元魔王、大掃除をする。
サラ嬢に誘われ、いつものようにお茶をしていると
何かを思い出したかのように、魔王がオレを見る。
「勇者よ、明日は屋敷の掃除がある。来たとしても、もてなせぬから……来るな。」
「来るな?!来たくて、来てるわけじゃない!!オレはお前を討伐しにだな?!」
「サラと共に茶を飲み、菓子を食らい、帰っていくだけなのにか?」
とても嫌味ったらしい笑顔を浮かべる魔王
「ぐぬぬ…」
思い返すと、確かにそうなので反論できない……!
「カイさん、勇者様は明日来ないの?」
「忘れたかサラ、明日は年に一回の屋敷の大掃除だ。」
「……そうだったのだわ!!なら、一緒にお茶飲めないのだわ……」
しょんぼりとした顔をするサラ嬢。そんな捨てられた仔犬のような顔をされても困ってしまう……
「……屋敷の掃除が早く終われば、お茶も飲めるかもしれない。サラ嬢、屋敷の掃除のお手伝いさせてくれ。」
魔王が少し固まった気がして、チラッと見るといつも嫌味ったらしい笑顔のままだった。
本当に腹立つ!
「本当に?嬉しいのだわ!!カイさん!明日早く終わったら、お茶会してもいい?」
「早く終わればだな。勇者よ、吾が言う前にサラの願いを叶えるとは……サラの従者になれるな。」
満足したように頷く魔王
「オレは勇者だぞ!?従者にはならん!!!!」
―――
次の日、サラ嬢の屋敷に向かうと、人集りが出来ていた。
「……このお屋敷に何かあったのか?」
「あぁ、守り神様たちのお屋敷は、年に一度の大掃除を公開してるんだよ。」
掃除をするのは、昨日聞かされたが……
「掃除を公開???」
「その掃除方法が面白いってんで、この辺じゃ有名だよ!」
「掃除方法が面白い???」
掃除方法に面白いなどあるのか?
「あっ!勇者様!!こっちよ!!」
可愛らしいエプロンと三角巾をつけているサラ嬢がオレを見つけ呼ぶ。
「よし来たな。」
魔王もオレを確認してから、魔王自身の喉に人差し指をあてる。
『これより、屋敷の大掃除を行う。市民は規定位置より近づくことを禁ずる。破れば、吾が直々に”掃除”してやろう。覚悟しろ。』
拡声魔法を使いながら、人々に説明していく。
その言葉に思わず反論する。
「そんなことしてみろ!その時こそ、お前の命日だ!!」
「なに、ここの人間は、決まりを守る者ばかりだ。『掃除』をしたのは一回だけだ」
「……一回はあるのか」
帯刀していた剣に、手を置く
「勇者様、前にね、小さい子が入ってきちゃって怪我をしたの。その時、カイさんが優しく諭して治癒魔法で怪我を治したのを、『掃除した』って言ってるのよ!」
“カイさんてば、大袈裟なのだわ”とサラ嬢がくすくす笑っている。
「魔王が、優しく??治癒???」
「時間だ。『オフィーリア・アクアマリン』」
聞いたこともないような魔法呪文が唱えられたと思ったら、水がカーテン状に屋敷を囲う。
「なっ!?上級魔法のようだが、屋敷は壊れないのか?」
「なにを言っている?これは初級魔法だぞ。」
これで初級魔法だと!?
「(オレには感知できないが)これだけの魔力量なら、上級魔法になり得る筈だ!」
「魔力量と質量は比例しない。……もしや、人間の魔法と魔族の魔法は根本の構成さえも違うのか?ふむ、良い知見を得た。勇者よ、褒めてやろう。」
「よく分からないけれど、カイさんが嬉しそう!!良かったわね!勇者様!」
オレは頭を抱え、叫びたいが人前なので我慢した。
魔王が指で輪を作り、息を吹きかけると泡ができて屋敷を覆ったり、今度は水の龍が屋敷を巻きついたり
魔王がスカートを翻し、取り出したほうきで掃いたら、竜巻を起こして屋敷を乾かしたり。
その度に「“おおー!”」「“すごいー!”」「“わぁー!”」など歓声が上がった。
オレはというと、ただ呆然と屋敷が洗われているのを見ることしか出来なかった。
「……なるほど、本当に屋敷”全部を”掃除するのだな…」
見ていただけなのに何故か、妙に疲れてしまった。
呆けてたのは“手伝い”に入るのだろうか?
「だから、そう言ったであろう?」
「大掃除終わりー!!!手伝ってくれてありがとう、勇者様!!いつもより少し早いから、お茶会できるわよね!カイさん!!…な、なんならお泊まり会、とか…」
シャンデリアの様子を見ていた魔王を、上目遣いでチラッ見るサラ嬢。
魔王は、ため息をつき
「サラの願いだ。致し方あるまい。今日は、先日のような夕餉は用意出来ないからな。」
「ありがとう!カイさん!勇者様、泊まっていって!!」
さすがに頻度が高すぎる……夕食……いかんいかん、年端もいかない女性の屋敷に……マッサージ……いやッ!これは、その違くてだな!
「……お言葉に甘えさせてもらいましょう…」
「やった!!」
「良い心がけだ、勇者よ。やはり、サラの従者になれるな。」
「だから、ならんと言っている!!!」
この日のマッサージも極楽だった。
―――
「小さい子が怪我をした時に優しく諭して治癒魔法で治した」の実態
まだ屋敷の大掃除がエンタメになる前、チラホラと人が集まり出した頃
「『オフィリア・アクアマリン』」
屋敷の周りを囲うように水が流れる。
その時「わぁ!!キレイ!!」と男の子が近づき水触ろうとする。
「危ない!!」
叫ぶサラの声に気づいた元魔王が『吾が許す、止まれ』と声に、時間停止魔法を乗せる。
周りが止まったのを確認し、男の子を抱き抱える元魔王。『吾が許す、進め』の言葉で時は進み出し、男の子は呆然としてる。
サラは、ホッと安心したように息をついた。
「小童よ、安易に命を散らすことをするな。」
よくわかっていない顔の男の子を、地面に下ろす元魔王。
男の子の母親が駆け寄り、男の子を抱きしめる。
「すみません!すみません!!もう!!突然走り出したらダメでしょう!!」
「幼子は時に、何をするか分からぬ、用心せよ。」
何度も頭を下げる母親。
「あら?その子、手を擦りむいてるのだわ?」
男の子の手にみんな注目する。
「このような小さな傷に気づくとは、さすがサラだ。」
「カイさん、治してあげて?」
「そんな、この程度の怪我で…」
「吾は、サラのメイドだ。サラの願いならば、叶えよう。」
元魔王は目を閉じ、男の子の手を両手で包むと、淡い光が溢れ、元魔王が手を離すと、男の子の傷が治っていた。
周りから「“おおっ……!”」と歓声のようなどよめきが起こった。
「そら、治ったぞ。小童よ、これからは母の言いつけを守るのだぞ。」
「うん!」
それから、大掃除の時は規定位置を決めてそこから入らないよう注意を促すようになった。