その10
「シュザンヌ様のゴースト?」
私は離宮から戻るとすぐクリスに報告した。
込み入った話なので、クリスの私室に通された。
何度も訪れているクリスの部屋、部屋と言っても一部屋ではない、広いリビング、隣は執務室に書斎も完備、奥にはバストイレ付きの寝室、そして寝室には隣室へ繋がる扉がある。その部屋は現在使われていない王太子妃の私室になっている。いつか私が使う予定の部屋はまだ見たことがない。
「ええ、離宮の中庭を彷徨ってらしたわ、自分が死んでいることに気付いていないの」
私たちはリビングのソファーに並んで座っていた。
「で、一人でフラフラ離宮まで行ったのか?」
口調は穏やかだが、声には怒りがこもっている。
「行ってどうするつもりだったんだ? シュザンヌ様に会えると思ってたのか?」
「それは……」
深くは考えていなかった。シュザンヌ様の本意を聞き出すとしても、考えてみればいきなり現れた初対面の小娘とまともに話をしてくださるはずもない。
「まったく、君は向こう見ずだから危なっかしい、権力争いの恐ろしさは身に染みているはずだろ」
「ごめんなさい、でも、シータがついてるじゃない」
「あんまりシータを煩わせるな」
確かにそうだ、彼女に甘え過ぎるのはよくない。シータだってクリスの命令だから仕方なく私を護衛してくれてるんだ、迷惑かけないようにしなきゃ。
「それにしても、シュザンヌ様はいつ亡くなったんだろう」
「あのゴースト、私と同じくらいだったわ」
「十代後半? ということは三十年、いや四十年も経っているということなのか? ……確か、王子が病死して精神を病まれて離宮に籠られたのは十八歳の時」
「えーっ? シュザンヌ様はいくつで出産されたの?」
「十五歳で側妃になり、翌年には出産されている」
「私の年にはすでに子供がいたってこと」
「昔の事だからな」
考えられないわ、この年で母になったなんて……、その上、我が子を亡くされて。
「離宮に移られて、その後間もなく亡くなったんだろうな」
「あの方、自分が死んでいることも、王子が病死されたことも、ヒースクリフ陛下が崩御されていることもわかってなかった、だから長い間ゴーストでいても悪霊にならなかったのね、なにも知らないから」
「知ってしまったら?」
「わからない」
「そんな長い間、なぜ隠されてるの?」
「生きているように見せかけたほうが都合のいい者がいるんだろう、よく隠し通せたものだ。でもこれは大罪だ、王家を謀ってシュザンヌ離宮への経費を搾取している者がいるんだから」
「ちゃんと弔ってもらえず私利私欲のために利用され続けているなんて、気の毒な方」
「フェリシティ様の時みたいに、ご遺体を見つけてちゃんと供養してさしあげれば魂も天に召されるかな」
「ご遺体はおそらく庭園の花壇に埋められていると思うわ」
「父上に進言してみよう、父上もシュザンヌ様が面会に応じられないのを不審に思われて調査に乗り出しているらしいから……でもどう説明しようかな、君がゴーストを見たことを言わずに」
「シュザンヌ様の件と、ゴーストのヴィオレットの件はなにか繋がりがあるのかしら? 二人は血縁者でしょ」
容姿も似ていた。
「どうなんだろう、少なくともゴーストじゃない生身のヴィオレットが僕に近付いていることは関係あるだろう、かつてシュザンヌ様がそうだったように、ドパルデュー公爵家は娘を王家に嫁がせたいんだ」
「ゴーストのヴィオレットにそんな気はなかったけど、生身のヴィオレットはその気満々なのよね」
「生身のヴィオレットの中身はどうなってるんだろう? 魂が二つに分かれたのか、別人の魂なのか、それだけでもわかれば」
クリスは腕組みして考え込んだ。
「それともゴーストのヴィオレットのほうが偽物だったりして」
私は唐突に第三の可能性を思いついた。
「確かに、その可能性もあるな」
クリスは悪戯っぽい笑みを向けた。
「夜通しゆっくり考えてみる? 今夜は泊まっていけば?」
えっ! そんな急に言われても心の準備が!
一瞬にして真っ赤になった私を見て、クリスはプッと噴き出した。
「冗談だよ、帰さなきゃリジェに殴り倒されるよ」
本気にしてしまった自分が恥ずかしい。
でもいつかは……いつかじゃなくて、卒業したら私はここに住むんだな。そう思うとさらに顔が火照った。