その22
「教えてちょうだい、なぜこんな奇妙なことになっているの?」
自分がジョセフィーヌだと認めた偽ヴィオに問いかけた。
「それは私にも説明できないわ、気が付いたらこの身体に入っていたんです、私が聞きたいくらいだわ」
「元の身体に戻ろうとは思わないの?」
「真っ先に試しました、部屋に行ってベッドに横たわる自分を見た、触れてみてもなにも起こらなかったわ」
「一度もお見舞いに行ってないはずじゃ」
「忍び込んだのよ、自分の家ですもの」
その時ゴーストのヴィオレットはなにをしていたのだろう、一緒にいればこの行動で自分の身体に入っているのがジョセフィーヌだと気付いたはずだ。私は彼女を睨みつけた。
「そんなの知らないわ、ちょっと離れている隙に行ったのね」
ちょっとの間によその邸に侵入できないと思うけど。
「私はどうしたらよかったのですか? 両親に〝ヴィオレットの姿をしているけど私はジョセフィーヌよ〟って言うの? ドパルデュー公爵に中身はヴィオレットじゃありませんと打ち明ければよかったのですか?」
そう言われてみればそうだ。私にはゴーストが見えるから、こんな不条理な出来事も受け入れることが出来るが、普通の人にはとうてい理解できない、頭がおかしくなってしまったと思われるに違いない。
「そうよね……でも、あなたの身体はどんどん衰弱しているのよ、このままだと死んでしまうわ」
「解決策があるなら教えてください。この先のことを考えると、自分の身体に戻ったほうがイイじゃない、ヴィオレットにもう未来はないのだから」
と言うか、彼女は死んでいる。ジョセフィーヌの魂が抜ければ、彼女の身体はただの死体になるだろう。
「ヴィオレットの身体は快適でしたけど、今となっては自分の身体に戻れるものなら戻りたいわ」
「快適だったの?」
「ええ、誰に気兼ねすることなく言いたいことを言い、やりたいことをやる、自由に振舞えたんですもの、けっこう楽しかったわ。ヴィオレットは恵まれています、私が持っていないものすべてを持ち、すべてが手に入ると自信を持っていたわ」
「彼女がうらやましかったの?」
「そうね、そうかも知れないわ、彼女みたいになりたいと思ってしまったからなのかしら? おかげで私なんかでは近寄ることも出来ない憧れの王太子殿下ともお喋りできたし」
「あなたクリスが好きだったの?」
「まさかっ! 王妃様にお会いして憧れは抱きましたけど、自分がなりたいとは思わないわ荷が重すぎます。一番の目的はアンドレイの解放よ」
ジョセフィーヌは寂しそうに目を伏せた。
「アンドレイ様?」
「彼とはハトコで幼馴染で大切な人、そんなアンドレイに心に秘めた方がいると知ってしまったから……、それが誰なのかはまだ時期じゃないと教えてくれなかったけど、すべてがクリアになったらプロポーズするつもりだと言っていました」
「嘘……」
頭に上からゴーストのヴィオレットの呟きが聞こえた。
「ドパルデュー公爵に、保留になったままの婚約を完全に白紙に戻してほしいと申し出たけど、聞き入れられなかったのよ、でも今回の騒動で白紙に戻るのは間違いないし、アンドレイは晴れて想い人に告白できるわ」
「あなた、アンドレイ様が好きだったの? 彼のために動いていたの?」
「そうよ、彼を愛していました。でも、私のしたことは無駄でしたね。ドパルデュー公爵家が没落するなら、アンドレイとヴィオレットの婚約もなくなるもの」
あなたが王太子妃を狙っている振りをしてクリスを追いかけなければ、ドパルデュー公爵に野心は芽生えなかったし、シュザンヌ様を引っ張り出そうなんて考えなかったでしょう。結果的に墓穴を掘ってしまい、あなたの行動がドパルデュー家没落のきっかけになったのよ。
「ねえ、ヴィオレットになりすまして、アンドレイ様と結ばれようとは思わなかったの」
「アンドレイには本当に好きな人と結ばれてほしいから」
自分のことより相手の幸せを考える、ヴィオレットとは決定的に違うところね。
「本当に好きな人って誰よ! そんな女、アンドレイ様の周りにいないわ、私が一番近くにいたのだもの」
ゴーストのヴィオレットのヒステリックな声、あなたが本当のことを知りたがったんじゃない。
「あれ、なんか変」
その時、偽ヴィオのジョセフィーヌはブルッと身震いした。
「どうしたの?」
偽ヴィオの身体がポーッと仄かな光を放ったかと思った次の瞬間、偽ヴィオの身体は地面に崩れ落ちた。
そして、そこにはジョセフィーヌが立っていた。
「ヴィオレットの身体から出られたの?」
ジョセフィーヌの魂がヴィオレットの身体から分離した瞬間だった。
と、言うことは……。
ジョセフィーヌのゴーストは仄かに光を帯びている自分を嬉しそうに見おろした。
「これで帰れるわ、あそこに道標も見える」
ジョセフィーヌのゴーストは空を仰いだ。
「あの光の筋に沿って行けばいいのね」
それって!
ジョセフィーヌのゴーストは光の玉になって空へ昇って行った。
あれはあの世に導く光なのよ、何度も聞いた言葉、空に伸びる一筋の光。
「ジョセフィーヌは元の身体に戻ったのね」
ヴィオレットは地面に横たわる自分の身体を見おろした。
そうじゃないと思う、意識不明のままだったジョセフィーヌは衰弱して死んだのだろう。
「私の身体を乗っ取っていたのがジョセフィーヌだったなんて……乗っ取ったは言い過ぎね、彼女だって意図せずそうなってしまったんだから」
「そうね、でもなぜこんなことが起きたのかはわからないままだわ」
「それはジョセフィーヌが私に憧れて、私みたいになりたいと強く願っていたから、魂が抜けた私の身体に入ってしまったのよ」
「はあ?」
「言ってたじゃない、私みたいになりたいと思ってたって、あの子、内気で言いたいこともちゃんと言えない子だったから、私に成り代わって好きなことが出来てよかったのよ」
「そんな風に思えるあなたってすごい」
「私って心が広いから、彼女の勝手な行動は許してあげるわ、それにアンドレイ様のことだって、彼女は思い違いをしているのよ、彼が想いを寄せているのは私よ、私が王太子の婚約者候補に名前が挙がっているうちは告白できないってことでしょ」
そう取るか……。
思い違いはっどっちだろう、でも突っ込まないでおこう。
「ジョセフィーヌも自分の身体に戻ったようだし、これですべて解決ね」
「それで納得したのなら、あなたも早く成仏しなさい」
「そうね」
ヴィオレットは横たわる自分の身体を見おろした。
「やっぱり、私はあの時に死んだのね……。ちゃんと目は閉じている、血まみれでもないし、これならそう酷い死に顔でもないわ、安らかに見える」
そう言って寂しそうな笑みを浮かべた。
それから私を真っ直ぐ見つめた。
「もっと早く、生きているうちにあなたと知り合いたかったわ、いいお友達になれたと思うのよ」
「そ、そうね」
ちゃんと笑えているだろうか? 顔が引きつってしまうけど、気持ちよく見送ってあげなきゃ。
「あーあ、もっと生きていたかったわ、まだやりたいことがいっぱいあったのに……、不運な事故だったからしょうがないけど」
ヴィオレットは憂いだ笑みを浮かべながら光の玉になった。
そしてスーッと空に昇って逝った。
彼女なりに納得して逝ったのだから良しとするか。
私にはわからないことだらけだったけど。
そして、これはどうしようかしら。
足元に横たわるヴィオレットの遺体。
しょうがない、こんな時は。
私は大きく息を吸い込んでから、
「キャアァァァァ!!!」
校舎まで届くように、特大の悲鳴を上げた。




