元魔王、関節技を決める。
「よーい、はじめっ!なのだわ!」
サラの合図で、二人が庭へと走っていく。
まるで、庭を駆け回る犬のようだ。
薬草の魔女に「“庭球で使うコート三面分ほど、薬草を生やしてくれ”」と言われたので生やしたが……
どうやら、この勝負の真似事に使うものだったらしい。
抜いた薬草は回収して、調合などに使うと言っていた。
なんとも抜け目ない。
「なあ……カイサル。どっちが勝つか、賭けないかい?」
悪い顔をしながら、薬草の魔女が話し出す。
「ほう、賭けか。」
「うちのベルンが勝ったら、譲ってほしいものがある。」
「ふむ、では勇者が勝ったら?」
「お前さんの“親友”だった『霊峰』の草木から魔力を抽出する方法を教えよう。」
……驚いた。
サラが赤ん坊の頃、抽出方法をどんなに頼み込んでも、「“素人には無理だ”」と言って一切口を割らなかったのに……
一体どんな風の吹き回しだ?
――それとも
「……余程、あの少年を信用しているのか?」
魔女の顔を見る。
少し悲しそうに笑う魔女。
「……いや、“信頼”してるのさ。あたしの生涯で一番大事な“使い魔”だからね!」
そのあと、いつものように明るい笑顔に変わり、少年を見る。
その視線は“母親のような”といえば、わかりやすいだろうか?慈愛に満ち溢れていた。
「そうか……して、貴様が欲しいものは?」
「あー、いや。実際は“あたし”がってなわけじゃなくて、ベルンが欲しいかもというか、譲ってほしいと言うかもしれないかもって話なんだが……」
いつまでも言葉を濁して、話出そうとしない魔女。
そんなに入手困難なものを、吾に頼む気なのか?
「もったいぶらず早く教えろ。」
「……サラちゃんの乳歯……」
「……」
冷たい風が吹く、木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
草むしりをしていた少年が「“なんだぁ!?”」と叫び、勇者は怪訝そうにそちらを見た。
サラと遊んでいたノーティが、こちらを警戒している。
……一部、魔力が制御できなかったらしい。
「わかってる!無理もない!カイサルにとっても大事なものだろうから!」
「……何故、あの少年がサラの乳歯を欲しがる……」
言い終わる前に、制限時間用に設定していた時計が鳴った。
「……忘れてくれカイサル。さて、この話も終いだ。」
「“アンタたち、手ぇ止めな!”」そう言って、二人の元へ向かう魔女。
薬草ぐらいしか関心がない薬草の魔女が、そんなものを欲しがるだなんて……
考えられることは一つ
――薬の調合だろうな。
とりあえず、吾も魔女の後に続くとしよう。
―――
「うーん……こりゃ、どうだろうねぇ?」
「よく見ろババア!オレ様の方が、雑草が抜けてる箇所が多い!だからオレ様の勝ちだ!!」
「いや、オレの方が綺麗に除草されてる!何より太い根の雑草が多かった!これは加点してもいいのでは?」
「はっ?ルール変えてんじゃねぇぞ、勇者もどき!」
ガルガルと言い合っている、やはり犬のように見える。
……これでは埒が明かないな。
「この勝負の勝者……サラが決めるといい。」
皆揃って吾を見る。
「“なんでデカチ……もがもが!”」「“学習しろ!ベルン少年!”」
下手なことを言う前に、少年の口を塞ぐ勇者。ふむ、良い心がけだ。
「サラが決めていいの!!うふふっ迷うのだわ!」
サラが楽しそうだ。微笑ましい気持ちになる。
「あいつ、あんななりで親バカなのかよ。」
「ああ、しかも重度だぞ。」
少年がセリフを吐き捨て、勇者がそれに応える。
「……薬草の魔女よ、吾にもその関節技とやらを教えろ。」
「おっ!カイサルも興味が出てきたのかい!そうだね……カイサルは手足が長いから……
ステップオーバー・トーホールド・ウィズフェイスブロックなんてどうだい!?」
「よくわからんが、それで頼む。」
吾は勇者へ、魔女は少年へとジリジリと寄る。
「“やめろ!ババア!こっちに来るな!……ぎゃぁぁぁ!!”」「“オレは本当のことを言っただけ……イダダダダ!!”」
やはり、難しいのだな。流れるような動きで技を決められるとは、魔女はどれほどの特訓を積んだことか……
「カイさんが楽しそうで、サラも嬉しいのだわ!」
「あだだだだだだだ」
「サラちゃん、どっちが勝ちか決めたかい?」
「ギブぅ!ギブうう!!」
「騒ぐんじゃないよ、アンタたち!」
「「お前がやめてくれたら、騒がないんですけど!?」」
「息ピッタリだな。」
「仲良しさんなのだわ!!」
―――
「うーん、今回勝ったのは――」
静かな空気が流れる。
勝負の真似事で、ここまで真剣な雰囲気になれるとは、少し感心してしまう。
さて、サラはどちらを選ぶのか……
「……ノーティなのだわ!」
にこにこと笑いながら、ノーティを持ち上げるサラ。
「ハァ?ねこが勝ち?ふざけ……もがもが!」
「……サラ嬢、理由を聞いても?」
勇者が少年の口を塞ぎながら、サラに尋ねる。
「だって、ベルンさんも勇者様もコートの一面分終わったか終わってないでしょ?
さっき遊んでいる時、残りのコート四面分の草をノーティが食べちゃってるのだわ!」
サラの言葉を聞き、手付かずだったはずのコートを見る。
根ごと草を引き抜いてから、上の柔らかい葉しか食べていない。
「猫は毛玉や便秘の解消に、草を食べるとは知っていたが……こんな食べ方をする個体は初めて見たな……」
薬草の魔女が呟く。
そうなのか。
最初は、葉だけをかじっていたから、三回ほど「“せめて根ごと引き抜いてから食せ”」と言い含めたら
次第に引き抜いて食べるようになったぞ?
「ノーティは賢い個体らしいな。」
ふわりと浮かび、サラに抱えられているノーティの頭を撫でる。
喉が鳴っている、地鳴りのようだな。
―――
「というわけで、両者共に一勝一敗一引き分けなので、今回の勝者はなしだ!」
「“勇者殿はベルンに、ベルンは勇者殿とサラちゃんに謝罪して終わりだ”」と薬草の魔女が二人を促す。
「……気が立って、言葉が強くなっちまった。すまなかった……サラ。」
「サラは、ちょっぴり驚いただけなのだわ!今度はみんなとゆっくりお茶会をしましょう、ベルンさん!」
サラは優しい子だな……そして寛大だ。
サラの成長に、胸が熱くなるようだ。
少年がちらりと視線を吾に向けるが、こちらからは何も言わない。
おそらく“サラの乳歯”が欲しいのだろうが、明確な理由を聞かないと、こちらも渡すことを了承できない。
サラは巨人族だ。巨人族は死後、霊峰になるほどの魔力を蓄えているから、おいそれと渡すわけにはいかない。
―――
「チッ……納得はしてねぇが、今回はこれで勘弁してやる。次があったら容赦しねぇ!」
「望むところだ。次は勝たせてもらう。」
二人の視線がバチりと合ったかと思うと、ニカッと笑い合い、強く握手を交わしていた。
波長は案外合う二人なのかもしれぬ。
―――
後に『魔王を統べる魔皇帝』に就任したベルンと、『救国の英雄』と呼ばれるようになる勇者が
魔族と人間の和平の象徴になるのは、これから数十年後のことである。




