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元魔王、日記をつける。

人間界に越してきて、やっと落ち着き、

子育て経験のある知り合いから、“育児日記は、付けといた方がいい、思い出になるから!”と勧められたので、サラの成長の記録を記す。


金緑石の月の刻。

人間界では“初夏”というらしい。

サラのために建てた屋敷の中を、少し片付けようと目を少し離した隙に、いつの間にか彼女がうつ伏せになって寝ていた。

育児書に“うつ伏せで寝かせてはいけない”とあったのを思い出し、慌てて抱き抱える。

気持ちよく寝ていたところを、抱えられたのが嫌だったのか、泣き出してしまった。

申し訳ないことをした。しかし、アーラン夫妻の忘れ形見を、ここで失う訳にはいかない。


橄欖石(かんらんせき)の月の刻。

外に出ると、湿気のせいで気が滅入る。

サラには本来なら、母乳や、父母が交互に魔力を注ぎ、子に両親の魔力を馴染ませていくのだが――

吾は、サラの親ではない。

魔力を注ぐことは可能だが、サラが吾を親と認識してしまうのは、アーラン夫妻が許しても、吾が許せぬ。

なので、薬草の魔女に頼み、“霊峰”から採取した草花から魔力を抽出したものを、サラに与える。

夜は3時間おきに与えると、育児書にあったが、サラは二時間後に起きて泣いたり、五時間寝続けるなど不規則で、なかなか骨が折れる。


蒼玉の月の刻。

残暑が続いている。

サラが手足をバタつかせている所を眺めていると、腕の力だけで後方移動した。

急いで、障害になり得そうなものを、部屋の隅へと追いやる。

子の成長は早い。

瞬きをしているうちに、大人になるのではないかと心配になる。


蛋白石の月の刻。

過ごしやすくなってきたが、肌寒い日もあるように思う。

サラの身体を冷やさぬように、布団をもう1枚かけるが、暑いらしく、よく蹴飛ばしている。

最近はよく、つかまり立ちをしようと、躍起になっている。

足を使わずに、腕の力だけで後方移動していたのに、今さら足に力が入るのか、疑問に思う。

上手く足に力が入らず、“ぐにゃり”と崩れる姿を見ると、軟体動物の可能性も秘めているのでは?と思う。


瑠璃の月の刻。

アーランから、サラを託されて100年近くが経とうとしていた。

今でもあの日を、昨日のように思い出せる。

…吾の淀んだ気配を察知したらしく、やっと1人でも歩けるようになったサラが、よろよろとした足取りで、吾の足にしがみつき

“パパ”とも“ママ”とも聞こえるような、喃語で話しかけてきた。

――ひたすら吾の名前を言い聞かせる。

吾は、サラの親ではない。

サラは、心優しい子に育っている。

なぜ、ここに居るのがアーラン夫妻ではなく、吾なのだろうか。


藍玉の月の刻。

そろそろ春も近い。アーランからサラを託されてから200年が経とうとしている。

サラも大きくなり、衣服の整理をしていたところ

「カイしゃん」と吾を呼ぶサラの方を見る。

何やら黒と白の布を持って、よちよちと寄ってきた、サラから布を預かる。

これは何だ?と尋ねると「あっち、あったの!きて!」とキラキラとした目のサラが言った。

布を広げてみると、いつぞやアーランの奥方から“カイサル様、絶対似合うから!着てみて!”と頼まれ、押し付けられた、メイド服だった。血は争えない…そんな所まで、似なくていい。

断られることを、一切想定していない瞳が、吾を見つめてくる。

…サラの望みだ、叶えようではないか。

立襟で、足首まである黒のワンピースに、肩のフリルが大ぶりな白のエプロン。

ホワイトブリムまで用意されている。

今思えば、どうやって吾の体躯に合うメイド服を誂えたのだろうか。

サラに着替えた姿を見せる。

「カイしゃん!カイしゃん!」と嬉しそうに笑っている。

そろそろ着替えるかと、脱ごうとしたところ、「やあぁぁぁ!」と泣かれてしまった。

今日一日は、この格好で過ごすことにする。


金剛石の月の刻。

小さな花が蕾を開き始めた。サラを託されて300年あまり。

屋敷の近くにある村が、街になっていた。人間からすれば、300年しかなくとも暮らしを、豊かに出来る年月なのだろうな。

サラは“飽き”というものを知らないのか、吾に“メイド服を着ろ”とせがんでくる。

メイド服が気に入ったのか、それとも母親の形見である事が分かるのか。

いっそ、普段からメイド服で過ごそうと思う。

汚れを気にせず、機能面も悪くない。

……それなら、サラに仕えるメイドになってみるか。

アーランは、怒るであろうな。奥方は、ひとしきり笑ったあと“良いじゃない?”と賛同してくれるであろう。

――こんなものは、都合のいい妄想だ。


「…あと最近、封印されていた、ローガンが目覚めたらしい。今度、様子を見に行くことにする。――あぁ、もう、このような時間か。」

筆を置き、習慣と化した、屋敷の見回りへ向かう。

巨人族の生き残りである、サラを狙う魔物達から、少しでも隠れる為に人間界に来て、早600年、あと数ヶ月で700年になる。

“書いてみろ”と勧められた成長記録も、本棚を埋めつくしてしまった。

サラも、よたよたしていた足取りが、不安なく歩けるようになり、

舌っ足らずな発音が、はっきりと聞き取れるようになってきた。

こうやって成長していき、いずれは立派な大人になっていくのであろう。


サラよ、どうか、健やかに。


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