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霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する  作者: 弍口 いく
第1章 フェリシティ

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その14

「逃げて!」

 フェリシティが叫んだ。


 次の瞬間、ディアンヌの傍にいたシータとファイが吹っ飛ばされた。特別な訓練を受けている精鋭が、受け身を取る体制も与えられずに地面に転がった。

 なにが起きたのか把握できていないだろう、かなりのダメージを受けて立ち上がれないでいた。


 なんとなく不穏な雰囲気は感じているだろうが、二人にもクリスにも悪霊は見えていない。


 ディアンヌは俯いたまま、目だけをギョロッと私たちに向けた。そして私とだけ視線が合ったことに気付いた。


「なぜ私がこんな目に遭わなければならないの」

 そう言われても、自分で命を断ったんじゃないの?


 周囲の空気が重くなり、ひんやりと冷気が立ち込めた。

「ディアンヌのゴーストが現れたのか?」

 クリスが察した。

「ええ、最悪、悪霊になってるわ」


 ディアンヌは苦悩に満ちた表情で、

「お母様の言う通りにしたのに、お母様に従っていれば必ず王太子妃になれると言われたのに」

 絞り出すような低い声を発した。


「王太子妃の夢を叶えられなかったお母様は私に託した。話にも挙がらない幼い頃から王太子妃教育を受けていたわ。同じ年ごろの令嬢や妹が無邪気に遊んでいる時も、厳しい教育を強要されたわ。でもそれはお母様に期待されている、私が一番愛されていると思っていたから耐えられた」


 ディアンヌの体を取り巻く黒い煙は、濃さと量を増していく。

「でも違った、母の期待はあっさり妹のフランソワーズに移った、第二王子レオナルド殿下の心を掴んだようだから」


 そうなの? 王立学園に入学していない人たちのことまで私は知らなかった。

 ディアンヌが話をしている間に、吹っ飛ばされたシータとフェイが起き上がった。体勢を整えて再びディアンヌの遺体に近付こうとしたが、クリスは片手を出して止めた。


「クリストファ殿下を亡き者にして、レオナルド殿下が王太子になればフランソワーズが王太子妃になれる。切れ者のクリストファ殿下より、お人好しのレオナルド殿下のほうが操縦しやすいから好都合。クリストファ殿下を襲わせたのはお母様よ、そして、隠密のはずだった行動を漏らしたのは、言葉巧みに聞き出されてフランソワーズに話してしまったレオナルド殿下だったのよ」


 クリスやシータとファイの動向を無視して話を続けるディアンヌ、彼女の姿は見えていなかったようだが、異様な雰囲気はクリスたちも感じていた。


「私はもう用済みなの、結局、お母様にとって私はただの駒に過ぎなかった、そして使い捨てられたのよ」

〝家の役に立たない娘は必要ないのよ〟と言ったエブリーヌ様の言葉が甦る。


「私はなんのために生まれてきたの!」

 絶望してあきらめたエブリーヌ様と違って、ディアンヌの心に怒りが沸騰する。


 ディアンヌの体を取り巻く黒い煙が、色濃く大きくなった。

「あの黒い煙は?」

 クリスの目にも映ったようだ。


 黒煙は渦を巻きながら巨大な竜巻へと変貌を遂げる。周囲の木々の枝葉を揺らしながら、シータとファイを飲み込んだ。風圧に目を細めながら二人は体勢を低くして吹き飛ばされないように身を護った。それ以外になす術がない。


 クリスは私をしっかり抱きしめながら腰を落として足を踏ん張った。

 逃げ場はない。

 このまま悪意に飲み込まれるしかないの?!


「やめなさい!」

 その時、フェリシティが果敢に竜巻の中に飛び込んだ。

「ダメよ!」

 敵うわけない! 私はクリスの手からからすり抜けて、彼女に手を伸ばした。


 私が一歩踏み出した、その時、

 首から下げていた母の形見の水晶のペンダントが突然、輝いた。

 それは爆発的な閃光となり、黒煙の竜巻にまで達した。


 あまりの眩さに目を細めている間に、水晶の清浄な光が黒煙を飲み込んで、光の中に包み込んだ。


 〝魔除けの水晶〟母の思いが私を護ってくれる。


 輝きが収まると、そこにはなにもなかった。

 ディアンヌの悪霊は消えていた。

 浄化され、強制的に成仏させられたの? それとも地獄へ突き落とされたのか? 彼女の魂がどこへ行ったのか、私にはわからない。


 あまりにも呆気なかった。他のゴーストたちとは違って、彼女は納得していなかったのに、無理やり逝かせてしまったことに胸が痛んだ。


 ……って、フェリシティは!?


「フェリシティ!」

 彼女もいっしょに消えてしまったの?

 私は焦って彼女の姿を捜した。


「ここよ」

 彼女はいつの間にか私の横に立っていた。

「よかったぁ、消えちゃったのかと思った」

「大丈夫、わたしはまだ逝けないみたい」

 フェリシティは寂しそうに微笑んだ。


「どうなったんだ?」

 唐突に黒煙の竜巻が消えたことに、クリスは訳がわからずキョトンとしていた。シータとファイも同様に顔を見合わせていた。


「悪霊になっていたディアンヌは消えたわ」

「悪霊か、見てみたかったな」

「気持ちのいいもんじゃないわよ」

 私は禍々しい形相を思い出してブルッと身震いした。


「でも、可愛そうな人だったのよ」

「そうだな、あの家に生まれたのが不運だったんだ」

 クリスは悪霊になったディアンヌの言葉を聞いていないが、想像はついているだろう。


「高位貴族の家に生まれた令嬢は、程度の差こそあれ王太子妃を目指すように刷り込まれる。幼い頃から将来はこの国の王妃になるんだと言われて育つんだ。ディアンヌ嬢も母親のマリアンヌ夫人も、そしてまたその母上もそうだったのかも知れないな、権力を欲する男たちの駒になるよう洗脳されるんだ」


「親は選べないものね、私はイーストウッド家に生まれて幸運だったのね、父や母の元に生まれて」

 両親の愛情が、今更ながら身に染みた。


 私たちの周りは、竜巻が発生した様に折れた木の枝が散乱し、花壇の花々も薙ぎ倒されていた。

「王妃様が悲しまれるわね」

「すぐ元に戻す手配をするさ、今はそれより」

 クリスはディアンヌの遺体に目を向けた。


「衛兵と公安に連絡を」

 シータとファイに命令した。

 シータは遺体の傍に留まり、ファイが素早く立ち去った。


「そう言えばさっき、フェリシティって言ったよね、ゴーストの友達って」

 クリスは思い出したように言った。

 そうだ、私は思わず名前を呼んでしまったのだった。


 私の横にいたフェリシティは〝しょうがない子ね〟と言わんばかりに溜息を漏らした。


「そうよ、私がここで友達になったゴーストはフェリシティよ、王妃様の親友で、アルフォンス陛下の元婚約者の」

「やはり亡くなっていたのか」

「ええ、行方不明になった時にはすでに」


「じゃあ、二十年もここに?」

 驚きの表情を見せるクリスの前にフェリシティは立っていた。

 そっと彼の頬に手を伸ばす。


「サラサラの金髪、サファイアのような瞳も意志が強そうな眉も、それにいつも私に優しい笑みを向けてくれた唇、すべてがアルによく似ているわ」

 フェリシティは目を潤ませながら何度もクリスの頬に手を滑らせた。もちろん触れることは出来ないし、クリスはなにも感じてはいないだろうけど。


「今もここに?」

 クリスがそう言うや否や、フェリシティは大きく首を横に振った。

「言わないで」

「え、えっと」

 私は白々しく目を泳がせた。


「彼女は気紛れだから、もうどこかへ行ってしまったわ」

「そうなのか……父上はきっと会いたいだろうな、母上だってそうだ」

「でも、見えないでしょ」

「君が彼女の言葉を伝えることは出来るじゃないか」


 フェリシティは再び首を横に振った。

「いいえ、二人の心を乱すようなことはしたくない」

 彼女が辛そうにそう言うので、

「私にゴーストが見えることを打ち明けるの? きっと信じてもらえないわよ、頭が変だとおもわれるだけよ」


 クリスは少し思案して、

「そうだな、質の悪い嘘をついていると思われかねないね」

「でしょ」

 納得してくれたのでホッとした。


「私はもう死んでいるの、いつまでも過去に囚われたままでいてほしくない、二人には未来だけを見てほしいのよ、だから私は早くあの世に旅立たなければならないんだけど」

 フェリシティは寂しげに話しはじめた。


水晶クリスタルの光を見た時に思い出したことがあるの。二十年前、殺されて魂が身体から抜け出た時、目の前に一筋の光があった。それは真っ直ぐ空へ続いていたのよ。私はそれに沿って昇らなければならなかった、そうわかっていたのよ。でもその時、〝フェリシティ!〟って呼ぶ声に立ち止まってしまったの、それはアルが私を捜す声だった」


 私はフェリシティの声に耳を傾けながら、到着した衛兵たちによってディアンヌの遺体が運ばれていくのを見ていた。


「授業が終わった後、いつも待ち合わせしていたから、姿が見えない私を彼は捜していたのよ。私は光の筋を背にして彼の元へと行ってしまった。でもアルには私が見えず声も聞こえない、あきらめて王宮へと帰ってしまったわ。また明日には会えるんだから、と軽い気持ちだったと思う」


 騒ぎを聞きつけた生徒たちも集まりはじめていた。周囲が騒がしくなってきたが、フェリシティのか細い声に必死で耳を傾けた。


「私は彼を追おうとしたけど学園の門からは出られなかった。訳がわからず混乱して、一晩中、門にしがみついていたけど、空が白みだしたころ、ようやく自分が置かれている状況を理解して、現場に戻った時には、もう空へと続く光の筋はなくなっていた。そして、茂みに隠されていた私の遺体もなかった。おそらく私が一晩離れていた間に、遺体は移動されたのね。それ以来、あの光は見えない、成仏できなかったのは自分のせいだったのよ」


 あの世への道標を見失ったまま、彼女は二十年も彷徨うことになったのね、再び見つけるためにはどうすれば……。


「遺体が見つかれば」

 フェリシティがボソッと呟いた時、

「僕たちも行こうか、事情聴取されるだろうし」

 クリスの言葉か被ってフェリシティの声をかき消した。


「クリストファ殿下、こちらへ」

 ちょうど衛兵騎士がクリスを迎えに来た。

 クリスは私を労わるように寄り添いながら、騎士に先導されて歩きはじめた。


 集まってきた生徒たちは自然と道を開ける。

 クリスは私の肩を抱きかかえながら、堂々と群衆の中を分け入って進んだ。


 私はフェリシティの姿を目の端に入れながら誓った。

〝必ずあなたの遺体を見つけるわ〟

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