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その7

 ファビアン様に案内されて、私は王宮の奥へと進んだ。

 敷地内は広く、建物がいくつもあり、フェリシティから説明はされていたものの、一人だったら迷っていたこと間違いなし。


 不審がられないよう、努めて平静を装い、堂々とした態度で歩き続けたが、内心はドキドキ、心臓の音が周囲に聞こえるんじゃないかと冷や汗ものだった。途中、侍女や衛兵とすれ違ったが、呼び止められることもなく順調に進んだ。


 すごく大胆な行動を取っている自覚はあった。私のようなものが無断でこんな所まで足を踏み入れていいはずはない、あとで処罰されるかもしれない、家族に迷惑をかけるかも知れない。


 でも、一歩でも彼の近くに行きたい。出来るなら一目、無事な姿を見たかった。


「あの建物に王族方がお住まいになっておられます」

 前方、ひときわ立派な宮殿の入口、大きな扉の両脇には近衛騎士が直立していた。


 扉へと続く階段の下には、クリスを心配して駆けつけたのだろう人たちが数人、祈るように扉を見上げていた。その中にいたクローディア様が、私を見つけて驚きの声を上げた。


「まあ、あなた! どうやってここまで来たの!」

 その横にはディアンヌ様の姿も見えた。

 公爵家の二方は普段から王族とお付き合いもあり、王宮の出入を許されているのだろう。しかし、陛下のご家族が生活される建物へ立ち入ることは許されなかったようだ。


「誰の許可を得てこんな所までいらっしゃったの?」

 辺境伯家の私が従者も連れずに一人で現れたのは不自然だったのだろう。実際、誰の許可も得ていない、勝手に入って来たのだから。


 返答に困った私を見て、ディアンヌは眉をひそめた。そして、

「衛兵! 不審者よ、拘束して」

 彼女の甲高い一声で、私はあっという間にどこからか現れた二人の近衛兵に挟まれて両腕を掴まれた。


「なにをするんだ! この方は怪しい者じゃない、お前たちも知っているじゃないか、リジェール様の妹君で、殿下とも懇意にされている」

 ファビアン様が慌てて近衛兵を止めようとしてくれたが……。


 残念ながら、彼らにファビアン様の姿は見えない。

 声も聞こえない。


 近衛兵たちの無反応にファビアン様は困惑した。

 彼はまだ気付いていなかった。


「やめろ!」

 私が連れて行かれそうになっているのを見かねて、衛兵を制しようと手を伸ばした。しかし、その手は衛兵をすり抜けた。

 

「えっ……」

 その時になって、やっと自分の状態に気付いた。

 そして呆然と両手を見下ろした。

 彼の目にも自分の手が半透明に映ったようだ。


「俺は……」

 愕然と私を見た。

 なにも言えない私の目尻に涙が滲んだ。


「その子を放しなさい!」

 その時、王妃様の凛とし声が響いた。

 閉ざされていた扉が開き、そこにメリーベル王妃様の姿があった。


 厳しい語気に、衛兵たちは慌てて私の腕を離した。

 そして一歩退き膝を着いた。


「その子はイーストウッド辺境伯家のドリスメイ嬢よ、怪しい者ではないわ」

 そして、ディアンヌ様とクローディア様に厳しい視線を向け、

「あなたたちも知っているでしょ、捕らえさせようとするなんて!」

「でも彼女は王宮に出入りできる身分ではありません」


 王妃様はクローディア様の言葉を無視して私を見下ろした。

「驚いたわ、本当に来ているなんて、よく一人でここまで来れましたね」


 きっとファビアン様と一緒だったから不思議な力が働いたのだと思う。そうでなきゃ、警備を潜り抜けて王宮殿まで来れるはずはない。


「クリスが待っているわ」

 王妃様がそう言うと、

「クリストファ殿下の意識がお戻りになったのですか!」

「よかった!」

 ディアンヌ様とクローディア様は、我先にと王妃様が出て来た扉に向かおうと階段を駆け上がろうとしたが、

「あなたたちは呼ばれていないのよ」


 王妃様の冷ややかな声に、二人は足を止めた。

「えっ?」

「呼ばれたのはドリスメイ嬢だけよ」

 と私に手を差し伸べた。


「なぜかしらね、あなたが来たことがわかったみたいなの」

 私は愕然とする二人の間を抜けて、王妃様の元へと階段を上がった。

 一緒に来るように目配せしたのが通じたようで、ファビアン様も私の後についてきてくれた。


 背中に公爵令嬢二人の強烈な視線が突き刺さるのを感じながら、扉を中へと通された。



   *   *   *



 王妃様の後に続いて、長い通路を奥へと進み、クリスの部屋へ向かった。


 入室したクリスの部屋にはまだ侍医と看護師がいた。

 王妃様に促されてベッドの脇に行くと、頭に包帯を巻いたクリスが弱々しい笑みを向けてくれた。


「二人にしてあげましょう」

 王妃様の言葉で、私とファビアン様以外の全員が退室した。


「君が来ているのはわかったから、母上にお願いしたんだ」

「なぜわかったの?」

「なぜだろう、不思議だね、でも感じたんだ」


 クリスは重そうな体を起こそうとした。

「無理しないで」

 私は背中に枕を当てて楽にもたれられるようにした。


「あ、ごめんなさい」

 不用意に接近し、額がぶつかりそうになってしまった。

 彼の顔が目の前に迫る、顔色は悪いものの、それがまた美しさを際立たせていた。


「夢を見ていた」

 クリスは離れようとする私の手を取って引き寄せた。

「幼い頃の僕が剣の稽古をしている夢を……とてもリアルだった。でも変なんだ、僕は子供なのにファビアンは大人で」


 至近距離で囁かれている私は心臓バクバクだったが、それはさっき私が見ていたモノと同じなのだとわかった。


「力いっぱい振り下ろしても、ファビアンの剣はビクともしないし、軽くいなされた。ファビアンは強くて、僕なんか本気で相手してくれたことなかったんだ。王太子に怪我をさせても、自尊心に傷をつけてもいけないと遠慮していた。でも夢の中で、最後に彼は本気を出してくれたんだ。剣を弾き飛ばされたよ、握っていた手がジンジン痺れて、その感覚が残ってる。でも嬉しかった」


 クリスは左手の掌を見下ろした。

 なぜ右手は私の手を握ったままなの? と戸惑っている私に視線を移すと、

「なぜかそこには君もいた、ファビアンと一緒に行こうとする僕を止めてくれた」


「そうか、俺は……」

 ファビアン様は私にしか聞こえない声で呟いた。


「さっきの少年はクリストファ殿下の魂だったのか、殿下もまた生死の境を彷徨っていたんだ。あなたが止めてくれなければ……、なんて恐ろしい」

 ファビアン様は頭を抱えた。


「俺はとっくに死んでるんだな」

 ファビアン様は思い出したようだ。

「あの時、殿下を庇って……」

 記憶を手繰るように遠い目をした。


 そんなファビアン様をよそにクリスは話を続けた。

「油断してたんだ、馬車ではなく騎馬での移動、まだ陽は高かったし、賊の襲撃を受けるなんて思ってもいなかった。いいや盗賊じゃない、あきらかに僕を狙っていた」

 私の手を握るクリスの指に力が入る。クリスの爪が私の掌に食い込んだ痛みと共に彼の苦痛が伝わった。


「多勢に無勢、あっと言う間に同行していた者は全員その場で命を落としたらしい。ファビアンは僕を庇って刺され、瀕死の重傷を負いながらも意識のない僕を馬に乗せて逃げ切って、王宮まで運んでくれたらしい。そして、僕を渡したとたん」


 全員死亡……、その言葉に背筋が凍り付いた。もし、リジェ兄様が同行していたら、兄も犠牲になっていたかも知れない。


「僕がもっと用心していれば、僕が迂闊だったせいで彼らは命を落とすことになってしまった、僕のせいで」


「殿下のせいじゃありません! 我々が不甲斐なかったばかりにこんな怪我を負わせてしまって申し訳ございません!」

 ファビアン様は跪いて頭を下げた。


 その姿はもちろんクリスには見えていない、声も届かない。せめて私に出来ることは、

「ファビアン様がここにいらしたら、あなたの無事を誰より喜ばれたはずよ」

「俺のせいで死んだのに」


「あなたの盾になれたことは騎士の誇りです」

 私の意図を察して、ファビアン様が言った。

 わたしはそのまま伝えた。

「あなたの盾になれたことは騎士の誇りです。後悔などされていないはず」


「ただ心残りは、殿下が立派な王になられた時、近くでお護り出来ないことです」

 ファビアン様は続けたので、わたしも、

「ただ心残りがあるとしたら、クリスが立派な王になった時、近くでお護り出来ないことでしょう」


「でも、あの世からずっと見守り続けます」

「でも、天国からずっと見守っていて下さるわ」

 目頭が熱くなる、瞬きしたら涙が零れそうなので、グッと目に力を入れ見開いていた。


「王になるものは人前で弱みを見せてはいけないとわかってる、でも、今は」

 じっと聞いていたクリスのほうが堪えきれなくなったようだ、大粒の涙がベッドキルトの上に零れ落ちた。


「最初から気付いておられたのですか?」

 ファビアン様の問いに、声に出して答えられない私は頷いた。

 最初に彼の顔をはっきり見た時からよ、透けてたもの。


「不思議な力をお持ちだったのですね」

 これには苦笑いするしかない。幸いクリスは泣き顔を見られなくないようで、俯いたままだった。


「あなたがいなければ、俺は殿下を連れて行ってしまうところでした。大罪を犯さずに済みました、ありがとうございます」

 私自身、ハッキリと理解して取った行動ではなかった。ファビアン様が見えて、剣を交えることが出来たのだから、あの少年もゴーストだとわかっていたけど、まさかクリスだとは気付いていなかった。


 クリスの夢は彷徨っていた魂の体験だったのだ。


「そろそろ行かなきゃ」

 立ち上がったファビアン様の姿はいっそう透明度が増していた。


「思い出したことがあるんです。我々を襲った賊の顔に見覚えがあった、あれはベルモンド公爵家の家臣です、間違いありません。殿下にお伝えください」


 えーっ! どうやって?

 ゴーストに聞いたなんて言えないじゃない。

 顔芸で困惑を伝えようとする私を見て、ファビアン様はプッと噴き出した。


「あなたのような方がお傍にいてくだされば、殿下は大丈夫だ」

 それはどう言う意味なの?


 ファビアン様の体が光に包まれた。

 そして穏やかな笑みを浮かべながら消えて逝った。


 その直後、クリスがハッと顔を上げた。

「ゴメン」

 私の手を握りしめていた手を緩めた。

「つい力が入ってたね」

 申し訳なさそうに私を見た瞳はまた濡れていた。その妖艶さに当てられて、私は眩暈を覚えた。


 クリスは私の掌を見て、

「爪で赤くなってる」

「大丈夫、すぐに消えるわ」


 その時、ノックが聞こえた。

「はい」

 クリスが返事をすると、すぐに王妃様が入室された。

 私は慌てて手を引っ込めたが、王妃様に見られたかも知れない。


「あまり長くお話ししているのはよくないって侍医が、そろそろ休みなさい」

 王妃様は背中に当てた枕を外して、クリスを横たえた。


「じゃあ、私はこれで」

「また来てくれるよね」

 子犬のような顔を向ける彼はいつもとは別人、怪我で弱気になっているんだろうけど、幼子のようで可愛かった。





 王妃様と共に退室すると、階段下にはもう誰もいなかった。ディアンヌ様とクローディア様も引き上げたようだ。

 王妃様に、どうやって一人でここまで辿り着いたのかと尋ねられ、ファビアン様のゴーストに案内されたとは言えずに、例の封筒を差し出した。


「まあ、こんなものでよく通されたわね」

 驚かれるのも無理はない。

「きっとクリスの強い想いがあなたを引き寄せたのね」

 それは違いますけど……。


「あの子、あなたにだけは心を許してるのね」

「リジェールの妹ですから、害はないと思われているだけですよ」

「そうそう、騎士団の詰め所で待機していたお兄様に連絡したから、一緒に帰りなさい」

「ありがとうございます」


 帰り際、王妃様は通行証を付与してくださった。


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