その20
シュザンヌ様に成り変わっていた侍女リーリエの遺体が安置されている場所へ行ったが、ゴーストの姿はなかったので、私たちは彼女が水死体で発見された河辺に行った。
そこにリーリエのゴーストが佇んでいた。
私が声をかけると彼女は酷く驚いたが、
「あの日見た赤毛の侍女はあなただったのですね」
離宮近くでフェンス越しに私を見かけたのはリーリエだったようだ。
「いるのか?」
クリスが私に確認した。
「ええ」
「ドパルデュー公爵邸で面会した、シュザンヌ様のふりをしていた侍女か?」
見えてはいないが、ゴーストに語り掛けた。
「そうです、あの時は無礼を働き申し訳ございません」
「そうだって、無礼だったと謝ってるわ」
「そうか、もう罰は受けているものな、謝罪は受け入れよう」
「殿下はお見えになってないのですね」
「ええ、見えているのは私だけよ」
「もしかしたら、あの時あなたはシュザンヌ様と話をされていたのですか?」
「ええ、若い姿のままのシュザンヌ様が花壇にいらしたの」
「天に召されることなく、何十年もあの場所にいらっしゃるなんて、おいたわしい」
「シュザンヌ様は疾うの昔に亡くなられていたのですね」
ちゃんと弔うこともせずに、あんなところに埋めたのはあなたじゃないの?
「離宮に移って半年後でした、バルコニーから転落されて命を落とされたのです。やっと苦しみから解放されて安らかに眠られることを願っていましたのに、まだあそこにいらしたのですね」
リーリエは胸の前で拳を握り締めた。
「シュザンヌ様はお気の毒な方でした。前ドパルデュー公爵は自分の出世のために、美しい妹を生贄に捧げたのです。彼女がまだ十五歳の時でした。私は幼い頃からシュザンヌ様にお仕えしてきましたが、本当になにも知らない箱入り娘だったのです。それが一回りも年の離れた陛下の側妃として宮殿へ上がり、窮屈な王宮暮らしを強いられてずいぶん辛い思いをされたのです」
リーリエはスラスラと話しはじめた。長い間、溜め込んでいたものを吐き出したかったのだろう。そうしなければ成仏できないのかも知れない。
「それでも王子を出産されてからは我が子を愛しんでおられました。そんな王子をたった一年で亡くされて精神を病まれたのに、陛下は気遣いもなく離宮に押し込めました。寂しさのあまり病状は悪化し、バルコニーから転落死されたのです、十八年の短すぎる儚い生涯でした」
「自殺?」
「それはないでしょう、自殺を考えるような心も失われていましたから」
「なぜ隠したのです」
「ヒースクリフ陛下がシュザンヌ様に対して負い目に感じられていることを、前ドパルデュー公爵はご存知だったからでしょう。陛下は年の離れたシュザンヌ様をそれなりに可愛がっておられましたから、世間体を考えて離宮に押し込めてしまったことを後悔されていたようです」
「そんな陛下のお心を利用しようとお考えだったのでしょうね、やがてアビゲール様にお子が生まれ、シュザンヌ様は忘れられていきますが、折に触れて話題にされていたものと考えられます、だから贈り物も途絶えませんでした」
贈り物じゃなくて会いに行っていれば、もっと早く発覚していたのに。
「そんなヒースクリフ陛下が崩御された際、シュザンヌ様のふりをしてご葬儀に参列した私を偽物だと気付く者は誰一人いませんでした。可哀想なシュザンヌ様、本当に忘れ去られた側妃になっていました」
「それからもずっと私はシュザンヌ様になりすましていました。このことを知るのはドパルデュー公爵の息がかかった数人の侍女だけ、忘れ去られた側妃を気にする者はいないですから、気付かれることなく経費を横領していました」
やはり離宮への経費はドパルデュー公爵が着服していたのね。
「前ドパルデュー公爵が亡くなられた時、やっと真実を明かせるとホッとして、跡を継がれた現公爵にすべて打ち明けました。しかし、〝心配するな、最期までお前をシュザンヌ様として扱ってやる〟と言われました」
「そして経費を着服し続けていたのね、でも、証拠がないわ」
「それならあります、私はおそらく不要になれば殺されると覚悟していました。でも、すべての罪をなすりつけられるのはゴメンです、だからちゃんと不正の証拠は残しています」
「離宮に捜索が入ったけど、シュザンヌ様の部屋もあなたの部屋からも、なにも見つからなかったらしいわ、ドパルデュー公爵が先に見つけて持ち出したのかも知れません」
「大丈夫、部屋に隠していませんから、それに四十年近くに渡る書類です、分散して隠してあります、場所は」
リーリエは複数の隠し場所を詳細に教えてくれた。
「そんなところに隠してあるなんて、邸を解体でもしない限り出てこないわね」
床下や天井裏、そんな場所だった。
もちろんクリスにも一句漏らさずに伝えた。彼は私が話をしている間ずっと私の手を握っていた。それを見てリーリエは微笑み、
「お二人の間にヴィオレット様が入る隙など最初からないのですね」
「ヴィオレット様がなぜ急に、ドパルデュー公爵の意向に沿って動き出したのか、なにか知らない?」
「それは存じません、シュザンヌ様がそうであったように、家の意向に背くことが出来なかったからではないのですか?」
「そうなのかしら」
ゴーストのヴィオレットは親の言いなりになるような子ではない。
「お父上が告発されればお嬢様方も無事ではいられないでしょうけど、公爵家の駒となり不幸に陥れられるより、マシな人生であることを願いますわ」
もう死んでいるヴィオレットに未来はないのだけど……。
「シュザンヌ様の魂はどうなるのでしょう、まだ花壇にいらっしゃるのかしら」
「ユリウス神官様が同行されたから、浄化されて、天に召されているはずです」
「それを聞いて安心しました。あの世で再びお会いできるかしら」
リーリエのゴーストは光の玉となり、上空へ消えて逝った。




