勇者、空気になる。
サラの昼食を用意していた時、『目眩しの結界』が破られるのを察知する。
「誰だ?……いや、この気配は……“あやつら”か。」
昼食を作る手を止め、サラに“急遽、来客がある”と伝える。
「お客さん?誰かしら?」
「暴食の魔女と、怠惰の魔女だ。」
キョトンとした顔のサラが、来客の内容を聞いて、パァと嬉しそうな顔に変わる。
「ジュリちゃんおば様に、オレルおじ様がいらしたの?嬉しいのだわ!カイさん、お菓子をたくさん用意してね!」
ふんすふんすと鼻息荒く、吾に要望を伝え、
今にも歌い出しそうなくらい、その場を回ったり、扉を確認したりと、忙しなく動くサラ。
―――その時、ベルが鳴る。
“来たのだわ!”と走り出しそうなサラを制し、扉を開く。すると
「魔王よ!今日こそ、貴様を成敗して―――サラ嬢、そんな悲しそうな顔をしてどうしたんだ?」
肩を落として、目に見てわかる“しょんぼり”が漂うサラ。
思わず少し、笑みがこぼれる。
「もう!カイさん、気づいてたのに、サラになにも言わなかったのね!ヒドイのだわ!」
「ふふ、すまぬ。あまりにも愛らしくてな、つい。……しかし、目当ての人物も、来たみたいだぞ?」
勇者が“何を言っ――”とセリフを言い終わる前に、激しい風に巻き込まれる。
「ヤッホー!カイちゃん、サラちゃん!久しぶり!お元気だった?ジュリはね……お腹空いた!」
白髪に赤い眼、褐色の美女―――暴食の魔女、『ジュリエット』が右手をあげて、屋敷に入る。
「ねぇ、なんでいつも、僕も連れてくるの?…店番しなきゃなんだけど。」
左手には、チョコレートブラウンの髪に、紫の瞳の美女―――怠惰の魔女、『オフィリア』が、右腕を組まれていた。
「ジュリちゃんおば様!オレルおじ様!こんにちは、サラは元気なのだわ!」
「もう!サラちゃんってば、“おば様”は付けないでっていつも言ってるでしょ!」
ジュリエットが地面を蹴り、ふわりと空中に浮かび、サラの顔の前で“怒っている”と一目で分かるポーズをとる。
「ごめんなさいなのだわ、ジュリちゃんおば様!」
ニコニコしながら謝るサラ。
――サラは嬉しすぎて、ジュリエットの話を聞いてないな。
「てか、ジュリエット、なんか吹き飛ばさなかった?」
オフィリアの言葉に、ジュリエットが“え?”と言って、四人で足元を見る。
そこには、気を失っている勇者が倒れていた。
「うわぁぁあ!ごめんなさい!誰だか知らない人!」
この程度で気絶とは…今代の勇者はずいぶん軟弱だな。
「―――オレは、一体…?」
「あっ、気づいたのね!ごめんなさい、屋敷の中に入らずに、お話してるのに気付かなくて、吹き飛ばしちゃった!」
目覚めたらしい勇者に、ジュリエットが謝罪する。
「……勇者であるオレを、簡単に吹き飛ばす…貴方は一体…?」
まだ覚醒しきってない意識の中、ジュリエットの正体を聞き出そうとする勇者。
ふむ、そろそろ、自分の立場を分からせてやらねばならんな。
「勇者よ、目が覚めたのなら、そこから退くといい。いつまでも、夫人の“足”を占領するものではない。」
「足…?退く……?」
すると、ジュリエットが身を屈め、勇者に妖艶な笑みを見せ、小声で話す。
「ねぇ、ジュリの太もも…気持ちいい?」
その言葉に、勇者が飛び退く。
ジュリエットが先程とは違い、子供のような笑顔で“わぁお!元気だね!”と飛び上がる勇者を避ける。
「なん…?どっ…?えぇ……?」
「“なんで、どうして”と混乱する前に、膝を貸したジュリエットに、礼の一つでも言ったらどうだ?」
グッと図星をつかれた顔をして、勇者が口を開く。
「す、すまない……感謝する。」
「ぜーんぜんジュリは、気にしてないからいいよぉ!……それより、よくジュリの突進をくらって気絶だけで済んだね!普通の人ならあばら骨何本か折れちゃうのに!―――君はなに?」
ジュリエットの雰囲気がガラリと変わり、勇者が警戒体制になる。
「ああ、“今代の勇者”だぞ。」
ジュリエットが吾と勇者を交互に見て、
「えっ、ウソォ!こんな弱っちそうなのに!?下級悪魔でも倒せそうな魔力量なのに!?こんっっなに弱っちそうなのに!?」
「二回言うな!!」
“そうだ”の意味を込めて、こくりと頷く。
勇者の顔がみるみるうちに、赤くなっていく。勇者より、やかんの方が性に合ってるのではないかと思う。
「今日のところは見逃してやる、覚えてろよ魔王ー!!」
そう言って、全速力で屋敷から出ていく勇者。
「勇者様、お土産を持たずに行っちゃったのだわ。」
「あらら、言い過ぎちゃったかな?」
「この程度で音を上げるなど、軟弱だな。」
「いや、二人厳しすぎ。……てか、僕帰っていい?」
勇者が居なくなった屋敷で、そんなやり取りだけが残った。