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その9

 王太子妃教育が思ったより早く終わったので、私は離宮の様子を見に行くことにした。好奇心に勝てないこの性格がトラブルを招くのだとわかっていながらじっとしていられない。シュザンヌ離宮までかなり距離はあるが、日が暮れるまでには往復できるだろう。


 歩き出して十五分あまり、馬を借りればよかったと後悔した。思っていたより遠かった。


 ようやく門までたどり着いたが、それは閉ざされている。無計画で来たのだから中まで入れるとは思っていなかったが、門扉に阻まれて残念な気分になっていた時。


「誰?」

 フェンスの向こうに女性の姿があった。小鳥のように小首を傾げながらこちらを見ている。

私と変わらない年頃に見える、プラチナブロンドにエメラルドの瞳の色白で美しい女性というより少女だった。誰かに似ている。


「こんなところに人が来るのは珍しいわ」

「えっと、迷ってしまって」

「ここはシュザンヌ離宮、ヒースクリフ陛下が私のために用意してくださった離宮よ。どちらから来たの? 宮廷内にいるってことは……まさか! 新しい側妃なの!?」


「違います! 決してそのような者ではありません!」

 慌てて否定したが、ヒースクリフ陛下が私のために用意した離宮と言うことは……。


「シュザンヌ様なのですか?」

「そうよ」

 可愛らしい笑みはヴィオレットに似ているんだ。親戚だったわよね。


「失礼しました、私はイーストウッド辺境伯が娘ドリスメイでございます。国王陛下に謁見する父についてまいりました」

 丁寧にあいさつした。

 イーストウッド辺境伯の歴史は古い、もちろん先代から存在するから不自然ではないはずだ。


「そうなの、国防を担ってくださる辺境伯の」

 彼女はゴーストだ。シュザンヌ様はすでに亡くなっているんだ。


「だから陛下はこちらへ来られなかったのね、あなたのお父様とお話なさっているからなのね。良かった、アビゲールのところへ行かれたのかと心配しちゃったわ」

 年の割には可愛らしい話口調で、夢見る乙女のような瞳をしている。


「陛下は今、アビゲールに夢中だという噂が聞こえてくるけど、きっとまた私のところへ戻ってくださるわ、美人だという噂だけど、陛下は見かけに騙されたりしないわ、ただ、来たばかりで珍しいから気にかけてらっしゃるだけよ」


 シュザンヌは聞いてもいないのに一方的に話し続けた。きっと長い間、話し相手もいずに孤独だったのだろう。それにしてもゴーストになってどのくらいになるのだろう? 何十年も経っているようなのに悪霊になっていないのはなぜ?


「王子もすくすくと成長しているし、そろそろ二人目も欲しいのよね、きっと今度は王女だわ、私に似た美しい王女が生まれるのよ」

 王子は確か病気で亡くなっているはず、悲しみのあまり精神を病まれたと聞いている、それも覚えていない?


 時系列が変だわ。アビゲール様が側妃になられたのは王子が亡くなった後だと聞いていたけど……、記憶が入り乱れている? そうか、悲しい記憶はすべて封印しているのね。だから幸せなまま、何十年も同じ毎日を繰り返しているんだわ。


「あら、どうしたの?」

 シュザンヌが驚きの目を向けたのは、私がいきなり涙を零したからだろう。なんか勝手に涙が溢れた。


「なんか目にゴミが入ったみたいで……」

 べたな言い訳をした。


 その時、

「誰です! そこにいるのは!」


 年配の侍女が姿を現した。私の声を聞きつけてきたのだろう。

 マズい!


「私、そろそろ戻りますね、ここに来たことは内緒にしてください。ウロウロしたって父に叱られますから」

「ええ、見つからないように帰りなさいね」


「失礼します」

 私はまだ止まらない涙を隠すように背を向け、全速力で駆け出した。

 あの侍女に姿を見られただろうか?


 息が続く限り走って……息切れしたというより、足の痛みで歩を緩めた。ヒールのある靴での全力疾走には無理があった。


「足が速いんですね」

 いつの間にかシータが横を歩いていた。

「大丈夫ですか?」

 涙に濡れた目を見てハンカチを差し出してくれた。涙は収まっているが、足が大丈夫じゃなさそうだ、きっと靴擦れしているだろう。


「あの侍女に見られたかしら」

「微妙ですね、顔は見られてないですけどドリス様の赤毛は目立ちますからね」

「やっぱり」

「問題ありません、フェンスの中には入られてないのですから、罪に問われることはありません」

「そうね」


「フェンスの向こうに誰かいたんですか?」

 シータにシュザンヌのゴーストは見えていない、私は一人で喋り、突然泣き出した変な奴だ。


「誰かのゴーストが」

「えっ?」

 驚きのあまり足の痛みも吹っ飛んだ。シータは私にゴーストが見えることを知っているの?


 私の反応を見て、シータはクスっと笑った。

「わかりますよ、もう三ヶ月近くあなたの影をやってるんですから、あなたには私に見えないモノが見えていることくらい気付いています」

「そうか、気付くわよね」


「王妃の花園でディアンヌ嬢が自害された直後に起きた不可解な現象も、ゴーストの仕業だと考えれば納得出来ました」

「あれは彼女が悪霊になってしまったからよ、でも普通のゴーストはあんなことしないの、ただ、自分の死を受け入れられずに彷徨っているだけ」


「じゃあ、可哀そうなゴーストに同情されたのですね、危険はなかったのですね」

「ええ、今のところは」


「あなたの護衛が私の仕事です。でも、いくら私でも見えないモノとは戦えません、出来るなら不用意に近づかないでいただきたいです」

「そうね、気を付けます」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶんですか」

 シータは呆れたように吐息を漏らした。


「貧乏くじ引いたわね、変な女の護衛で」

「いいえ、あなたはクリストファ殿下の大切な方ですから」

「そうだ! クリスに知らせなきゃ!」


 私たちの婚約に反対しているシュザンヌ様なんかいないんだ。

「シュザンヌ様はとっくに亡くなってるって」

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