サラ、元魔王に手料理を振る舞う。
ある日のお茶会
魔王が少し席を離れている時のこと。
「勇者様!ごそーだんがあるの!!」
「相談?俺でよければ聞こう。」
「うふふ!ありがとう!あのね、昨日カイさんに読んでもらった絵本の最後が、“大切な人にプレゼントをしたら喜んでくれた”っていう最後だったの。だから…カイさんに…プレゼントを…あげたいのだわ!!」
「なるほど、魔王に贈り物をしたいということだな?」
「そうなの!どんなものがいいかしら?」
「サラ嬢が渡すものであれば、なんでも喜びそうですけどね、あの魔王。」
「…そうかしら…あと絵本だと手作りのものだったから、私も手作りしたいの!」
「手作りで魔王が喜びそうなもの…クッキーなら俺もお手伝い出来たんですが…」
「クッキー!そうよ!いっつもカイさんに、お菓子を作ってもらってるんだから、今回はわたしが作ればいいのよ!!さすが勇者様!」
「お役に立てて良かった。先程も言った通りクッキーでしたら、お役に立てそうです。」
「まぁ!クッキー作りまで手伝ってくれるの?!嬉しい!!」
「しかし…どこで作りましょう?俺の家だと手狭ですし、この屋敷だと魔王が確実にサラ嬢の手助けをするでしょうし…」
その時、魔王が戻ってきた。
「?二人で何をコソコソ話しておる?」
「あのねカイさんに…」
「サラ嬢。」
「そうだったのだわ、シーッよね!……えっと、カイさん!明日とかおうちを空けるご予定ない?」
「急だな?……今しがた、魔界の方に呼ばれてな。もしかしたら、明日の昼まで空けるかもしれぬ。サラもジュリエットたちと顔を合わせるか?」
「ジュリちゃんおば様!会いたいのだわ!」
「サラ嬢!」
「ハッ!!そうだったのだわ……うぅん、サラは立派なレディだから、お留守番できるのだわ……」
「……そうか、サラも、“お年頃”というものなのだな……一応、昼時の食事とアフタヌーンティーの用意をしとくが早めには帰ってこよう。」
「わかったのだわ!!」
元魔王はサラ嬢の言葉を聞いて、嬉しそうな悲しそうな顔をしていた。
次の日
「では、行ってくる。戸締りはしっかりするのだぞ、呼び鈴がなっても不用意に外に出てはならぬ。それから…」
「俺がいる!早く行け!!」
魔王は少し疑わしそうな目をオレに向ける。
なんだその目は!
「……勇者よ、サラを頼むぞ……」
そう言って元魔王は、転移魔法で魔界に向かった。
「さて、リリカ嬢準備はいいかな?」
「はい!勇者様!!」
「では、取り掛かろう!!」
台所に移動するオレとサラ嬢。
「まずは準備だ、薄力粉をふるっておく。できれば2回ほど。
それからバターを柔らかくしておきましょう。
あと、オーブンを180℃に予熱します。
でも早すぎるとオーブンの温度が下がってしまうので、型……」
オレが使ってる型だとサラ嬢には小さいな……使わないで形を作る方向でいこう。
「クッキーの形を整えるタイミングより少し前に予熱を入れましょう。」
「はい!!」
「次に、柔らかくしたバターをボールにいれて泡立て器で混ぜ、砂糖を少しずつ加え、泡立て器で混ぜる作業を繰り返します。」
「こう?かしら?」
「そうそう、いい調子ですよ。」
二人で作業を進めていき、魔王が帰ってくるまでにクッキーを作り終えた。
途中で、サラ嬢が粉をぶちまけた小麦粉を、オレが被るという話は割愛しておく。
「サラ嬢、味見をどうぞ。焼きたてのクッキーは、作った者の特権ですよ。」
「まぁ!まぁ!まぁ!いいのかしら!良いのよね?ふぁー!!いただきまーす!!アチチ!あむっ!!んーーー!!美味しいのだわ!!」
「サラ嬢が、頑張ってくれたからですよ。」
「うふふ、ありがとう勇者様!カイさんも喜んでくれるかしら?」
「もちろん。」
その時、呼び鈴が鳴る。
「カイさんが帰ってきたのかしら?!見てくるのだわ!!」
「……待ってください。サラ嬢…魔王なら呼び鈴を鳴らさずとも屋敷に入ってくるでしょう。」
「それもそうね?なら、お届けものかしら?」
「だとしたら魔王が俺たちに“配達があるから受け取れ”とか言うはずです。」
「確かに……それじゃあ……誰なのかしら?」
この間にも、呼び鈴がなり続けている。
「……サラ嬢はなるべく姿を隠してください、俺が見てきます。」
「大丈夫?勇者様…」
「市民を守るのが、勇者の務めですから。」
サラをなるべく屋敷の奥へと隠し、帯刀していた剣に手をかざしながら慎重にドアをあける。
オレが目にしたのはーーー
黒ずくめの格好をした集団の“倒れてる姿”だった。
「ふむ、狡猾な奴らめ。吾が留守の間を狙ったか。そら、『住処に帰れ』」
魔王が『声』に魔法を乗せたら、黒ずくめの集団が浮かび上がり何処かへと運ばれていく。
オレは、ただ呆然と見ているしかなかった。
「ん?勇者よ、サラの護衛ご苦労であった。サラからゆるしがあれば、褒美をやろう。」
“今の魔法はなんだ?!”とか“市民を守るのが勇者の義務だ!褒美など要らぬ!!”等、色々言いたかったが許容量を超えたオレの脳みそは、正常な判断ができずに
「…サラ嬢は奥の部屋だ…」
と、伝えるので精一杯だった。
「サラよ、今戻ったぞ。さすがはサラだ。一人でよく屋敷を守ったぞ。」
「おかえりなさい。一人じゃないのだわ、勇者様も一緒だったもの。……カイさん、サラすごい?本当に?」
「あぁ、吾はサラに嘘はつかぬ。大したものだ。こうやって子は育つのだな…(しみじみ)」
「フフ!嬉しい!!あとこれをカイさんに…」
そっとサラ嬢が生地を丸々使った、かろうじてうさぎの形をしたクッキー差し出す。
「いつもお世話になってるカイさんに、どうしても渡したくて……勇者様に教えて貰いながら作ったの!!どうかしら?」
少し驚いた様子の魔王が優しい笑顔を浮かべる。
決して、綺麗だとは思っていない。本当に思ってない!
「……嬉しいよ、サラ。吾は、実に果報者だ。」
笑い合う魔王とサラを見て、なんだか母親のことを思い出してしまった。
たまには、故郷に帰るかな……
その日の夜、サラを寝かしつけ夜に空へとふわり浮かぶ元魔王。
「アーラン、サラはそなたに似て、とても優しく人を思いやれる子に育っておる。…もし、お前がサラを育てていたら……吾でなく、お前が生きてサラと共に今を生きていたら……!」
月に照らされて雫が零れる。星がチカチカと輝く。
「……星の子らよ、慰めてくれるのか……そこで見ていろ、アーラン。吾はお前の代わりにサラの成長を見守るぞ。」
偉大な魔王の雫を知るのは、星の子供達だけだった。