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霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する  作者: 弍口 いく
第2章 ヴィオレット

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その5

 ノックされるとほぼ同時にドアが開いた。

 返事を待てないなんて不躾な方だわ、と思ったら、それは淑女のはずのクローディアだった。


 明るい栗色の髪に碧の瞳、白い肌にピンクの頬が愛らしい、天使のような笑みを浮かべる美しいご令嬢。

 オニール家の令嬢クローディアとクリスは幼馴染、宰相であるオニール公爵とアルフォンス陛下は王太子時代から懇意にされており、歳が近いクリスとクローディアはお互いの邸を行き来する仲で、かつてはクリスの婚約者候補だった。しかし色々あってクローディアはロシュフォード侯爵家の嫡男アルマンゾ様と婚約した。


 ソファーでくつろいでいる――ように見えたのだろう――私とクリスを見て、

「やっぱりココでしたのね」

 腰に手を当てながら眉を吊り上げて、少々お怒りモードだ。ヴィオレットもいるが当然クローディアには見えていない。


「午後の授業に来てなかったから、もしかしてと思ったら」

 クローディアはツカツカとソファーに歩み寄った。

「心配してくれたの?」

 あの事件以来、私を友達認定してくれたクローディアとは親しくお付き合いしていて、今ではディアと愛称で呼ぶことを許されている。


「心配というか……」

 ディアは溜息を洩らしながら私の横に座った。

 そして、私を通り越して反対側に座るクリスを睨みつけた。


「クリスも少しは考えてくださいよね」

 婚約者候補だった時は、ディア曰く猫をかぶっていたが、外れた今となっては昔のように幼馴染モードに戻っている。


「授業をサボって生徒会室で逢引きだなんて、変な噂を立てられて傷がつくのはドリスの方なのよ!」

 私たちは王妃の花園から場所を移して生徒会室に来ていた。


 クリスは生徒会長を務めている、兄のリジェールも執行役員で、先日からは亡くなったエブリーヌ様の代わりに一年生ながらディアも役員になった。

 私が選ばれなかったのは王太子妃教育が始まっているからだ。基礎的なことは終わっているが、これからは王妃様指導の下に実務を学ぶ予定だ。


 授業中、生徒会室は無人になるので、私たちは静かなところでヴィオレットの状況について、今後どうすればいいか考えようとしていたのだが、不条理な出来事にどう対処すればいいか簡単にわかるわけもなく途方に暮れていた。


 そこへ授業が終わったディアがやってきたという訳だ。

 確かに彼女の言う通り、未婚の男女が密室で二人きりなのはよくないだろう。それにしても逢引きだなんて。


「どんな噂を立てられようと平気だよ、結婚するんだから」

 クリスは涼しい顔でサラッと言った。

「では、なぜ婚約発表なさらないの?」

 ディアは鼻息荒くクリスに詰め寄った。挟まれている私はすこぶる窮屈なんですけど……。


「ハッキリしないからドリスはいつまでたっても王太子の周りをうろつく邪魔な女扱いなのですよ、だからいまだに婚約者の座を狙う勘違い令嬢の幼稚な嫌がらせを受けるのです」


「私は気にしてないから」

「気にしなさいよ、水をかけられそうになって平気なわけないでしょ!」

 誰かに聞いたのかしら? でもそれはヴィオレットのお陰で回避できたし。


「それは確かにやりすぎだね」

「貴族令嬢たるもの、そのような卑劣なことをするなんて許せませんわ! あなたももっと怒りなさいよ」

「なんかもう、相手にするのもバカらしくて」

 そう言う輩は反発するとよけいにエスカレートすると決まっている。


「なんか意外だわ、クローディア様ってこんなにキツイ物言いをされる方だったんですね」

 後ろからヴィオレットが囁いた。小声でなくても誰にも聞こえないんだけどね。


「天使の微笑みと言われる誰からも愛される癒し系の御令嬢じゃない、もっとフワッとした感じの方だと思っていたわ」

 私も最初は驚いた。守ってあげたくなるような可憐な見かけと違い、かなり気が強いズケズケとものを言うタイプだ。でも根は優しくて正直な人だとあとでヴィオレットに教えてあげよう。


「王太子の正式な婚約となると、色々と根回しが必要なんだよ」

「なんの根回しなのです? ドリスは辺境伯令嬢、公爵家の私と比べると少々劣りますけど、イーストウッド辺境伯は国の重鎮なのですから異議を唱える者などいないでしょう」


「それがいるんだよ」

「じゃあ本当ですのね? 先王の側妃シュザンヌ様が口を挟んで来られたってお話」

「君も聞いたのか」


「ええ、先日珍しくドヌーブ公爵が訪ねて来られて、お父様とお話されていたのを小耳に挟みましたの」

 立ち聞きしたのね。


「王太子の正式な婚約者を決めるのは卒業式だと決めたではないか、それまでは他の令嬢にも平等にチャンスを与えるべきだと、シュザンヌが異議を申し立てられているとか。本人は離宮に籠っているので姿を現さない方だから、本当のところはどうかわかりませんけどね」

「ドヌーブ公爵はそんな話をわざわざしに来たのか?」


「それだけじゃありません、ドパルデュー公爵が今になってエブリーヌ様の死に疑惑があると言い出しているらしいのよ。エブリーヌ様の死の真相は一部の関係者しか知らないでしょ、事が事だけに秘密にされていることを今更蒸し返されるのを、ドヌーブ公爵も良く思ってらっしゃらなくて、お父様に相談に来られたようだったわ」


 ガッツリしっかり聞いてるんだ。


「君はエブリーヌ様の死の真相を知ってるのか?」

「もちろんよ、情報は色々と入ってきますから」

 それは正確な情報なのだろうか? 真実が漏れればドヌーブ公爵家にとっては醜聞だ。どこから漏れたのだろうか?


「すべてはディアンヌ様とベルモンド公爵家が糸を引いていた事件なのに、最初に噂された〝ドリスメイが嫌がらせをした〟説を取り上げているようよ、的外れもいいとこ、それを理由にドリスメイは王太子妃候補に相応しくないと仰ってるのよ」


「ヴィオレット嬢が強気に出るのもわかるな、父親から間違った情報を植え付けられてるからなんだな」

「見ましたわよ、付き纏われてらっしゃるところ」

「ああ、参ってるよ」


「噂に振りまわされる運命なのね、あなたは」

 ディアに憐みの目を向けられると、本当に憐れな気分になる。

「僕のせいだろ、王太子の婚約者になれば誰でも足を引っ張られるよ」


「私ならそんなことありませんわ、王都の貴族社会を知り尽くしていますから、

それに家柄、容姿、教養、品格、どれを取っても完璧な淑女である私に敵う令嬢はいませんわ、引っ張られる足などありません。惜しい人材を手放されましたわね、やはり私こそが未来の王妃に相応しかったのではなくて?」

 ディアは誇らしげにツンと顎を上げた。


「その自信、少しドリスに分けてやってくれないか」

 ディアは不安そうにしている私に気付いて、

「あなたなら大丈夫ですわ、私が友と認めた方ですもの、もっと自信を持ちなさい」

 持てるものならそうしたいけど……私に王太子妃が務まるか、今更ながら思い切り不安になってきた。


 クローディアのお陰で最近はお茶会にも呼ばれるようになり、友人と呼べる令嬢も出来た。でも、やはり共通の話題に苦労するし、田舎者だと思われているのは身にしみてわかる。


 私はずっと領地で育った。豊かな自然に恵まれた美しい土地だ。

 ゴーストが見えることを心配した母に護られ、過保護に育てられ、将来は父が認めた騎士と結婚して、ずっとそのまま領地から出ることなく過ごすのだと思っていた。


 そんな私をクリスは王都へ引っ張り出した。

 都会には馴染めない、領地に戻りたいと言えばクリスは無理に引き止めなかっただろう。でも、彼の傍にいることを選んだのは私だ。


「でも、あなたはもっと気をつけなきゃダメよ、ボーっとしていたら陰謀の渦に巻きこまれてしまうわ、水を被せられるくらいで済まないかも知れないわよ」

「ドリスには王家の優秀な影がついているから大丈夫だよ、二階から水を落とした犯人はわかっているし、相応の報いは受けさせる」


 クリスは笑みを浮かべているが、それは怖い氷の微笑だ。私は犯人を知らないけど、退学か、家にも影響があるんだろうな、そういうところ容赦ないから。


「腹黒クリスがついてるから心配ないか」

 ディアは笑った。


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