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勇者、怠惰の魔女に勝つ。


フェイントをかけてみたり、攻撃誘導をしてみたりと試しているが、騙されてくれそうな気配が全くない。

持久戦は慣れていると自負してはいるが、息切れをしないというのは、なかなか難しい。


『カノン』


オフィリア殿が唱えると、空気中に水の球が出来上がる。


魔法詠唱も簡略化されてないか!?


持っていた杖を指揮棒のように振ると、流線型の水がオレに向かってくる。

木刀で弾いた水の跡をチラリと確認したら、地面ににめり込んでいた。

死ぬ気で当たらないよう回避しなければ……!


「早く息切れしてほしいから、お喋りしながら戦おうか。」


「“何か話題あったかなー?”」と大きな水の球に、クッションに座るように、もたれかかっているオフィリア殿。

オレにはそんな余裕ないんだが!?

息切れをしてないように見せることしかできない。


話せる気がしないな……


しかし、今のうちに、ヒメーレ殿の情報を収集しなければ。

「この前、ヒメーレ殿が、オフィリア殿を、探していた。お二人は、親しい、仲なのか?」

攻撃の合間という体で話しかける。

この調子だとあと二、三質問できたらいい方だな……

「ヒメーレと仲がいいというか、なんて言ったらいいのかな……

魔界は、魔皇国という大きな国が、第一から第七区域と分けられていて、そこの区域を統括してるのが、『魔王』と『大罪の魔女』

ヒメーレも言ってたと思うけど、彼の担当区域が第四区域で、僕はそこの担当魔女なんだ。」


な、なるほど?


「いわゆる、“同僚”という、やつだろうか?」

「うーん、立場的には同僚に近いかなー?先輩後輩って言われた方がしっくりくるかも。」


そうか、ヒメーレ殿の前任は、魔王だったんだよな……


「“勇者様ー!後ろー!なのだわ!”」という声で、後ろを見ずにバク転でかわす。

危なかった……サラ嬢に声をかけてもらわなければ、当たっていた……

お礼を込めて手を振る。サラ嬢も「“がんばって勇者様ー!”」と手を振り返してくれる。


なんか……疲れが少し癒された気がする!


「お、調子出てきたみたいだね、こっちも少し威力をあげようか。」


『G線上のアリア』


オフィリア殿がそう呟くと、攻撃のスピードが上がり、水も一回り大きくなった気がする。

癒されたのがなくなったんだが!

プラマイゼロどころかマイナスになったんだが!!

さっきまで“ゴッ”とかだった衝撃音が、“ドコォッ”に変わった。

借り物の木刀が折れる!!


「あれ、振り出しに戻っちゃった?カイサル、勇者くんにもっと強化魔法かけてあげてよ。」

「オフィリアよ、吾は元々、攻撃系魔法くらいしか習得しておらん。これ以上のは『詠唱』しなければならなくなる。」


「カイちゃんってば、ほーんと魔力量激弱だよねー!」


は?

魔王の魔力量が激弱??


「ま、魔王の、魔力量が、激弱、とは?」

疲れからなのか、息切れなのかはわからないが、震える声で、オフィリア殿に尋ねる。

「あー、うん、カイサルって魔王の中でも一位、二位を争うぐらい少ないんだよね。」


そんなわけない……転移魔法……

そうだ、転移魔法は本来、片道でも何百人の魔法士や魔術師が集まってやっと発動できるものなのに

それを一人でできるんだぞ!?少ないわけがない!

「“二往復したら、疲れてしまうから、もう少し魔力量を増やしたい。”」なんて魔王の声が聞こえるが無視しよう。


これ以上は、オレの理解が追いつかなくなる。


「なんだかんだで、避けきれてはいるから、避けきれない大技を避けてみようか。」

そんな簡単に、「“足元にある荷物が邪魔だから、両手で退けようか”」みたいなノリで言わないでほしい。


『4'33”』


音もなくオフィリア殿の後ろから現れた大津波。


避ける?どこに?


疲れ果てたオレの脳みそは『切ればいいんじゃないか?』と、とんでもない答えを導き出す。

というか、こんな大津波、サラ嬢や屋敷は大丈夫なのか!?

慌てて後ろを振り返る。

「オレルおじ様すごいのだわ!」

「まあ、結界で防げるか。」


大丈夫そうだった。


その時、チラリと魔王の顔を見て、思い出したことがある。

大罪の魔女ならどちらでもいいんだが、オフィリア殿の方が、オレをバカにしないだろうと思うので聞いてみることにする。


「オフィリア殿、最後に一ついいか?」

「うん、なぁに?」

「魔王は“色欲の魔女”だったり“色欲の悪魔”の眷属だったりしないよな?」


大津波がピタッと止まる。


よろよろとオフィリア殿がその場でうずくまってしまった。

「……ッ!……ッ!!」


突然、腹でも下したのだろうか?


「オ、オフィリア殿……?」

思わず近づいて、様子を伺う。すると


「アハハ!カイサルが“色欲の魔女”!?アハハハハ!

あんなサラのこと以外どうでもよくて、脳みそが筋肉でできてる奴が、色恋で人をたぶらかせると思ってるの?勇者くんは!アハハ!!」

「いや!だって、男だと分かった時に、ものすごい色香の笑顔に……なったから……その……」


だんだん恥ずかしくなってきた。

顔が熱い。

喉が、異常な速度で乾く。

今なら、口から火が出せると思う。


オフィリア殿の様子を見に皆が集まってくる。

「オレルちゃんどーしたのー?……えっ!笑ってる!思考の九割を“眠い”で支配されてるオレルちゃんが笑ってる!!勇者くん何言ったの!」


言えない、言えるわけがない。


こんなに笑うということは、違うということだろう。

「アハハ、ギブ。降参。僕の負け。くふふ、笑いすぎて、お腹いたい……ふふ」

「勇者様すごい!オレルおじ様に勝ったのだわ!」


これ以上嬉しくない勝ちもないだろう。


「オフィリアに負けを認めさせたのだ、勇者よ、誇るがいい。」

いつもの嫌味な笑顔ではなく、イタズラっ子のような、でも少し気の抜けたような笑顔の魔王。


クソッ……!!


ジュリエット嬢にまとわりつかれながらも、ひとしきり笑い終わってオレに“おいで”と、ジェスチャーするオフィリア殿。

「“色欲の魔女は、カイサルの比じゃないよ。覚悟しておいた方がいい”」と耳打ちをしてオレから離れる。

魔王に「“今度、デズデモーナにここへ訪ねるよう伝えておくよ”」と言って、ジュリエット嬢と共に帰ってしまった。


「カイさん、デズデモーナ様ってどなた?」

「オフィリアやジュリエットと同じく、大罪の魔女で色欲を司っている者だ。」

「サラもお会いできるのね!楽しみだわ!」


オレは全然楽しみじゃない。

色欲の魔女がここに訪ねた時は、絶対に屋敷に近づかないでおこうと誓ったオレであった。


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