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霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する  作者: 弍口 いく
第1章 フェリシティ

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その17

 蠟燭の灯が厳かに揺れていた。


 祭壇の前に置かれた棺にフェリシティの遺骨は収まっているようだが、入口からは見えなかった。

 見ないほうがいいのかも知れない。美しかった彼女の姿は見る影もない白骨なのだから。


 掘り出された時、装飾品はそのまま残っていたので、兄であるオニール公爵が確認した。宝石を奪うことはマリアンヌの矜持に反したのだろう。


 急いで夕食を済ませた私とクリスは王宮内の礼拝堂を訪れた。

 しかしそこには先客の姿があったので中に入るのを躊躇った。


「父上か」

 その後姿は国王アルフォンス陛下だった。

 棺の前に跪く陛下の背中はやけに小さく見えた。


 私たちが入口で立ち止まっていると、ちょうど外套を手にした王妃様が来られた。陛下の姿を見ながら、

「覚悟はなさっていたでしょうけど、実際現実になると」

 王妃様は言葉を詰まらせた、その思いは王妃様も同じだっただろう。


「あなたが見つけてくれたんですってね、感謝するわ」

「王妃様に、フェリシティ様は白いガーベラが好きだとお聞きしていたから気が付いたんです、きっとフェリシティ様が花を通じて訴えられていたんですよ、私はここにいると」

 王妃様は潤んだ瞳で頷いた。


「せっかく来てくれたけど、今夜は遠慮してちょうだい」

 もちろんあそこへ行く勇気はない。


 祭壇に進む王妃様の足音が、静寂に包まれた堂内に響いた。

「冷えてきましたから」

 王妃様は陛下の肩に、そっと外套をかぶせた。


 そしてすぐに去ろうとしたが、陛下は王妃様の手を掴んだ。

「一緒にフェリシティの死を悼んでくれないか」

 王妃様はなにも言わずに、陛下の横に跪いた。


 そんな二人の様子を見ながら、クリスが入口の扉を閉じようとした。

 その時、

「二人の間には、確かに愛があるのよ」

 突然の声に私は驚いて、もう少しで叫んでしまうところだったが、

「フェリシティ」

 かろうじて声を潜めた。


「私とアルが愛し合ったような情熱的な恋愛じゃないけど、長い時をかけてゆっくり育んだ穏やかな愛が」

 フェリシティは棺の前で寄り添う陛下と王妃様を見ながら、儚げな笑みを浮かべた。

 そしてゆっくり礼拝堂から出て行った。


 私は慌てて後を追った。

「フェリシティ様がいるのか?」

 クリスも声を低くしながら、私の後に続いた。

「ええ、ここに」


 ずっと学園で待っていたのに、こんなところにいたなんて。

「なぜ? 学園から出られなかったんじゃないの?」

「わからないけど、気が付くと土の中に横たわっていたの。きっと掘り起こされた私の身体が、もう骨になっていたけど、魂を呼び戻したのね」


 フェリシティは自分の変わり果てた姿を見てしまったのね、どれほどショックだったか。

「お兄様の涙を初めて見たわ、決して感情を出される方じゃなかったのに」

 そうだ、あの時、オニール公爵の嗚咽が聞こえていた。


「距離はあったけど、不思議とあなたたちの話が聞こえたわ」

 土の中で、どんな気持ちで聞いていたのかしら、理不尽に命を奪われた理由が身勝手な嫉妬だったと知って、さぞ無念だったでしょう。


「ありがとう、私の死の真相を突き止めてくれて」

「友達の頼みだもの」

「最期に素敵な友達に巡り会えたわ、もう思い残すことはない、やっとあの世に旅立てると思っていたんだけど、そのまま身体ごとここに運ばれたの」


「なぜ? すべて解明できたんじゃないの?」

「そう、死の真相はね、でも、それだけでは不足だったみたい」

「どういうこと?」


「礼拝堂にアルフォンスが来て、二十年ぶりに会った時、本当の理由がわかったわ。あの日、私は彼を追って光の筋に背を向けた、無意識だったけど天に上るよりアルフォンスの元へ留まること選んでしまった。そしてアルの私への執着が、さらに私の魂を縛り付けてしまったのよ」

 フェリシティは再び祭壇前の二人に目をやった。


「私の死を確認して、これでアルもやっと私の呪縛から解放されるでしょう」

「それほど愛されていたのね、うらやましいわ」

「いやいや、怖いでしょ、魂を縛り付けるほどの執着愛なんて」

「それにしては嬉しそうだけど」


「そうね、こんなに愛されていたとわかって私は幸せよ」

 フェリシティは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、すべてあなたのお陰よ」

「私は」

 言葉が出てこない、喋ると涙が一緒に零れてしまうから。

「もう行くわ、あなたの行く末はあの世から見守っているわね」


 フェリシティは自分の身体がある棺に向かった。最期に振り返り、

「一つ忠告、心から愛する人に出会えるのは奇跡よ、絶対逃しちゃダメよ」

 ウインクした。


 蝋燭の灯りだけがともる薄暗く寂しい堂内を浮遊し、フェリシティは棺の中に降り立った。

 そして陛下と王妃様を愛しむように見下ろしてから、宙を仰いだ。

 私には見えなかったが、彼女には空へと続く光の筋が見えたのだろう。


「お別れよ、さようなら」

 彼女の体が透明になる。

「さようなら」


 それは光の玉になり、スーッと消えて逝った。


 フェリシティが旅立ったことを察したクリスは、

「我慢しなくていいんだよ」

 優しく私の肩を抱き寄せてくれた。


 そんなに優しくしないで、これ以上優しくされると勘違いが止まらなくなる。

「涙を堪えるとどうなるか知ってる?」

「えっ?」

「鼻水が余計に出るんだよ」

「な……」


 私は慌ててハンカチを鼻に当てた。



   *   *   *



 数日後、フェリシティの葬儀が厳かに執り行われた。

 私も参列した。


 ディアンヌに襲われた事件の日以来、学園には登校していない。

 イーストウッド領からはるばる駆け付けた父は、有無も言わさず王宮から私を連れ出して別邸へ戻した。父は私の元気な姿を見て安心したが、領地へ帰る時、一緒に連れ戻そうと考えているようだった。


 それでもいいかな、と思いはじめていた。





「クローディア嬢の婚約披露パーティーは出席する予定?」

 イーストウッド別邸に戻ってからも、クリスは毎日のように先触れもなく訪問した。そして自分の邸のように遠慮なく私の部屋に直行する。その度、父は渋い顔をしていたが、王太子を止めることは出来なかった。


「ええ、招待状を頂いてるし」

「じゃあ、僕にエスコートさせてもらえるかな」

「えっ、いいの? 公式の場よ」

「問題ない」

 私たちはテーブルを挟んでお茶していた。


「そうね、お願いしようかしら、最後にいい思い出になるわ」

「最後?」

 クリスは真っ直ぐ私を見ながら眉をひそめた。


「領地に戻ろうと思ってるの、父も連れて帰る気満々だし」

「退学するつもりなのか?」

「ええ」

 私は彼の顔をまともに見ることが出来ず、ティーカップに視線を落とした。


「やっぱり領地がイイの? 確かに王都は領地みたいな自由はないし、窮屈な場所かも知れないけど……、ホームシックになったのかな」


「また子ども扱いする、そんなんじゃないわ」

「じゃあ、なぜ? 勉強は嫌いじゃないだろ、それにクローディア嬢から直々に招待されたんだ、今後は周囲の目も変わってくるはずだし、前より居心地は良くなるはずだよ」


 そう言うのは関係ないのよ、これ以上あなたの傍にいたらどんどん好きになって、感情を押さえられなくなる。きっと辛くなるわ。だから楽しい思い出のうちに去りたいの。


 黙っている私にしびれを切らせたクリスは、私の横に来て顔を覗き込んだ。

「僕としては今帰られちゃ困るんだけど、君には卒業までいてもらわなきゃ立つ瀬がない」

「政略結婚の計画が台無しになるから?」


 そうなれば一緒にいられるけど、片想いで政略結婚はゴメンだ。

 クリスはきっと割り切って優しい夫を演じてくれるだろう、けど私は欲張りなの、ちゃんと愛されなきゃ嫌なの。


 クリスは大きな溜息を漏らした。

「まったく、冗談だったのに真に受けてしまうなんて……、君はどんどん変な思い違いに走っているようだね、ハッキリ言わないと気付いてくれないんだね」


「なにが思い違いなのよ」

「辺境伯家と王家の縁を結ぶためじゃない、僕が君とずっと一緒にいたいからなんだよ」

「え……」


 驚きの目を向ける私を、クリスは優しく見つめた。

「好きだよ、世界中の誰よりも」


 頭の中が真っ白になるというのはまさに今の状態。

 好きって言った? クリスが私のことを?


「念のために言うけど、友達としてとか妹みたいにとかじゃないからね、一人の女性として君を愛しているという意味だからね」

 懇切丁寧な解説まで添えて。


 私はどう反応していいからわからず、ただ、ポカンと口を開けていた、みっともない顔だったと思う。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか、ずいぶん態度に出していたつもりなんだけどな、君は僕が安易に女性を抱き寄せる軽い男だと思っているの?」


「だって、子供の頃からの付き合いだし、まだその気分が抜けないのかと」

 そうよ、いつだってお子ちゃま扱いじゃない。

「そうだね、君に恋したのは子供の頃だから」

 クリスは涼しい顔をして淡々と言ったが、耳が少し赤くなっているのを見逃さなかった。


「王命はその時に発動したんだよ、僕が君に恋をした八年前に」

「八年前?」

「ゴーストと話をする変な子と再会した時、僕は直感した、君は僕の妻になる人だって」

「変な子なのに?」


「そうだね、でもそう感じたんだ。僕はすぐにでも君を王宮に連れて帰りたかったけど、君の父上が頑として首を縦に振らなかった、当時は奥方を亡くして間もなかったから、婚約も許可してもらえなかった」


 いやいや、当時私は八歳の子供、いくら初恋の人の元でも、家族と引き離されて、見知らぬ王都へ連れ去られるのは酷だったと思う。王家に盾突いてまでお父様が反対してくれて良かった。


「そこで仕方なく約束だけを取り付けたんだ、他の縁談は断ること、王立学園に入学させることを」

 縁談が一つも来なかったんじゃない、断っていたのね。

「辺境伯からも条件が提示されたよ、三年間の在学中に君が僕を好きにならかったら、婚約話はなかったことにと」


「そんな王命に逆らうようなことをお父様が」

「君の幸せを一番に考えてのことだよ、でも僕には自信があったから、必ず君に好きだと言わせてみせる、だからまだ残り二年半もあるのに、早々に帰ってもらっちゃ困るよ」


「それは私から言わなきゃならないの?」

「王太子の僕が君を望めば、本心がどうあれ断れなくなるだろ、って言っても、もう僕から告白してしまったけど」


「そんなの……」

 嬉しさのあまり、言葉がうまく出てこない。

「君の正直な気持ちを聞かせてほしい」


「そんなの決まってるじゃない、私だって八年前からずっと好きよ」

 噛まずに言えたけど、ぶっきらぼうで可愛くなかったかも。

 クリスは真っ赤になっている私に悪戯っぽい笑みを向けた。

「そうだと思ってたけどね」


 やっぱり気付いてたよね、私って顔に出るからフェリシティにも見抜かれたし。

「意地悪ね、わかってたなら、もっと早く言ってくれれば」

 こんなに悩まなくて済んだのに。

「君の反応が面白かったから」

「ほんと意地悪」


 クリスはソファーから降りて、片膝をつき私を見上げた。

「愛してるよドリスメイ、僕と結婚してくれるかい?」

「もちろんよ!」

 私はクリスに抱きついた。


「私も愛してるわ」

 彼はしっかり私を受け止めてくれた。


 でも、クリスと結婚するってことは王太子妃になるってことよね。その現実が急に怖くなった。

「でも、私なんかに王太子妃が務まるかしら、公爵令嬢方みたいな淑女じゃないし、王太子妃教育に耐えられるかしら」


「その心配はないよ、王都から家庭教師が派遣されてただろ、ほぼ終了していて合格点も出てるよ」

「あの人たち、そうだったの? 私だけがなにも知らなかったの? リジェ兄様は知ってたの?」


「ああ、だから王都に来て騎士になる道を選んだんだよ、将来は王太子妃付きの近衛騎士になるためにね。まったく、シスコンにもほどがある」

「王妃様もご存じなのね、だから王宮に忍び込んだわたしにお咎めがなかったばかりか、あなたの部屋に入れてくださったのね」

「そうだよ」


「知らない間に着々と進められていたのね、なんだかクリスの掌で踊らされてたみたいで、ちょっと悔しい」

「怒った?」

「いいえ、これからも踊ってあげるわ、掌から飛び出すくらい振り回してあげる」


「飛び出させないよ、絶対君を離さないから」

 クリスの大きな手が私の頬を包んだ。

 美しいサファイアの瞳が近づいてくる。


 そして、唇が重ねられた。


 その時、

「王太子がまた来てるのか、マメなお方だな」

 廊下で父の大きな声がしかと思うと、ノックもせずにドアが開けられた。


 クリスは慌てて私と離れようとしたが、遅かった。

「なにをしてるんです!」

 父の怒鳴り声。


「いや、これは」

 まだ幸せに浸っていたい私はクリスに抱きついたままで、彼の顔は見えなかったが、慌てふためく声は聞こえた。


 その後、王太子に殴りかかろうとする父をリジェ兄様が必死で止めた。

 その時のクリスは――後で兄に聞いた――親犬に吠えられた子犬のようで、なんとも情けなかったらしい。あんなクリスを見たのは初めてだったと笑っていた。

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