元魔王、高等魔法を無駄遣いする。
今日もオレは、勢いよくサラ嬢の屋敷の扉を開ける。
「魔王よ!!今日こそ成敗してや……何をしているのだ貴様?」
「見てわからぬか?シミ抜きだ。」
……“シミ抜き”って布を当てて、トントンと叩いて汚れを落とすやつだろ?
どう見たって、汚れた衣服から見えない力で、すぽぽぽと吸い取られている風景にしか見えないんだが?
「…グスン、いらっしゃいませ、勇者様。ヒック、サラがドレスに紅茶をこぼしちゃったの…」
「ちゃんと勇者様に挨拶出来たな、さすがだ。そら、シミ抜きが終わったぞ……しかし念の為、洗濯するか。着替えるぞ。」
その言葉を聞いて、オレは慌てて目を塞ごうとした瞬間
元魔王がパンッと手を叩くと、一瞬にしてサラの服が変わる。
「へっ?なっ!?何をした?!」
「?……移転魔法の応用の、“入れ替え魔法”だ。よくある魔法であろう?」
「転移魔法の応用〜?!転移魔法でさえ、高等魔法の中でも、『四大魔法』の一つだぞ!!それの応用?!?」
『四大魔法』とは
・転移魔法
・天候操作魔法
・時間停止魔法
・異空間収納魔法
四つの魔法のことであり、人間ならば、一つでも覚えたら、“賢者”という魔法の第一人者になれると言われている。
かつて、三代目か五代目の勇者が、雷魔法を用いて、天候操作魔法を使っていたと、何かの書物で見たことがある。
まあ、今となっては雷魔法も高等魔法の一つだが。
……そういえば魔王、最初に会った時も、移転魔法の応用を使って、テーブルやアフタヌーンティーの用意をしていた様な……
「こーとー魔法?カイさん、よく転移魔法で王都にお買い物行ってるわよ?」
聞きなれない言葉なのか、サラ嬢が首を傾げながら、魔王を見る。
「便利だからな。」
「高等魔法を、そんなお手頃感覚で……」
オレでも、肉体強化の魔法を自分の身体にかけて、三時間くらいで、ここまで来てるのに、こいつは一瞬で王都に行けるのか……
「この前は、「“雨続きだ”、洗濯物が乾かぬ」って、街の方までお天気を良くしてたのだわ!」
「街の者も喜んでおったな。」
“ちょっと雨雲を退けるか”みたいなノリで局地的に晴れにするな!
「というかお前、『天候操作魔法』も使えるのか!?」
こいつ、人間でいうところの“賢者”に匹敵するのか!
……オレが討伐に手こずるわけだ……
「お前は使えぬのか?……いや、愚問だったな。」
やるか!?いいぞ!今日がお前の命日だ!!
「それに、前に子供が、水魔法を触ろうとした時に、時間を止める魔法を使っていたのだわ!」
にこにこと嬉しそうに話すサラ嬢。
は!?『時間停止魔法』も使えるのか!?“賢者”だとしても、十人いるかいないかだぞ?!
「サラは、吾が時間停止を使ったのが、わかっていたのか、筋が良い。サラは、『魔女』の素質もあるようだな。」
最近気付いたが、こいつ親バカだよな。
……ん?
「おい、『魔女』とはなんだ。魔法を使う女性のこと……ではないだろ?」
「そうか、人間界だと魔法を使う者を『魔女』と括っているのか。魔族や魔物の間で呼ばれる『魔女』とは、その分野において、特に優れた者のことを言う。」
「この前、勇者もお会いした、ジュリちゃんおば様は『暴食の魔女』、オレルおじ様は『怠惰の魔女』なのだわ!」
……暴食に優れた者と、怠惰に優れた者……?
そんなものに優れていても、意味はないのではないだろうか……?
「人間でいうところの、“賢者”に匹敵する存在ということか……」
「あと、異空間収納なら貴様も見たであろう?」
「オレがいつ、どこで……」
魔王が“ふわり”という擬音が付きそうなのに、嫌味な笑顔を浮かべる。
そして、スカートの裾を持ち、くるりと回る。
出てきたのは、コンパクトな裁縫箱だった。
「勇者とあろう者が、シャツのボタンが取れかけているとは、嘆かわしい。特別に吾がつけ直してやろう。」
……そうか!スカートの中に、異空間収納を仕込んでいるのか!
あと一言余計だ!
「カイさん、勇者様!サラも、こーとー魔法覚えられる?」
「もちろんだ。サラだって、高等魔法の一つや二つ、すぐ覚えられるであろう。」
「そんな簡単に高等魔法が覚えられるかー!!!」
待てよ?こいつ四大魔法をぜんぶ、習得してるのか!?
……『暴食の魔女』と『怠惰の魔女』
もしや、『大罪』に優れた者ということか?!
情報量が多い……国王に報告するのは、今度でいいか……