その3
「やっぱりこちらでしたのね」
現れた彼女はゴーストと同じ姿のヴィオレット、胸の前で手を組み、顎を引いた上目遣いでクリスを見つめる、絵に描いたような可愛い子ぶりっ子はゴーストと同じだ。
私はポカンと口を開けながら、二人のヴィオレットを見比べた。
ゴーストのヴィオレットは困ったように苦笑いしている。
困惑している私をよそに、いえ、わざと無視してヴィオレットはクリスの手を取った。王族に許可なく振れるなんて無礼にも程がある。きっとそのあたりに潜んでいる〝影〟に斬り捨てられても文句は言えないわよ。
「お逃げになっても無駄ですよ、殿下はよく王妃様の花園に行かれるという噂もちゃんと知っていますから」
実体のヴィオレットは少し頬を膨らませながら甘えるように言った。それに対してクリスは冷ややかに、
「じゃあ、昼休みはドリスメイと一緒に過ごすことをも耳にしているんじゃないのか?」
クリスの圧にヴィオレットは怯まず、甘えるような上目遣いで見上げた。
「ええ、でもそれは今までの話です、これからは私と」
自分が可愛く見える角度を把握している。こういう仕草可愛いけど、恥ずかしくて私にはできないわ。
「勝手に決めないでくれるかな、変えるつもりはないよ」
クリスの微笑がどんどん怖くなっていく。
「シュザンヌ様からお話があったのではないのですか?」
ヴィオレットは気付かないのか、気にしないのか、しおらしく小首を傾げた。
「ああ、でも関係ないよ」
クリスはこれ見よがしに私の肩を抱き寄せた。
それを見て実体のヴィオレットはムッとした。
「そんな! 三大公爵家の令嬢が脱落して、やっと私の番が回ってきたと期待していましたのに」
たちまち今までのぶりっ子を脱ぎ捨てて、怒りを露にした。
「順番なんか関係ないよ、最初からドリスだけだ」
ヴィオレットは碧の瞳を涙で潤ませた。そんなすぐに涙が出るものだ。それにコロコロと感情が入れ替わるのもわざとなの?
彼女はその潤んだ瞳を私に向けた。
「独り占めなさるつもりなのね」
そう責められても……。それより私はこの異常な状態に困惑して、返す言葉も浮かばなかった。
「フェアじゃありません、酷いですわ!」
ヴィオレットはオーバーに涙ぐみながらプラチナブロンドの巻き毛を翻して走り去った。
それを見送りながらクリスは大きな溜息をついた。
「シュザンヌ様の後ろ盾があるから、自分は優位に立っていると思っているんだろうな」
「あの方、確かにドパルデュー公爵家のヴィオレット様よね」
私はまだ茫然としていた。
「ああ、ドパルデュー家は確かに名家で、シュザンヌ様は先王ヒースクリフ陛下の側妃だったけど、長く隠居生活をされているから権力はお持ちじゃないし影響力はないよ」
「そうじゃないの、そうじゃなくて……」
私はまだそこにいるゴーストのヴィオレットを見た。
「ヴィオレットのゴーストがここにいるのよ」
「はあ? ヴィオレット嬢のゴーストって、とういうこと?」
クリスは宙を見ながら、おそらくそこにゴーストがいると思って見たのだろうが、
「そっちじゃないわよ、クリス」
ゴーストのヴィオレットはいつの間にか私の横に座っていた。
「クリストファ殿下はあなたにゴーストを見る特技があることを御存じなのね」
「ええ、クリスだけなのよ、私のこの妙な力を知っているのは」
彼は初めて出会った幼い頃に私の能力を見抜いた。
「愛称で呼び合う仲で、気軽に触れ合う仲で、秘密を打ち明けるほど親密な関係なのですね」
婚約のことはまだ公にしていないので伏せておいた方がいいかしら、でも、彼女の言葉を聞く人もいないし。
「まだ発表していないけど、正式に婚約したのよ」
「そうなんですか!」
「婚約者候補に名前が挙がっていたあなたにはショックだろうけど」
「いえ全然、先ほども申しましたが、王太子妃に興味はありませんから」
「ほんとに?」
じゃあ、さっきの生身のヴィオレットの行動はなに?
「いったいどうなってるの? ゴーストが目の前にいるのに、ヴィオレットは生きていて、つい先日、事故に遭ったとは思えないくらいピンピンしてらしたように見えたけど、それにあなたの言葉に反して、王太子妃になる気満々のように見えたし」
「だから、私にもなにが起きているのかわからないのです。私は一度死にました、間違いありません。血まみれで、思い出すのも悍ましい死に顔でした」
ヴィオレッタは経緯を話しはじめた。
私はクリスに内容を中継するのに忙しくなった。
「突然馬が暴れて馬車が横転したのです、打ち所が悪かった私は確かに死んでいました。空に昇る光の筋が見えて、そちらへ行こうとしたその時、突然生き返ったのです。私は慌てて身体に戻ろうとしましたが出来ませんでした。それでどうしていいかわからず今に至ります」
横転事故の話は聞いている。確か、ニールセン伯爵家のジョセフィーヌ様が重傷を負われて、まだ意識が戻らないとか。あの馬車にヴィオレットも乗っていたのね。
クリスに説明すると、
「考えられる可能性は二つ、一つは魂が二つに分かれてしまったパターン。今そこにいるヴィオレット嬢のゴーストは、自分が死んでしまったと早とちりして身体から抜け出てしまったけど、実際は死んでなくて、その身体にも半分魂が残っている」
冷静に分析をはじめた。
「もう一つの可能性は、亡くなったヴィオレット嬢の身体に、別の魂が入ってしまったパターン。浮遊していた誰かの魂が、偶然、魂を失ったヴィオレット嬢の身体に入ってしまった」
「別の魂が?」
ヴィオレットは眉をひそめた。




