勇者、日常を噛み締める。
魔王の過去を追体験してから、数日が経った。
なんとなく気まずくて、サラ嬢の屋敷に行けていない。
ラオム殿の『初回限定』というのは、本当らしくあれから魔王の過去を見ていない。
なんなら夢も見ず、快眠だったりする。
……それでも、喉の奥に引っ掛かりを覚えるような日々が続いていた。
―――
「勇者よ、魔王討伐はどうなっておる!」
玉座の手すりを『ガンッ』と叩く国王。
国王との内密の謁見で、ついに魔王のことについて言及されてしまった。
……しかし、魔王の過去を見たせいで、オレの中に迷いが生じている。
周りに支えられ王として奮起し、やっと安定してきた時に初代勇者……オレの先祖が、己の力を誇示するために、一つの国をめちゃくちゃにした。
――オレは、許せなかった。
魔族であるから悪なのか?人間だから正義なのか?
誰かに危害を加えることもせず、ただ、サラ嬢と共に平穏に暮らしているだけの“メイド”を討伐することに意味はあるのだろうか?
「報告書にもあるように……今の魔王は、魔王ではなく、一介のメイドとして過ごしており、こちらの国を脅かす可能性は極めて少ないと進言いたします。」
「散々、『討伐は順調だ』と言っておったのに、報告しが停滞してきた途端に『討伐する必要性はない』だと?」
「“わしを騙していたのか!?勇者!!”」と声を荒らげる国王。
「いえ、決してそのようなことはなく……」
下げていた顔を、王の許しもなく上げる。
「――自分の心を、偽りたくないのです。」
―――
「……で、紛争が止まない地域に配属される。と……貴様は、愚かだな。」
ため息をつきながら、お茶を出す魔王。
事実上の“国外追放”を言い渡されたオレは、滅多に来れなくなるからと、意を決してサラ嬢の屋敷に出向いて、前のようにお茶を飲んでいる。
「会えなくなるの……?嫌なのだわ!もっと勇者様とお茶して、お話して、一緒に遊びたいのだわ!」
スカートの裾を掴み、ぽろぽろと涙を零しながら、『イヤイヤ』と首を振るサラ嬢。
――それだけで、オレの心は幾分か救われたような気がする。
「泣かないでくれ、サラ嬢。会えなくなるわけじゃない、今までみたいに頻繁には来れないだけだ。休みの日には、必ずお茶を飲みに来るよ。」
“休み”があるかは、わからないが……そんなことは、口が裂けても言えない。
「そうだな、休みがわかったら、文を書け。転移魔法で迎えに行ってやろう。それに、サラの字を書く練習にもなる。」
「“それならいいだろう?サラ”」と魔王はふわりと浮かび、サラ嬢の涙を拭う。
いつものように、「“親バカめ”」と言いかけてやめた。
サラ嬢への“甘さ”の中にオレが含まれていることに、なんとなく気づいてしまったからだ。
……気づかなければ良かったのにな。
―――
魔王のことを知っているのは、オレと国王、それから数名の権力者だけだ。
「国王か、近しい者がお前を討伐すべく……別の勇者、もしくは部隊が編成されるのかもしれない。」
魔王のことは心配していない。心配なのは、サラ嬢と街の人々のことだ。
魔王を『守り神』として崇めているのだ、何かしら被害を受けるのでは、と少し不安になる。
「問題ない。最近のサラならば、己の身は己で守れるだろうし、街の人々も案外強かだ。」
……たしかに、何百年も元が付くが魔王を崇めているんだ、杞憂だと思いたい。
「それに、他の者ならば、吾は倒せぬ。」
「“どういう意味だ”」と言おうと開こうとした口を、魔王の人差し指で押さえられる。
寂しさや、慈しみやをまぜこぜにした様な笑顔になり
「吾を打ち倒すのは、お前なのだろう“勇者”?」
呆然と魔王の顔を見ていると、いつもの嫌味な顔に戻り、嫌味っぽく言う。
しかし、それが“嫌味”に聞こえなかったオレは、どうにかなってしまったんだと思う。
顔が熱くなって、口角が勝手に上にあがるのを感じ、必死に下げる。
今のオレの顔は、見せられたものではないだろう。
「“自分の親友を頼む”」アーラン殿の言葉がずっと頭にチラついていた。
“よしっ”と声を上げ、両頬をパチンと叩く。
「そうだ、オレは“勇者”だ!お前のことなんて、よろしくされても困る!」
魔王は、何の話かわからないと顔を傾げる。
それもそうだ、これはオレとアーラン殿しか知らないことだ。
「(オレは、勇者だ。魔王と親友にはなれない。だが……)」
「好敵手にならなってやらんこともない!」
その言葉を聞き、目を少し見開いたあと
「百年早いぞ。」
―――前に見た、十人中十人が見たら顔を赤く染めるような笑顔になった魔王。
「うるさいっ!」
赤くなった顔を誤魔化すために大声を出す。
「うふふっ!やっぱりカイさんと勇者様は、仲良しなのだわ!」
目尻の涙を拭いながら、サラ嬢が笑う。
後ろ足で頭を掻きながら、こちらをチラリと見たあと、またそっぽを向くノーティ。
「“騒がしい奴め”」と少し優しい顔つきで、お茶を入れ直す魔王。
これがオレの日常である。




