勇者、真実を知る。
オレは、いつものようにサラ嬢の屋敷の扉を開ける。
「魔王よ!!今日こそ――」
「いらっしゃい、勇者様!あのね、勇者様に聞きたいことがあるの!」
笑顔のサラ嬢に尋ねられる。
「なんだろうか?オレが答えられることであれば、いいのだが。」
魔王がカチャリとオレの前にお茶を置く。
「勇者様は、誰かを“お姫様抱っこ”したことがある?」
「“お姫様抱っこ”……?ああ、横抱きのことか。あるとも!魔獣討伐の時に逃げ遅れた娘だろ?引ったくりにあって、足を捻挫してしまったご婦人、それから……訓練でヘマをした同僚……なぜ、そんなことを聞いてくるんだい?」
サラ嬢が両手を組み、目を輝かせる。
「昨日、カイさんが寝る前に読んでくれたご本にね、動けなくなったお姫様を“お姫様抱っこ”する王子様が出てきたの!それで……その……サラも、してほしいな……なんて……」
だんだん言葉尻が小さくなっていくサラ嬢。
「吾がしてやると言ってるのに、“勇者様がいい”と頑なでな。勇者よ、サラの願いを叶えろ。」
「いちいち言い方が腹立つな!お前は!!」
確かに魔王といえど、同性にしてもらうのは、なんというか、言葉で表しづらいが“違う”よな。
わかるぞ、サラ嬢。
「よし、わかった!サラ嬢の願い、オレが叶えてやろう!」
「本当に!?ありがとうなのだわ!勇者様!」
「うむ、良い心掛けだ。菓子を一つ増やしてやろう。」
「オレを子供扱いするな!!」
叶えると言ったものの、サラ嬢の体躯をどう持ち上げたものか……
魔法が得意であれば、風魔法などで軽々持ち上げて見せられるが
いかんせん、オレは魔法があまり上手くない。
できないわけじゃない。ただ人より少し――ほんの少しだけ、得意でないだけだ。
剣術特化だからな!!
唸っていると、魔王が「“早くしろ、もしや怖気付いたか?”」とバカにしてきたので、
「誰が怖気付くか!」
勢いでサラ嬢持ち上げる。
……お?案外、いけるか?さすがオレ!さすが勇者!!
優越に入った途端
ゴキッ!!!
「ぐああああぁぁぁぁ!??」
体内から聞こえた嫌な音と激痛。
「……フッ」
魔王、お前いま笑ったか!?オレを見て、いま鼻で笑ったよな!?おい!!
「勇者様、変な音がしたようだけれど、大丈夫かしら?……サラ、もしかして、重た……うぅ……」
ああ泣かないでくれ、サラ嬢!
泣いたら、その、振動が……!!
「泣くな、サラ。」
そう言って、オレからサラ嬢を、片手で受け取る魔王。
「カイさん!片手じゃ“お姫様抱っこ”にならないのだわ!」
「そうなのか。」
「……ッ、というか、“王子様”が抱えるのが、ッいいんであって、女性が、女性をッ、抱えても、サラ嬢のッ、理想じゃない、ッのでは……?」
息も絶え絶えに聞いてみる、するとサラ嬢がキョトンとした顔で
「カイさんは男性なのだわ、勇者?」
……へ?
魔王は男性……?
「……女性の格好をしてるのに?」
魔王が答える。
「吾の為に誂られた服だ、女性の格好とは言えまい。」
「……男の所作とは思えないほど繊細なのに?」
「サラは昔から、吾の真似をするからな。」
「……顔だって、そこらの女性より美しいのに……?」
魔王が少し驚いた顔をしたかと思えば、『色欲の悪魔』なのではないかと思うほど、色香を纏った笑みを浮かべる。
……ん?待てよ、いまオレは何を言った?
「そうか、吾の顔は、そこらの女性より美しいか?」
「ち、違う!言ってない!今のは、あれだ……腰の痛みで少し意識が朦朧としてただけだ!!お前を美しいとは言ってない!!」
辛いものなど食べていないのに、身体中から汗が吹き出し、顔が熱くなっていくのを感じる。
「まず、女性にしては声が低いであろうが。」
“あはは”と豪快に笑う魔王。
ぐぬぬ……そう言われればそうだ……なぜオレは“ハスキーボイス”だと思い込んでいたのだろうか!
クソッ、腰を痛めてるせいでここから立ちされない……!
「なんだ、勇者よ。腰の痛みで動けぬのか。全く今代の勇者は本当に脆いな。……しかし、今の吾は気分がいい。褒美に、吾が貴様を家まで送ってやろう。光栄に思えよ?」
魔王が指をパチンと鳴らす、その瞬間、既に自宅のベッドの上だった。
……なんでオレの家の住所がバレてるんだ!
しかもベッドの上って……家具の位置も把握してるのか?!怖いんだが!?
約一週間、オレは腰の痛みで動けなかった。