でもあるっていうのかしら、リゼさん!」
「ありますよ。証拠、もちろん」
振り払われた手をちろりと舐めながらそう言うと、メイビスはキッと表情をキツくした。
「い、良い加減なことを言って信用を貶めようというのなら、こちらにだって考えがありますわ」
その鼻先に、ネックレスを突きつけた。
鳥籠のようなデザインのペンダントトップに、赤い宝玉が収められた特徴的なデザインだ。
そのネックレスを見て、メイビスの顔色が明らかに変わった。そして、セシルの方を振り返る。
「こ、これ……! なんで、この女が持って……!」
「いや……! 僕は知らない……!!」
気持ちの良いくらいの自白連鎖だ。
忍び笑いを隠しつつ、二人の視線が離れている隙にネックレスをしまう。
「このネックレスのデザインは極めて特徴的で、メイビスさんの家紋を模したものであることは明らかです。また、あなたがこのネックレスを持っていたと言う証言もあります。
そして、このネックレスを見つけた場所、それは——」
「盗んだんだな! 僕の部屋から!」
みたび、私は『にこり』と笑った。
「ええ。あなたの部屋にありました。これがあなたの部屋にある——その意味、お分かりですよね?」
セシルの顔色がハッと青くなり、メイビスに顔を向ける。目を見開いたメイビスの手が、わなわなと震えていた。
私はビシッと、そんな二人に人差し指を向ける。
「セシル様の浮気相手——それは、あなたです。メイビス・クレッセンド‼︎」
決まった——。
会心の決め台詞に、体の全身に痺れが走ったような衝撃を受ける。
………………気持ち良い……気持ち良すぎる。
ガックリと崩れ落ちたメイビスに、共犯者のセシルが駆けより、その肩を支える。
この展開、次はいよいよ犯人の独白パートだな!
涙ながらに浮気のきっかけや原因を白状し、後悔を告げ、許しをこう——そんな展開を、予想していたのだけれど。
「リゼ。君との婚約は破棄させてもらう」
「……え?」
セシルは、瞳に涙を溜めたメイビスの頭に手を乗せ、そんなことを言った。
「い、いえ、婚約破棄をする必要はありませんよ? 私はただ、浮気を反省していただければ……」
「いや、破棄する。悪魔のような笑い方で、か弱い女性を傷つけるような人は御免だ。彼女を見てみろ、泣いているんだぞ」
「う……うぇ……ひどい、ひどいです……」
メイビスは美しい顔をゆがめ、ボロボロと涙をこぼしながら、セシルにしなだれかかっていた。
もともと胸元が大きく開いたドレスを来ていたこともあり、なんていうか……すごいエッチだ。
セシルはそんな彼女を支えるようにして立たせてやると、ビシッと、私に人差し指を突き刺し返した。
「婚約は破棄だ。リゼ。荷物をさっさとまとめて、王城から出て行ってもらおう」
*
「うーむ……。まさかこんな展開になるとは」
自室として割り当てられた一室を、メイド達はあっという間に片付けて荷造りをしてしまった。もともと荷物が少ないこともあるが、見事な手際だ。
「まあ……帰るしかないよなぁ」
現在、実家である公爵家への連絡と馬車の準備中ということで、ガランとした部屋を眺めながらベッドに腰掛けているという状況だ。
セシルは豊満なボディの女性と浮気をしたクソ野郎だ。
だが、優しかったし、第5王子だったし、悪くない物件だった。惜しいことをしたかもしれない。
そんな他愛もないことをつらつらと考えていると、ノックの音がした。馬車の準備ができたのだろうと扉を開けると、予想外の人物が立っていた。
モデルのような小さな顔に、鋭い琥珀色の瞳と高い鼻。波打つような長い銀髪は、肩の下まで届いている。男の長髪はイマイチ派だが、清潔感があり、優雅な雰囲気とマッチしている為、不快感はない。
赤を基調とした服装で、首元にも大きな赤い宝石のペンダントが光っているが、その煌めきに負けないくらい、強烈な印象の人物だ。
「ガイウス・ランバートン殿下……⁉︎」
「ハッ。さすがに、俺の名くらいは知っているか。第5王子の婚約者さん……おっと、『元』婚約者だったか」
こちらを傷つけようとするような、嫌味な口調に眉をひそめると、ガイウスはニンマリと笑った。
「……それで、その元婚約者のお部屋に、なんのご様でしょうか、第2王子様……?」
「内密の話だ。こちらは信頼できる俺の従者。入れてもらうぞ」
そういって、婚約破棄されたご令嬢の部屋にズカズカと立ち入ってくる。マナー違反を指摘したくなるが、相手は第2王子。最低限女性を引き連れて来た点だけ評価するしかない。
室内に入ったガイウスは、部屋のすみのちょっとした応接スペースに勝手に腰掛けた。キツい目線に促され、対面に腰を下ろす。従者の女性はガイウスの背後に、油断なく直立した。
「単刀直入に言う。リゼ・ディアブロ嬢。俺と婚約してもらう」
「——は?」
突然の申し出にぽかんと口を開ける。
ガイウス・ランバートン。
王国の第2王子で、正妻の子であることに加えて、類稀なる才能の持ち主として、次期国王の最有力候補の一人とも言われている。
ぶっちゃけ、セシルよりも優良な物件だ。
国宝級と評されるほど見目も整っており、憧れをもつ貴族女性も多い。
だが、浮いた噂を聞いたことはなく、適齢期で第二王子の立場にもかかわらず婚約者もいなかった。
「……いや……なんで私と……? 私はたった今、セシル様と婚約破棄したばかりですし……」
「それだ」
ガイウスは『にやり』とまるで悪魔の様に笑った。
「貴様——セシルとメイビス嬢の浮気を暴いたらしいな?」
「……もう噂が広まっていますか?」
「さあな。だが、あの時広間にいた一人は俺の配下でな。その出し物の詳しい話を聞かせて
もらった。
なあ、あの時証拠として提示したネックレスとやら——俺に見せてみろ」
「……それ、は」
「できない? ハッ、だろうな。婚約者とは言え、王子の留守に部屋に入り込み、物を盗むことが出来るはずがない。つまり、そのネックレスは偽物。違いあるまい?」
確信しているガイウスの口調に、奥歯を噛み締める。
彼の言う通りだった。
このネックレスは、メイビスの友人の証言から再現した偽物だ。メイビスがある日をさかいにネックレスをつけなくなった事実と、王子の挙動から推理し、王子の手元にあるだろうと考えた。
彼女達だって、よくよく見れば違いに気づけただろう。
拳を握り、うつむく私の頭にガイウスの手のひらが乗った。驚く隙もなく、無理やり顔を上げさせられた。
「その手口が気に入った」
「——は?」
「貴様には、俺の婚約者として王城に残り、ある事件の調査をしてもらいたい」
「〜〜〜〜〜〜っ!! じ、事件ですか!」
ガッと身を乗り出し、ガイウスに顔を近づける。
驚いたガイウスは手を離し、椅子ごと身をあとずらせた。
なんだ!
突然ズカズカとやって来て怖い顔で婚約しろだなんて、ヤベェやつかと思ったけど、いいやつじゃん、ガイウス!
つまり、大広間での大立ち回りを(配下が)見て、私の能力を評価してくれたってことだよね!
「わかりました! 婚約します! それで、事件とは一体、なんなのですか? 遺産目当ての連続殺人事件? それとも、隠された秘宝への予告状? 王城での事件……ロマンがあります!」
「…………貴様、人が変わったようだな……」
「そうですか?」
首をひねっていると、ガイウスが立ち上がり、私に向けて手を伸ばして来た。
「まあ良い。それだけやる気があるのなら、仔細は後で詰めるとして、契約成立だな。我が『婚約者』さん」
私は立ち上がり、迷わずその手を握りしめる。
「良い言葉を教えてあげます。事件の調査を依頼するなら、その相手の職業はこう言うのです。『探偵』、と」
「ほう?」
「だ、だからその、私のことは……探偵さんと呼んでも良いですよ?」
照れ臭さでもじもじしながらそう告げると、ガイウスは苦虫を噛み潰したような顔で見下してきた。あれれ〜?
こうして。
婚約者の浮気を暴いた私は、なぜか第2王子の婚約者となり——王城を、国を巻き込む大事件の調査に乗り出すことになったのだけれど、それはまた、別のお話。
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