勇者、お泊まりをする。
サラ嬢とオレはお茶をしていた。
そして、爆弾が落とされた。
「勇者様?サラね、“お泊まり会”というものをしてみたいのだわ。」
「お泊まり会?」
「そう!お友達を呼んで、うちで一日中お話したり、遊んだり、ご飯も食べてもらって、一緒の部屋で寝て、次の朝もお友達がいる!とても素敵なことだわ!!」
「俺に言うということは…?」
オレは、恐る恐るサラ嬢に聞く。
「勇者様、サラのお屋敷にお泊まりに来てほしいのだわ!!」
いやー、それは流石に……と思い、断ろうとするオレ。
「……お誘いは非常に嬉しいのですが…むぐ?」
魔王が口元に指をあて、チャックをひく仕草をする。
「サラの誘いを断るとは、余程、勇者というのは忙しいのだな?」
「むぐー!!(解けー!!)」
「わっ、私は大丈夫よ……少し、とっても楽しみだったけど勇者様だものね、うぅ…仕方ないわ……ふぇ……」
黄色と青の瞳から、ポロポロと涙がこぼれる
「勇者とあろうものが、幼子の願い一つまともに叶えられぬとは、全くもって嘆かわしい。」
魔王が、先程と反対の方向へ、指をひく動作をしたら、話せるようになった。
「プハッ、ハァハァ……そうは言ってない!!……魔王よ、お前は良いのか?その……婚姻前の、女性の家に、異性が泊まることは……」
魔王が目を少し開き、そして小さく笑う。
「そのようなことを気にしていたのか!構わぬ。サラがそう望んでおる。
そして吾は、そのような事態にさせぬ。手を出したとして貴様を“掃除”すれば良いだけだ。」
愉快そうに笑う魔王。
「ぐぬぬ…簡単には、倒されてはやらない!が、誓ってやろう!!俺は、サラ嬢に指一本触れない!!」
「???」
よく分かっていないサラ嬢に魔王が、優しく笑いかける。
「良かったな、サラ。勇者様は、お泊まり会とやらをしてくれるようだぞ。」
「ほんと?!やったぁ!ありがとう、勇者様!カイさん、おやついっぱい作ってね!それから、ご飯は勇者様のお好きなものを作って!!それからそれから!!ふふっ、楽しみなのだわ!!」
喜ぶサラ嬢の姿を、満足気に見てる魔王と、苦笑いするしかないオレ。
「――というか貴様、年端もいかぬ幼子に、劣情を催すのだな。サラにも注意を促さなければ…」
「断じて違う!!」
―――
そしてお泊まり会、当日が来てしまった。
「大きい屋敷だとは思っていたが、改めて見ると実感するな…」
「勇者様!サラのお家へようこそ!!」
「今日の貴様は、サラの『お客様』だ。もてなしてやろう。」
「なら、その傲慢な態度を直せ!!!」
オレは、サラ嬢の後ろに着いて歩き、屋敷の庭園や屋敷の内装を案内される。
後ろから、ふよよと魔王が声をかける。
「そろそろ、夕餉の時間だ。広間へ向かうぞ。」
「あら?カイさん、食堂じゃないの?」
「あぁ、サラ、初めての『お泊まり会』だからな。――言ったであろう?“もてなす”と。」
フッと笑う魔王が、指をパチンと鳴らし、広間へ移動する。
そこには、ビュッフェスタイルの料理が並べられていた。
「すごい!すごいわ!!まるでお祭りみたいね!!」
「あぁ、これは、すごい……」
「さぁ、存分に食すがいい。」
夕食を食べ終わったサラ嬢とオレは、食休みをしたあと、お風呂に入る。もちろん別だ。
入ったあと、サラに「いっつもマッサージしてもらうの!勇者様もしてもらって?カイさんとっても上手なの!」
と言われ、断ろうとするもサラ嬢の涙目+魔王の威圧感で、結局マッサージを受けた。
「(なっ、なんだこれは!?強すぎず…しかし弱すぎない…!!絶妙な力加減で、まさに身体が“ほぐされていく”…!!どこでこんな技術を……?いや!いかんいかん!!気をしっかり持て俺!!)」と一人で葛藤をしていた。
あっという間に消灯時間になった。
「勇者、様…今日、は、ぁりがとぅご…ます。とぉてもたのしかっ…」
「あぁ、サラ嬢。俺も楽しかったよ。」
「よか、た」
我慢が出来ず、サラ嬢のまぶたが落ちる。
「おやすみサラ嬢。いい夢を。」
「吾からも礼を言おう、勇者よ。今日一日、サラがとても生き生きしていた。」
「……俺は勇者だ。人々の笑顔を守る為にある者だ。幼子の願い一つぐらい叶えられる。」
魔王の目が一瞬見開いたように見えた後、フッと小さく笑う。
「そう、だな。……勇者はそうあるべきだ。どれ、吾からもまじないを施そう。『勇者よ、良い夢を。』」
「おま、えは…」
“いつ休むんだ?”というセリフは、突然襲ってきた睡魔によって、声にすることはなかった。
「――夜は長い。“巨人族の生き残り”と“現勇者”。……今日は『掃除』が捗りそうだ。」
楽しそうに笑いながら元魔王は、スカートを翻し、ホウキを取り出すと、屋敷の外で蠢いている無数の魔物たちを『掃除』していくのであった。
コンコンとドアをノックする音で目が覚める。
「サラ、そして勇者よ、朝餉の時間だ。起きよ。」
「…ふぁーあ、よく寝た!おはよう!カイさん、勇者様も!!」
「…おはよう、サラ嬢。(いつもより寝苦しくなかった……気のせいか?)」
朝餉は、胃に優しそうなシンプルな料理が並んでいた。
「勇者様!ありがとう!!とっても楽しかったのだわ!また、お泊まり会に呼んだら、いらしてくれる?」
「もちろんだとも、ぜひ誘ってくれ。」
「ほんとうに?!嬉しいわ!あっ、そうだ!カイさん、お願い!」
「サラは、本当に気配りが出来る良い子だ…
勇者よ、土産の菓子と、昨日の夕餉をアレンジしたものだ。家に帰った後、食すがいい。」
オレはものすごく葛藤をした末に……
「…いただこう。では、失礼する。」
――受け取ってしまった。
「勇者様、また明日!アフタヌーンティーでね!」
マッサージの後の、睡眠のレベルの違いに気づき、次の日からまたお泊まり会に誘われないかと、ソワソワしてしまうオレなのであった。