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霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する  作者: 弍口 いく
第2章 ヴィオレット

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その17

 ガタン!

 強い衝撃を受けた。

 それは馬車が急停止したからだった。


 なにが起きたの?

 窓から外を見ると、どうやら武装した何者かに囲まれているようだ。


 用意された場所でドパルデュー公爵家からの帰り道、夜だから人通りは少ないけど市街地だよ、こんなところで襲撃?


 ドアが開き、シータが姿を現した。

「早く出て!」

 次の瞬間、反対側のドアから暴漢が姿を現すと同時に剣を突き立てた。


 間一髪、シータに引きずり出されて逃れることが出来た。

 しかし、外には武装した集団が、護衛についていた騎士はすでに数人が倒されていた。


 ファイが応戦しているが多勢に無勢。

 私も倒れている騎士から剣を拝借して応戦した。


 剣の腕には覚えがある私だが、相手もなかなかの腕前、ただの盗賊とは思えない、正規の騎士ではないが傭兵かも知れない。

 あきらかに私を狙っている。

 でも、そう簡単にはやられないわよ!


 もちろん実践は初めてだ。でも、躊躇っている間はない、やらなければ殺される。動きにくいドレスで私は必死に剣を振るった。

 しかし、眼先の敵で精いっぱい、遠くからも狙いを定められていることに気付けなかった。


 これって、さっき生身のヴィオレットが言っていたことなの? ドパルデュー公爵はなにをするかわからないって……。


 でも、こんなわかりやすい襲撃、ありえないんだけど! いくら傭兵を使っても依頼主を辿れないことはない、動機のあるドパルデュー公爵家が疑われるのも想像に難くない、ドパルデュー公爵とはそれほど浅慮な人物なの?


 考えるのはあとだ、今は生き延びることだけを。


 突然、シータが私に覆いかぶさった。

 なに!?


 私の腕の中に倒れ込んだシータの背中は、矢で射抜かれていた。

「シータ!」


 いち早く気付いたファイが、射手に投げナイフを命中させた。

 しかし射手は一人なの?

 ファイは私の前に立ち、盾になってくれているが、どこから飛んでくるかわからない矢に怯え、私は死を覚悟した。


 その時。


「ドリス!」

 クリスの声。

 夜の澄んだ空気は凛とした声を鮮明に届けてくれた。


 蹄の音は複数。

 クリスと近衛騎士が駆け付けてくれたのだ。


 騎士団が剣を交える金属音を聞きながら、私はただシータを抱きしめていた。

 程なく音は止み、暴漢たちは一掃されたとわかったが、私は顔をあげることが出来なかった。だって、シータがそこに……。


 矢は背中から心臓を貫いたのだろう、シータはすでに事切れていた。そして、彼女の身体から抜けた魂が私の横に立っている。

「私、死んだのですね……」

 シータは消え入るような声で言った。


「私を庇って……あなたが犠牲になるなんて」

「それが影の仕事です、覚悟していました」


「ドリス! 大丈夫か」

 そこへクリスが駆け寄った。

 私はようやく顔を上げた。涙で濡れた情けない顔だっただろう。


「怪我をしたのか! どこをやられた」

「いいえ、私は大丈夫、でもシータが」

 クリスは私の腕の中でグッタリしているシータに目をやった。


 背中には矢が刺さったままだ。

「そうか……」

 そうかって、それだけ?


「あなたが泣くことはないのですよ」

 ファイがシータを抱きしめている私の横に跪いた。

「シータは殿下のお役に立てて本望でしょう」

「本望? そんなわけないじゃない」

 だって、あんなに寂しそうな顔をしているのに。


「君が気に病むことはない、シータが命を賭けたのは君じゃない、君を護れと言った僕の命令に従っただけなのだから」

 抑揚ないクリスの声は冷たく聞こえるが、

「クリスだって悲しいでしょ」


「クリストファ殿下は王になられるお方、影の一人や二人死んだところでお心を痛める必要はありません」

 ファイが言った。


 二人とも冷たすぎる!

 いいえ、違うわ、悲しみを押し殺しているんだ、そうしなければならないんだ。でも私には出来ない。


「殿下に拾われなければ、とっくになかった命です。だからこの命は殿下のために使おうと決めていました、殿下の大切な方を護れてよかった」

 シータの声が聞こえた。本当にそう思っているの? クリスのために命を捧げる……。


「あなた……クリスを」

 私が呟いた時、クリスが耳元で囁いた。

「シータがいるのか?」

「ええ」


「殿下、全員捕らえました」

 近衛騎士の責任者らしき騎士がこちらへ来て跪いた。

「近所の者たちも騒ぎ出しています、殿下と気付かれなうちに引き上げましょう」

「わかった」


「それは影ですか? こちらで処分します」

 騎士が私の手からシータを受け取ろうとしたが、

「物みたいに言わないで!」

 思わず感情的に怒鳴ってしまった。


「ダメよ、シータはクリスが連れて帰ってあげて」

 せめて最期くらいは優しくしてあげて欲しい。

「なにを言ってるんです」

 ファイが信じられないと言った顔で私に迫った。


「そうですよ、殿下のお手を煩わせるなんて出来ません」

 ゴーストになったシータもそう言うが、彼女がモノ扱いで無造作に運ばれるなんて耐えられない。


「わかった」

 クリスは私の意図を汲んでシータの背中に刺さったままの矢を引き抜き、そして彼女を抱き上げた。

「僕が王宮に連れて帰ろう」


「殿下、お召し物が汚れます」

 その行動に騎士は驚いた。

「もう汚れているよ」


「殿下、そのようなことをされてはいけません」

 騎士は止めようとしたが、

「勘違いするな、僕は愛しい婚約者の頼みを聞いてあげるんだ、影に情を移したわけじゃない」


「ありがとう」

 私の為なんて嘘よね。

「馬車を使って、私は馬で帰るから」

「そうか」

 いつの間にかファイの姿は消えていた。


 クリスはシータを抱いて馬車に乗り込んだ。

「他の犠牲者も丁重に扱うように」

 騎士に命令した。

「ドリスメイを頼む、乗馬は得意だから心配ないが、ちゃんと王宮まで連れて来てくれ」


 私、イーストウッド別邸に戻ろうと思っていたんだけど、だって、ドレスは血だらけで、もし王妃様に出くわすことがあれば卒倒されるわ。


「ありがとうございます」

 シータのゴーストも馬車の中に消えた。

 最期に向けてくれた彼女の笑顔はとても穏やかだった。この優しい顔をクリスに見せてあげられないのが残念だ。


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