その4
別の魂説には私も眉をひそめた。
そんなことが起きるの?
「でも、もし赤の他人の魂が入ってしまったとしたら私の記憶はないはずです。私になりすまして行動するのは難しいですわ、周囲の人が異変に気付くでしょ。でもそうじゃありません、この数日、観察していますけど、今まで通り不自然なく生活しているのですから」
ヴィオレットは別の魂説を否定したが。
「あなたをよく知る人だったとしたら? 例えば同乗していたジョセフィーヌ様とか、彼女はまだ意識不明なんでしょ、魂が抜けていると考えれば目を覚まさないのも説明がつくわ」
「それはありません、ジョセフィーヌは私とは正反対で、内気で引っ込み思案な性格です。王太子殿下の手を握るなんて、そんなはしないことをするはずありません」
ゴーストのヴィオレットはそれもキッパリ否定した。
「それにジョセフィーヌは親友です、私になりすまして私が望まない行動を取るはずありません。私が王太子妃なんかになりたくないのは知っていますし」
「王太子妃なんかって」
「申し訳ありません失言です、殿下には言わないで」
そう言われても、クリスは頭の回転が速いから、私の受け答えから会話を推察しているだろう。
「私には心に決めた人がいることをジョセフィーヌは知っています。アンドレイ……私の愛する人、彼とは幼馴染で彼のお嫁さんになることが夢だったのです。でも、家の意向で王太子殿下の婚約者候補に名を連ねている私はアンドレイとの婚約が叶いませんでした」
ヴィオレットは寂しそうに目を伏せた。
「我ドパルデュー公爵家は曾祖父、祖父と二代に渡り宰相を務めていた名家です。そして大叔母に当たるシュザンヌ様は先王ヒースクリフ陛下の側妃でした。離宮で隠居生活を送っておられその方が、私を王太子妃にと強く押されているらしいのです」
「さっきのヴィオレットが言ってたことね」
名前は耳にしたことがある、そして、気の毒な噂も……。
先王ヒースクリフ陛下の正妃キャサリーナ様が子宝に恵まれなかったため、当時の宰相だったドパルデュー公爵の妹であるシュザンヌ様が側妃に迎えられた。シュザンヌ様は王子を出産されたが、幼くして病で亡くされ、そのショックから精神を病まれて離宮に閉じ籠られるようなったとか。
キャサリーナ様が亡くなられたあと、第一側妃のシュザンヌ様が正妃に繰り上がるはずだったのに、引きこもり生活を続けておられたために、結局正妃の座は空席のままになった。
陛下はその後迎えられた第二側妃のアビゲール様を寵愛されて、シュザンヌ様は蔑ろにされていたらしい。アビゲール様は現国王アルフォンス陛下のお母様でクリスのお祖母様だ。
「私は王太子妃などなりたくありません、アンドレイの妻になりたいのです。何度も父にそう言いましたが、野心家の父は、〝それは王太子妃になる道が完全に断たれてから考える〟と聞き入れてくれませんでした。それにクローディア様がアルマンゾ様と婚約されたことで、私にチャンスが巡ってきたと張り切っているのです」
ライバル視していたのはクローディアか……、ダークホースが搔っ攫ったんだけどね。
「宝石姫と呼ばれる美貌のクローディア様と、妖精姫と呼ばれる私はタイプが被っていたでしょ、殿下と幼馴染の彼女が一歩リードしていたけど、王太子婚約者レースから下りられたことで、私が最有力だと勝手に決めているのです。でも殿下は容姿で選んだりはされなかったのですね」
なんか、とても失礼なことを言われたような気がするけど、この子、悪気はないのよね。
「正式に婚約されているのなら、なぜ早く発表なさらないのです。そうなれば父もあきらめてくれるでしょうし、想い合うアンドレイと婚約できたかも知れなかったのに!」
責められた私はクリスにも彼女の気持ちを説明した。
「発表が先送りになっているのは君の父上のせいでもあるんだよ」
クリスは溜息交じりに言った。
「先の大事件でベルモンド公爵家が失脚し、マリアンヌの実家ドヌーブ公爵家も火の粉を被ってしまったから、三大公爵家の枠組みは崩れた。今はオニール公爵家が筆頭公爵家ともてはやされるようになったがそれをよく思わない貴族たちもいる。ドパルデュー公爵はそんな貴族たちと手を組んで、なにか画策している動きがあるんだよ」
「父は権力を手にするために、私を利用しようとしているのですね」
ヴィオレットの呟きは聞こえていないが、クリスは続けた。
「ドパルデュー公爵はかつて宰相の座をオニール公爵と争って敗れた、それがきっかけで失墜した公爵家の威厳を取り戻そうとしているようだ。だからどうしても君を王太子妃にしたいんだ、隠居しているシュザンヌ様を担ぎ出したのもそのためだ。それ以外にもどんな手を使ってくるかわからない」
「まさか!」
ヴィオレットは辛そうな目を私に向けた。
「確かアルフォンス陛下の婚約者だった方は遺体で発見されたのでしたね、父がそこまですると……危惧されているのですね」
「権力争いって恐ろしいものなのよ、クリスだって命を狙われたこともあるし」
「君は僕が護るよ」
クリスは私の肩を抱き寄せた。
「そんな話、私には無縁だと思っていました。でも、私も公爵令嬢だったのですね、政略に使われる駒だということを失念していました。私はただ好きな人と結ばれたかった」
「女の子は誰だってそう願っているはず、現実にはそうはいかないけど」
だから私は幸運なのよね。
私はクリスを見上げた。愛する人と結ばれる――予定――なんて、本当に私は幸せ者だ。
「なんか、話が逸れてしまったようだけど、問題はヴィオレット嬢の現状だよな、ゴーストがここにいるのに、身体の方も普通に生きているという異常な状況がなぜ生じたか」
クリスは私を抱き寄せたまま首を捻った。
「それに、生身のヴィオレット嬢が急にドパルデュー公爵の思惑通りに動きだした理由も気になるし」




