その11
学園の門をくぐったとたん、ゴーストのヴィオレットが一目散に寄ってくる。
「もう耐えられませんわ! アンドレイったら、偽ヴィオがあんな行動を取っているのにずっと知らん顔してるなんて!」
自分が本物と信じているのね、もしコレが演技なら大女優だわ。
「偽ヴィオはクリストファ殿下を追いかけ回しているでしょ、普通、自分の恋人がそんな奇行に走れば、怒るか、止めるか、少なくとも理由くらい聞くと思いません? なのになにも言わないなんて変ですよ」
相思相愛の恋人と信じているのはヴィオレットのゴーストだけだと教えてあげたほうがいいのかしら? でも、ショックを与えて悪霊になっても困るし。
「それに、なぜジョセフィーヌのお見舞いに行かないのかって、偽ヴィオに対して声を荒げたんですよ。あんなアンドレイ、今まで一度も見たことありませんでした……別人のようでしたわ。でも、お見舞いに関しては同感です、親友のお見舞いに行かないなんて、やはりあれは偽物ですわ!」
私が返事できないことは承知しているので一方的に喋りまくる。朝から頭上で捲し立てられると、なんか頭が痛くなってきたんだけど……。
「ドリスメイ様、ジョセフィーヌの様子を見に行ってくださいませんか? 事故以来寝たきりと聞いて心配なのです」
なんで私が? ジョセフィーヌ様とは一度話をしたことがあるだけで、お見舞いに行くほど親しくはないし不自然でしょ。私はさりげなく首を横に振った。
「お願いします、本当は私が行きたいのですが、どうやら偽ヴィオとあまり離れられないようなんです、まるで鎖に繋がれているようで、一定の距離から先へは行けないことがわかったんです」
それで家までは着いて来れなかったのね、ある意味助かったわ。
でも、離れられないと言うことは、生身のヴィオレットとゴーストのヴィオレットとは繋がりがあるってことなのね。ますますわからなくなった。
ヴィオレットのゴーストに付き纏われながら教室に入った私は不穏な空気にすぐ気付いた。私をチラチラ見ながらヒソヒソ話をしている。この雰囲気は以前にも感じたことがある、おそらく……。
「おはようございます、黒魔術師さん」
ディアはそう言いながら私のそばに来た。
やっぱり、新たな噂が流れているのね。
「黒魔術を使ってクリストファ殿下を誑かしているらしいじゃないの」
ディアは揶揄うように笑みを浮かべた。
「私、黒魔術師にされたの?」
「あんな本を読んでいるからよ」
昨日、図書室で魔術の本を読んでいたことが原因のようだ。
「言ったでしょ、あなたの行動は見張られているのよ」
「魔術が使えたら、妙な噂を流す輩を消し去ってやるわ」
「ほんとよね」
ディアは扇を口に当てて高らかに笑った。
「ねえ、ディアはニールセン伯爵令嬢のジョセフィーヌ様と面識はある?」
唐突だとは思うが、顔の広いディアなら繋がりあるかも知れないと思った。
「ええ、何度かお茶会でお話したことがあるけど、それほど親しくないわ、彼女がなにか?」
ディアは眉をひそめた。
「事故に遭われて、意識が戻らないままだと聞いたから、気になって」
「そうだったわね、でもなぜ?」
「ええ、以前、一度王妃様の花園へご一緒したことがあるのよ」
「あら、あそこへ行くなんで、大人しそうなのに度胸があったのね」
「花を見るのが好きそうだったから私が案内したのよ」
彼女と言葉を交わしたのはあの時一度きりだった。花壇の花を愛おしそうに見つめていたので、思い切って声をかけた。そして、もっと素敵な花園があると案内したのだ。
ちょうど王妃様もいらして、三人で花を観賞した。
ジョセフィーヌ様は王妃様とお話が出来たと、痛く感動していた。
彼女となら友達になれるかも知れないと期待したが、クラスも違うし、それ以来、顔を合わせることはなかった。
「だから、お見舞いに行きたいなと思ってて」
「あなたにとっては数少ない知人なのよね、じゃあ、一緒に行きましょうか」
私の頭上でゴーストのヴィオレットが拍手していた。
* * *
先触れもなく突然訪問したディアと私を、ニールセン伯爵夫人はすんなり招き入れてくれた。
「オニール公爵令嬢がジョセフィーヌと懇意にしてくださっていたとは存じませんでした」
ディアは顔が知れた有名人だからだ。
「お茶会で何度かご一緒させていただきましたから……、まだ意識がお戻りじゃないとお聞きして心配で」
ディアは用意した見舞いのゴージャスな花束を夫人に渡した。
「ありがとうございます、よくお越しくださいました。娘はまだ目覚めませんが、気持ちは通じると思います」
部屋に案内されると先客があった。
「彼はプージュリー伯爵家のアンドレイです。私と彼の母親が従姉妹同士なので、彼はジョセフィーヌのハトコに当たり、子供の頃から兄妹のように仲が良かったのです、だから時間を見つけては様子を見に来てくれるのです」
この方がゴーストのヴィオレットの愛するアンドレイ様か……。こんなところで会えるなんて奇遇だ、親戚でもなければ嫁入り前の令嬢の私室には入れないだろう。
アンドレイは私たちを見て少し驚いた様子で眉を上げた。長身で鍛えられているのが窺えるガッチリした体格、栗色の髪にこげ茶の瞳、精悍な顔つきの青年だった。




