その14
帰宅すると、客間でクリスが待っていると侍女に聞かされた。
今日、会う予定はなかったが、ジョセフィーヌ様のお見舞いに行くと言ったので気になったのだろう、私は急いで客間に行った。
私が戻るまでリジェ兄様が相手をしていたようだ。
「遅かったな、お待ちかねだぞ」
「かまわないよ、急に来たんだから」
リジェ兄様は気を利かして部屋を出た。
私が向かい側のソファーに座ろうとすると、クリスは氷の微笑を浮かべたので方向転換、隣に座った。
クリスと密着するのは嫌じゃない、彼に抱き寄せられるのは嬉しいけど、うちでは抵抗がある。兄様に見られるのは恥ずかしいし、今日はいないけどお父様に見られたらまた大騒ぎになる。
「それで収穫はあった?」
クリスはいきなり本題に入った。
「ジョセフィーヌ様は意識不明のままだったけど、伯爵夫人が色々と話をしてくださって」
伯爵夫人から聞いたことは、クリスがアンドレイ様から聞いたことの裏付け、プラス、ジョセフィーヌ様との関係について新しい情報もあった。
「ゴーストのヴィオレットと伯爵夫人が知るヴィオレットは、かなり乖離しているわ、彼女には二面性があったのかしら? それともゴーストのヴィオレットがとんでもない勘違い女だっただけなのかしら、まるで別人のようだわ」
ゴーストのヴィオレットは自分が一度死んで生き返ったと言っていたが、果たしてそうだったのだろうか?
「別の人の魂が入っていると考えるより、あれは別人だと考えた方がしっくりくるような気がするわ。ヴィオレットは死んだ。そして遺体は隠されて、別人と入れ替わった」
そんな新たな考えが浮かんだ。
ゴーストは自分の都合の悪いことは覚えていないものだし、生き返ったと思いたいから、そんな記憶に塗り替えられたのかも知れない。
「でも、そんなソックリさんがいるはずもないか……」
でもそんな突拍子もないことがあるわけないわよね、いくらなんでも周囲の人が気づくでしょう。
「手術で顔を変えることも可能なんだよ、某国では技術も進歩しているらしい」
「そうなの!? 顔が変えられるのなら、別人説も成り立つかも」
「そんな風に考えれば、馬車の事故でヴィオレットが死んだのは好都合だったのかも知れないね、思い通りにならない娘に愛想をつかして、操り人形になる娘と入れ替えた。貴族が愛人を囲うのも珍しくない、今いるヴィオレットは愛人との間に生まれたもう一人の愛娘だったりして」
「じゃあ、やっぱり本物のヴィオレットは亡くなったのね、彼女のご遺体はどこにあるのかしら」
「待て待て、あくまでも仮説だろ、そういう可能性もあるかもってだけだ」
「あ……そうよね、先走っちゃった、確かなことは何一つわかってないんだもんね」
それにそう考えるには不自然な点がある、ゴーストのヴィオレットは生身のヴィオレットとあまり離れられないのは、何らかの繋がりがあるからだ。
「ここでアレコレかんがえたところで答えは出ない、今の状況では糸口も見えない。こういう時はなにか動きがあるまで待つしかないな」
「なにを待つの?」
「そうだな、今度の夜会でなにか動きがあるかも知れない」
「夜会?」
「ドパルデュー公爵家から夜会の招待状が届いてるんだ」
「いつ? うちには届いていないようだけど」
「だろうね、オニール家やロシュフォード家にも届いてないらしいから、あからさまに派閥を作ろうとしているようだ」
ああ、なんかクローディアの怒り狂う顔が浮かんだ。
「面倒だから断ろうと思ったんだけど、やっぱり招待を受けようかな、君をエスコートして行ったら、ドパルデュー公爵はどんな顔をするだろうね」
「私は招待されてないのに」
「僕の同伴者を締め出すわけないよ、あ、でも刺激するのは危険かな」
「私、生身のヴィオレットともちゃんと話をしてみたいわ、王妃様の花園の一件以来、避けられているみたいで学園では接触できないのよ」
「接触しようとしていたのか?」
「話をすれば、なにか掴めるかも知れないでしょ」
「ほんと君はチャレンジャーだな、シュザンヌ様とも会おうととするし……そう言えば、シュザンヌ離宮から苦情が来てたらしいよ、赤毛の侍女が侵入しようとしていたって」
「侍女って」
学園の制服を着ていたのに!
「たまたま耳にしたオニール宰相が、赤毛に侍女はいないと言ったらしい。侍女じゃなくて王太子の婚約者が赤毛だということは伏せて……。ドリスメイ嬢はなにを嗅ぎつけたんだろうって気にしていたようだ」
「まあ、ディアと同じことを仰るのね」
人を犬扱いだ。
「宰相はドパルデュー公爵の動きを警戒しているからね、二人はかつて宰相の座を争ったライバルだし、破れたドパルデュー公爵には遺恨があるだろう」
「そんな十年以上も昔のこと」
「案外男の方が執念深かったりするんだよ」
「侍女がうろついていたくらいで大騒ぎする、そのことで、宰相の疑惑は確信に変わったみたいだよ、そうまでして人を近付けたくないのには理由があると。そこへ自分に近いものだけを集めての夜会だろ」
「なんか、陰謀渦巻くって感じなの?」
「怖くなった?」
「平気、私には優秀な影がついてるんだもの」
「そこはクリスがついているからって言ってほしいな」
「あ、そうよね」
クリスは笑いながら私の肩を抱き寄せた。




