勇者、パンクする。
「“魔女の魔法”だが―――」
聞き耳を立て、思わず生唾を飲み込む。
「もっとジュリを満足させて!」
魔王に集中していた意識が、ジュリエット嬢に戻される。
『くるみ割り人形』
そう言うとジュリエット嬢の頭上に、巨大な毒の球が現れた。
――いくらなんでも大きすぎやしないか!?
サラ嬢がすっぽりと収まりそうだぞ!?
ジュリエット嬢が、毒の球体をポーンとオレの方へ放る。
さすがにこれは無理じゃないか!?
思わず尻餅をつき、目をギュッとつぶる。
「ハァ、強化魔法を施してやってるというのに、ジュリエットに遅れを取るとは、全く……今代の勇者は本当に軟弱だな。『花のワルツ』」
パンっと手を叩く音が響く。
サラ嬢の「“カイさんすごい!キレイ!”」という言葉で目を開ける。
巨大な毒の球はどこにもなくて、代わりに白く小さな花が、ふわりと降っていた。
「ああ!カイちゃん邪魔しないでよ!あともうちょっとだったのに!」
「結界を張っているとはいえ、あの毒の掃除をするのは吾だ。少しは“配慮”というものをしろ、馬鹿者。」
ジュリエット嬢との言い合いが終わり、こちらに向かってくる魔王。
「いつまで間抜けな顔をしている勇者よ。」
――なんだ、その顔は。
人を馬鹿にしたような笑顔なのに、慈愛にも似たようなものを滲ませている気がするのは、オレの勘違いだろうか?
……そうだ、勘違いに決まっている。
魔王がオレに、そんな顔を向ける意味がわからない。
いつもと変わらない、人を馬鹿にしたような笑顔だ。
「なんだ、腰が抜けて動けぬのか?いつぞやの日のように、ベッドの上まで運んでやろうか?」
魔王め!やっぱり馬鹿にしてたな!
「えっ!カイちゃんと勇者くんってそういう……あいたっ!」
オフィリア嬢がジュリエット嬢の頭をスパンと叩く。
「サラの情操教育によろしくない。」
「“そういう”って、なんなのか気になるのだわ!」
サラ嬢がニコニコしながら、ジュリエット嬢に聞いている。そういうんじゃないからやめてくれ。
よし、無理やり話を変えよう。
「それより先程の途中だった“魔女の魔法”の根源とはなんだ?」
「やはり、吾の話に気を取られて、遅れをとったな?」
「うるさいっ!いいから教えろ!」
「サラも気になるのだわ!」
サラ嬢の援護射撃もあって、魔王が話し出す。
「“魔女の魔法”の根源は……大罪の呪いだ。」
「「大罪の呪い……」」
サラ嬢とオレが同時に呟く。
「そうだ、ジュリエットの場合、大罪の呪いは飢餓。食べても食べても空腹を満たせない、満たせぬ食欲はいつしか、自分を蝕む毒になる。」
ジュリエット嬢の方を見ると、「“いぇーい!ピースピース!”」と飢餓なんてものを微塵も感じさせない態度だった。
サラ嬢、ジュリエット嬢の真似をしてピースしなくていいぞ。
「オフィリアは――」
「いや、僕は例外。元々、面倒くさがりな性格だったっていうだけで、先代の怠惰の魔女から“YOU、怠惰の魔女になっちゃいなよ!”って無理やりされただけだし……呪いは受け継いでるけど。」
先代の魔女……?
襲名制……??
「あ、勇者くん頭、混乱してるね。」
「勇者くん、頭も弱っちぃんだねぇ!」
オレに対して二人とも、失礼すぎないか?
「そうだ!もっと勇者くんの頭を、パンクさせてあげることを言おう!
勇者くん、オレルちゃんのこと“嬢”って呼んでるから、多分勘違いしてると思うんだけど、オレルちゃんって男だよ!」
???
「魔界に飛ばされた人間界の猫みたいな顔してる。」
「魔界に行ったネコさんがいるの?」
「“理解に及ばないことに直面した時の無表情”っていう魔界の例えだよ。」
???
「まだ間抜けな顔になっておるのか、勇者は。散々、サラが“おじ様”と言っておったのに。」
いや、サラ嬢に“おじ様”と、呼ばれたいタイプの美女かと思って……
声だって、割かし高かったし
ハッ!
頭を左右に振る。
「……ま、魔王の実例がある……オレは驚かないぞ……!」
「えっ!カイちゃんのことも女の子だと思ってたの!!」
「こんな長身の女性、そうそう見ないと思うだけど。」
ぐぬぬ……墓穴を掘った……!
『いつまで遊んでるんだ、我が主よ』
どこからか男の声が聞こえた。
「あ、ベル迎えに来てくれたの?」
『いつまで経っても帰ってこないから、仕方なくだ。カイサル、いつも主がすまない。』
「気にするな、サラも喜んでいる。ベルフェゴールよ。」
へ?
「ベルフェゴール……?怠惰の悪魔……?」
「そうだ。そして、オフィリアの使い魔だ。」
魔王が、サラッととんでもないことを言った。
バタン
「あっ!勇者様、倒れちゃったのだわ!」
「勇者くんってば本当、弱っちぃ〜!!」
「ハァ、軟弱だな。」
遠くから「“カイさん、勇者様を送ってあげて!”」「“サラの望みならば”」と会話が聞こえた気がする。
気が付いたらオレは、自室のベッドで寝ていた。
魔女の使い魔が大罪の悪魔で、伝承にある大罪の悪魔と同じ名前で……?
オレは三日ほど知恵熱で寝込んだ。




