勇者、「ギャフン」と言う。
ラオム殿と意気投合し、帰り際にこそっと手渡されたものがある。
『これをどうにか服用させてください。あいつをギャフンと言わせましょう。』と書かれた手紙が添えられた、液体が入っている小瓶を見つめる。
「どうにかって……ギャフンと言わせる方法も書いておいてくれよ……」
一人の部屋で呟く。
上手くいくかはわからないが、やれる手段はないことはない。
さっそく取り掛かる。
―――
「魔王よ!今日こそお前を打ち倒してみせよう!」
「静かに入って来れないのか、貴様は。」
「……あれ、サラ嬢はどうした?」
「サラなら、ジュリエットたちに魔法を習うと言って、さっそく魔界に行ってるぞ。」
―――ならば、好都合だ。
「……実は、サラ嬢の贈り物としてクッキーを作ってから、クッキー作りにハマってな。試しに食べてみてくれ。」
……すこしセリフ臭かっただろうか?
どうにか液体を入れたクッキーを魔王に食べさせれば、ギャフンと言わせられるだろうか。
「“サラ嬢に振る舞う前に、確認してくれ”」と理由をこじつける。
「ほう、特殊な心がけだ。どれ……」
魔王がクッキーをひとつ掴む。
じわりと手のひらに、汗がにじむ。
焼き加減を見てるのか、裏表を見ている。
口の中の唾を飲み込む。
「“ふむ”」と声を出し、口に含む。
その瞬間『ボフンッ』と音を立て、魔王が煙の中に消える。
「――よしっ!見たか魔王!今日のオレは、いつもと一味違うぞ!ギャフンと言わせてやるからな……」
煙が晴れ、出てきたのは、不機嫌な顔をした“美女”だった。
「……は?」
「“は?”と言いたいのは、吾の方だ。なんだこれは……もしや、前にラオムと隠れて、やり取りしていた正体はこれか?」
普段の声より、はるかに高い声だが、話し方で確実に魔王だとわかる。
くそっ、ラオム殿とのやり取りがバレていたなんて……
というか、女体になる薬なんて聞いてないぞ!
絶対、オレの反応込みで面白がるつもりだっただろう、ラオム殿っ!!
……それにしても
「(いつも見下されているが、今はオレが見下げている……新鮮だ……中性的だと思っていた顔は、少し丸みを帯びている。それから……)」
デ、デカッ……!
……ゴホン……胸元のボタンが弾け飛びそうだ。
ジュリエット嬢も豊満な方だと思っていたが、それよりも大きい。
「案外、どこに視線があるのか、わかるものだな。」
魔王の言葉で、バッと上を見る。
「いやっ!これは、決して不埒な意味で見ていた訳ではなく!ちゃんと作用しているかの確認として……!!」
“作用の確認”と言ったが、オレも小瓶の液体の効果を知ったのは、今である。
チラリと魔王の顔を見る。
魔王も、自身の胸部をまじまじと見つめ、「“重い……”」「“身長も縮んだのか、スカートの裾を踏んでしまう”」「“前に重心が傾く”」と言って、片腕で両胸を支えるように持ち上げる。
お、重いのか……
「(オレは、なにを考えている!?支えたいとかそんな!それだと、魔王のだとしても、む、胸を……!!)」
「勇者よ、吾を女体にして、どう『ギャフン』と言わせるんだ?」
いつもの嫌味な笑顔も、顔のせいか幾分か可愛らしく感じる。
「うっ……か、身体が変わった以外に変化はないのか?」
「貴様、薬の効果も知らないで使ったのか……本当にサラが口にしてたら、貴様を三分の二殺しにしてたぞ。」
「“ともかく、女体になっただけで特段変わったことはないな”」
じとりとオレを睨みつける目線で、本気だとわかる。
三分の二殺し……半殺しより多めということだろうか?
ぶるりと身震いをする。
いやっ!今ならオレなら、魔王をどうにかしてギャフンと……ギャフンと……?
上目遣いで、嫌味な笑顔。
顔から火が出るのではと思うくらい熱くなる。
胸を強調するかのようなポーズ。
心臓がバクバクと音を立て、口から出そうになる。
「……体格差を活かして、吾を手篭めにするという発想がないところが、実に勇者らしいな。」
ため息をつき、ふわりと浮かぶ。いつもと同じ目線になる。
てっ、手篭め!?オレが、魔王を!?
そもそも男の魔王を知っているのに、女体になったからと言って襲うなど想像しないだろっ!?
「吾とて、“もどき”と言えど『悪魔』だ。人間を誑かすのが本質でもある……どれ、女体にされた記念に手解きをしてやろうか?」
いつもより細い指が、オレの下唇をなぞる。
“女体にされた記念”ってなんだ!?
記念でオレの“初”を奪うな!!
など言いたいことは沢山あるのだが、絞りだせた言葉は「“……ギャフン”」だけだった。
魔王の顔が口に近づいたかと思うと、首筋に近づく。
混乱して動けない身体を、必死に動かそうと腕に力を入れた瞬間。
「あ゜ぁん?」
ノーティが首を傾げながら、魔王に近づく。
「どうした、ノーティ?……ああ、嗅ぎなれないメスの匂いに困惑してるのか。」
「自分で“メス”って言うな!!」
「“他に言いようもあるまい”」と言いながら、ノーティのあごを撫でている魔王。
ゴロゴロと地鳴りのような音が聞こえたかと思うと、顔を扉の方に向ける。
「ただいまーなのだわ!魔法のお勉強、すっごい楽しかったのだわっ!」
笑顔で帰ってきたサラ嬢。
魔王を見て、瞬きをひとつ。
「……?カイさんみたいな女の人がいるだわ!」
魔王をひょいっと手に取り、キラキラとした目で見つめるサラ嬢。
「吾だぞ、サラよ。」
「えっ!カイさんが着せ替え人形の大きさから、どうぶつの小さなお人形さんの大きさになっちゃったのだわ!」
「帰ってきたなら、手洗いうがいをするがいい。その間にアフタヌーンティーの用意をしよう。」
慌てて手を離し、「“はーい!”」とこの場を離れるサラ嬢と彼女に着いていくノーティ。
「……少し、驚いてしまった。」
ボソッと聞き取れるか、聞き取らないかぐらいの声で、魔王が呟いた。
魔王を『ギャフン』と言わせられるのは、サラ嬢ぐらいしかいないのだろう。
そんなことを思いつつ、持ってきた残りのクッキーを、どうサラ嬢に隠すかを考えるオレであった。
……結局、ギャフンと言ったのは、オレじゃないか?




