元魔王、幻のクッキーを買いに行く。
王国で、“幻のクッキー”が話題になった頃。
「カイさん!私、“幻のクッキー”が食べてみたいの!!」
目をキラキラさせて、顔の近くにいる吾に話しかけるサラ。
「…露天に出ている食べ物は、何が入っていて、どのような衛生管理が行われているか分からぬ。サラが口に入れなくとも良い。」
基本、サラに甘い吾だが、たまには厳しく注意せねばな。
「だって、滅多にお店を出さないし、無人で販売してて、お店を見つけただけでも、幸せになれるって言うのよ!」
「吾が作るクッキーでは、駄目なのか?」
「…カイさんのクッキーも美味しいけど、“一緒に食べて美味しいね”ってしたいのだわ…」
大きな瞳に水の膜が張っている。
…いかんいかん、ほだされてはいけない……心を鬼にしなくては……
――転移魔法で王国に到着した。
探知魔法で、“幻のクッキー”が売っている露天を見つける。
「うむ、ここか。…これが、サラが気になっている“幻のクッキー”とやらか……どれ。」
チャリンとお金を入れて、店先でクッキーを割り確かめる。
「あのメイド、背が高いわね…」
「ツノが生えてないか?」
「なんと見目麗しい…」
「クッキーを割る所作も、美しい…」
何やら、周りが騒がしいが……吾には関係のないことだ。
そこにたまたま居合わせた、勇者がいた。
「(なぜ魔王が、オレの無人販売所に居るんだ!追い払いたい…しかし、ここで目立つ訳にもいかない…ここは我慢だ…)」
割った半分を口に入れ、咀嚼し、飲み込む。
「……ふむ。」
周りの人達の音なのか、オレの生唾を飲み込む音なのか、分からないが聞こえたような気がする。
「…甘さは、まぁ妥協点だろう。しかし、少し焼きムラがあるな。…まぁ良いだろう。」
そういうと魔王は、追加でクッキーを買っていき、その場から消えた。
息をつき、周りの人達も、オレも魔王が居なくなった空間を見つめることしか出来なかった。
後日、サラ嬢の屋敷へ行くと、“幻のクッキー”で、もてなされた。
「サラが所望した、“幻のクッキー”とやらだ。心して食すが良い。」
「カイさんって本当に優しくて、大好き!!勇者様もそう思うでしょ?」
オレは、乾いた笑みしかできなかった。
「まぁ、吾には到底及ばないが、サラの口に入れるには、妥協点といったところだろう。」
「(魔王め〜!好き勝手言いやがって〜!!)」
「カイさん!もう一枚クッキー食べてもいいかしら?」
「夕餉が入らなくなる。夕餉を終えたあとなら、いいぞ。」
「はーい!」
「(妥協点……俺は何を喜んで…?喜んでない!!今に見てろよ魔王!!)」
“食べ慣れているクッキーの味”を、オレは、紅茶で流し込んだのだった。