その17
ガタン!
強い衝撃を受けた。
それは馬車が急停止したからだった。
なにが起きたの?
窓から外を見ると、どうやら武装した何者かに囲まれているようだ。
用意された場所でドパルデュー公爵家からの帰り道、夜だから人通りは少ないけど市街地だよ、こんなところで襲撃?
ドアが開き、シータが姿を現した。
「早く出て!」
次の瞬間、反対側のドアから暴漢が姿を現すと同時に剣を突き立てた。
間一髪、シータに引きずり出されて逃れることが出来た。
しかし、外には武装した集団が、護衛についていた騎士はすでに数人が倒されていた。
ファイが応戦しているが多勢に無勢。
私も倒れている騎士から剣を拝借して応戦した。
剣の腕には覚えがある私だが、相手もなかなかの腕前、ただの盗賊とは思えない、正規の騎士ではないが傭兵かも知れない。
あきらかに私を狙っている。
でも、そう簡単にはやられないわよ!
もちろん実践は初めてだ。でも、躊躇っている間はない、やらなければ殺される。動きにくいドレスで私は必死に剣を振るった。
しかし、眼先の敵で精いっぱい、遠くからも狙いを定められていることに気付けなかった。
これって、さっき生身のヴィオレットが言っていたことなの? ドパルデュー公爵はなにをするかわからないって……。
でも、こんなわかりやすい襲撃、ありえないんだけど! いくら傭兵を使っても依頼主を辿れないことはない、動機のあるドパルデュー公爵家が疑われるのも想像に難くない、ドパルデュー公爵とはそれほど浅慮な人物なの?
考えるのはあとだ、今は生き延びることだけを。
突然、シータが私に覆いかぶさった。
なに!?
私の腕の中に倒れ込んだシータの背中は、矢で射抜かれていた。
「シータ!」
いち早く気付いたファイが、射手に投げナイフを命中させた。
しかし射手は一人なの?
ファイは私の前に立ち、盾になってくれているが、どこから飛んでくるかわからない矢に怯え、私は死を覚悟した。
その時。
「ドリス!」
クリスの声。
夜の澄んだ空気は凛とした声を鮮明に届けてくれた。
蹄の音は複数。
クリスと近衛騎士が駆け付けてくれたのだ。
騎士団が剣を交える金属音を聞きながら、私はただシータを抱きしめていた。
程なく音は止み、暴漢たちは一掃されたとわかったが、私は顔をあげることが出来なかった。だって、シータがそこに……。
矢は背中から心臓を貫いたのだろう、シータはすでに事切れていた。そして、彼女の身体から抜けた魂が私の横に立っている。
「私、死んだのですね……」
シータは消え入るような声で言った。
「私を庇って……あなたが犠牲になるなんて」
「それが影の仕事です、覚悟していました」
「ドリス! 大丈夫か」
そこへクリスが駆け寄った。
私はようやく顔を上げた。涙で濡れた情けない顔だっただろう。
「怪我をしたのか! どこをやられた」
「いいえ、私は大丈夫、でもシータが」
クリスは私の腕の中でグッタリしているシータに目をやった。
背中には矢が刺さったままだ。
「そうか……」
そうかって、それだけ?
「あなたが泣くことはないのですよ」
ファイがシータを抱きしめている私の横に跪いた。
「シータは殿下のお役に立てて本望でしょう」
「本望? そんなわけないじゃない」
だって、あんなに寂しそうな顔をしているのに。
「君が気に病むことはない、シータが命を賭けたのは君じゃない、君を護れと言った僕の命令に従っただけなのだから」
抑揚ないクリスの声は冷たく聞こえるが、
「クリスだって悲しいでしょ」
「クリストファ殿下は王になられるお方、影の一人や二人死んだところでお心を痛める必要はありません」
ファイが言った。
二人とも冷たすぎる!
いいえ、違うわ、悲しみを押し殺しているんだ、そうしなければならないんだ。でも私には出来ない。
「殿下に拾われなければ、とっくになかった命です。だからこの命は殿下のために使おうと決めていました、殿下の大切な方を護れてよかった」
シータの声が聞こえた。本当にそう思っているの? クリスのために命を捧げる……。
「あなた……クリスを」
私が呟いた時、クリスが耳元で囁いた。
「シータがいるのか?」
「ええ」
「殿下、全員捕らえました」
近衛騎士の責任者らしき騎士がこちらへ来て跪いた。
「近所の者たちも騒ぎ出しています、殿下と気付かれなうちに引き上げましょう」
「わかった」
「それは影ですか? こちらで処分します」
騎士が私の手からシータを受け取ろうとしたが、
「物みたいに言わないで!」
思わず感情的に怒鳴ってしまった。
「ダメよ、シータはクリスが連れて帰ってあげて」
せめて最期くらいは優しくしてあげて欲しい。
「なにを言ってるんです」
ファイが信じられないと言った顔で私に迫った。
「そうですよ、殿下のお手を煩わせるなんて出来ません」
ゴーストになったシータもそう言うが、彼女がモノ扱いで無造作に運ばれるなんて耐えられない。
「わかった」
クリスは私の意図を汲んでシータの背中に刺さったままの矢を引き抜き、そして彼女を抱き上げた。
「僕が王宮に連れて帰ろう」
「殿下、お召し物が汚れます」
その行動に騎士は驚いた。
「もう汚れているよ」
「殿下、そのようなことをされてはいけません」
騎士は止めようとしたが、
「勘違いするな、僕は愛しい婚約者の頼みを聞いてあげるんだ、影に情を移したわけじゃない」
「ありがとう」
私の為なんて嘘よね。
「馬車を使って、私は馬で帰るから」
「そうか」
いつの間にかファイの姿は消えていた。
クリスはシータを抱いて馬車に乗り込んだ。
「他の犠牲者も丁重に扱うように」
騎士に命令した。
「ドリスメイを頼む、乗馬は得意だから心配ないが、ちゃんと王宮まで連れて来てくれ」
私、イーストウッド別邸に戻ろうと思っていたんだけど、だって、ドレスは血だらけで、もし王妃様に出くわすことがあれば卒倒されるわ。
「ありがとうございます」
シータのゴーストも馬車の中に消えた。
最期に向けてくれた彼女の笑顔はとても穏やかだった。この優しい顔をクリスに見せてあげられないのが残念だ。




