吸い込まれる眼
魔眼というものがある。
厨二病ではなくて、本当のことだ。
俺がそれに遭遇したのは手野市で、夜、一人で歩いていた時だった。
「あの、ちょっといいですか?」
お姉さんの声が聞こえてきた。
路地裏の中、周りは静まり返った住宅街で、電燈の光がまるでスポットライトのように彼女をうつす。
夏の日だからか、深めのツバが広い帽子をつけて、半袖のノースリーブを着ていた。足元はハーフパンツでさらにビーチサンダルを履いていた気がする。
「何かご用でしょうか」
警戒はしていた、距離は10メートルぐらいは離れている。
確か塾の帰りで、高校の制服でカバンも指定のものを背負っていた。
それにここの住宅街を歩いているのだから、住民の一人とでも思われたのだろう。
「一つお尋ねしたいのですが、上下さんというお宅はどちらにあるでしょうか」
聞いたことがない。
「いえ、ここあたりには居られないですが……」
「あれ、おかしいな。ここは砂賀町ではなくて?」
「ここは手野市ですよ」
大阪府と京都府、それに奈良県の府県境に位置している手野市と、岡山県と兵庫県の県境に位置している砂賀町では何十キロ、下手したら100キロ以上離れているだろう。
「あちゃ、場所を間違えたか……」
と言いながらぺたぺたと歩いてくる。
それに合わせて俺は2歩、3歩と後ずさった。
「ああ、いけないいけない。君がこれを手伝ってもらわないと、とても困る」
その時スっと彼女の目が、視線が俺の目を射抜く。
「いいかい少年、君はここでは何も見ていない、何も知らない、私のことは全部忘れる。いいね」
「……ハイ」
何も考えられない。
赤い目、とっても赤く、ルビーのように赤い目に、俺は身動きができなくなっていた。
「いいね、私はこれで行くけれど、君はこの出来事を全て忘れる。いいね」
「……ハイ」
2回目の返事。
それを聞いてウンウンと喜んでいた。
「じゃあな、少年」
それからスポットライトはチカチカと3回点滅する。
文字通りに真っ暗になる瞬間を経て、彼女の体はそこから消えていた。
結局、魔法使いなんているはずがないとは思っている。
でも、そんなことをするような人はいる、それだけは確信がある。
ただあの人の腕はあまり上手くはないようだ。
何せ、この記憶は残ったままで消えなかったからだ。