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霊感令嬢はゴーストの導きで真相を究明する  作者: 弍口 いく
第1章 フェリシティ

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その10

「ドリスメイ! どうしたの!」

 異変に気付いたフェリシティが私の手を取ろうとしたが、もちろん掴めない。

「しっかりして!」

 そう言われても全身に脱力感。


 眼球だけは動かせたので、兄の姿を捜したが、すでに二曲目のダンスを踊っているのでこちらに気付かない。

 意識が朦朧としてきた。即効性のある薬なんだ。

「あちらで休みましょう」


「ダメ! ドリスを連れて行かないで!」

 フェリシティの叫びも空しく、ブランドンは何食わぬ顔で、私を片手で抱えると会場を後にした。


 私はなす術もない。

 足に力が入らないが、ブランドンの力で持ち上げられている形で廊下に出た。


 そこからは早かった。

 廊下に人影がないと見るや否や、私を肩に担ぎあげて、空き部屋に連れ込んだ、あらかじめ用意していたようだ。

 ブランドンはドアに鍵をかけると、私をソファーに押し倒した。


 フェリシティは半泣きになりながら、オロオロと私たちの周りを歩き回って、基、浮遊していた。

「ドリス! どうしましょ、大変だわ!」

 善良なゴーストには生きている人間に影響を与える力が無いようだ。


「心配するな、殺しはしないから、ただ、二度と王太子の前に顔を出せないようにするだけだ」

 ブランドンの目は血走り、尋常でない形相だった。

 彼は私の上に覆いかぶさると、いきなりドレスの中に手を入れて来た。


「やめてぇぇぇ!!!」

 フェリシティの絶叫が私の耳にこだました。

 彼女の怒りが伝わる悲痛な声、そして可愛い顔が忿怒の形相に変化する。


 ダメよ、フェリシティ! それ以上、負の感情を募らせたら悪霊になってしまう。そうでなくてもフェリシティは長い年月、地縛霊として地上に居続けて、いつ悪霊になっておかしくない。


 彼がなにをしようとしているのかはフェリシティ同様、私にもわかって慄然とした。しかし身体は動かない、声も出せない。


 フェリシティも心配だが、それより私が絶体絶命!!


 こんな男の手にかかるの?!

 目じりから涙が零れたた。


 その時、

 ドーン!!


 ドアが蹴破られた。

 給仕姿の男が飛び込むと同時に、ブランドンを私の上から引き離した。

「わあっ!」

 ブランドンは敢え無く床に転がった。


 次の動作で給仕は馬乗りになって、ブランドンの首筋に短剣を押し当てた。

 ブランドンは言葉もなく、冷や汗を滲ませながら両手を上げて降参した。


 続いて入って来たメイドが、私の元へ来て、すぐにドレスを直してくれた。

「大丈夫ですか?」

 私は答えられない。意識が朦朧として、状況はかろうじて把握しているつもりだが、でも、もう目の前が薄暗くなりはじめている、気が遠くなる。


「ドリスぅ!!」

 フェリシティの涙声と、

「ドリスメイ様!」

 メイドの叫びを聞きながら、私の意識はそこでプツリと途切れた。



   *   *   *



 夢を見ていた。

 それは以前見た、今の私ではない私、前世の私なのだろう。服装が違う。なんて短いスカートなの、膝が丸出しではしたないわ!

 でもそれが前世でのスタンダードなのだろう。


 私は恐ろしい形相のゴーストに追いかけられていた。

 ゴーストは人間に触れられないはず、フェリシティはそうだ、実体がないんだもの、なんでもすり抜けてしまう。

 しかし、悪霊は違うようだ。


 命の危険を感じる恐怖。

 捕まったら殺される。

 私は必死で走っていた。


 息が苦しい。

 でも、もう一息だ。

 私は寺院の門に飛び込んだ。


 悪霊は入って来れない場所だった。

 結界に護られた聖域のような場所のようだ。

 私は生きも絶え絶え、ガックリ膝を着いた。


 そうか……こんな恐ろしい目に遭っていたから、前世の私はゴーストを見ないようにしていたんだ。声を聞かないようにしていたんだ。

 そのせいで……。





 目が覚めた時、汗ビッショリだった。

 どのくらい意識を失っていたのだろう?

 目を開けると、見慣れぬ天井が見えた。


「ドリス!」

 うなされていたのだろう、クリスが心配そうに私を覗き込んだ。


「ここは……」

 よかった、声が出るようになっている。

 クリスが私の手を握った。続いて、

「ドリス!」

 リジェ兄様が私の首に抱きついた。

 苦しいんだけど……。


「よかったぁ!!」

 兄は子供のように泣いている、取り乱しようから見ると、私はそうとう危険な容態だったのだろう。

「丸一日、眠り続けてたんだぞ、このまま目覚めなかったらどうしようかと」


 取り乱した人を見ると自分は冷静になる法則、クリスはいつもと同じ微笑みを向けてくれた。

「リジェはずっと付き添ってたんだよ」

「クリスもな」


 やだ! ずっと寝顔を見られてたなんて、恥ずかしいじゃない、これでも女の子なのよ! 涎は垂れてないわよね、いびきとか寝言とか言ってたらどうしよう。

 それはもうどうしょうもないが、最初の疑問に戻る、どう見ても私の部屋じゃないし、病院らしくもない。

「ここはどこ?」


「王宮内の客室だ、安全を考えてこちらに運んだ。しばらくはココにいてもらうことにした」

「したって、決定事項なの?」

「当たり前だろ、あんな危険な目にあっったんだ。君はなんらかの薬を打たれたんだ、それは命に係わる毒薬だったかもしれない」


 飲み物には注意していたけど、まさか直接、毒針を打たれるなんて思いもしなかった。

「でも、毒針を打ったのはブランドン様じゃないわ、彼は別方向から現れたし」

「共犯者がいるんだろうね」


「まったく、そんな輩がのさばってるなんて、どうなってるんだ? この学園は最高レベルの教育が施される由緒正しき学び舎じゃないのか?」

 リジェ兄様は怒りに震えながら吐き捨てた。


 あの時、ドアを蹴破って私を助けてくれた給仕とメイドは、〝王家の影〟の、シータとファイだったらしい。クリスが警護に着けていてくれたのだ。


「ドリスの無事をまた伝書鳩で伝えなきゃ、行き違いにならなきゃいいけど」

「実家に連絡したの?」

「当たり前だろ、お前の一大事だ、なにかったら俺が殺される」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ、父上はお前を溺愛してるからな」


「まさか、女の私はいつも仲間外れだったじゃない」

「お前が可愛いから、危険から遠ざけようとしていたんだよ、王都の学園に来るのだって、どれほど反対していたか、王命でなければ」

「王命?」


 兄は〝しまった!〟とばかりに顔を歪めた。

「リジェも疲れてるだろ、部屋を用意してあるから休むといい」

 困った兄にクリスは助け舟を出した。


「あ、ああ、そうさせてもらう、腹も減ったし」

「その前に、侍医に知らせてくれないか」

「わかった」

 兄はバツ悪そうにそそくさと退室した。


「王命って? クリスもなにか知ってるのね」

「その話はまた今度にしよう、そんなことより君は体を休めなきゃ」

 私には知られたくない内容なのだろうか? とても気になったが、こんな作り笑いの時のクリスは口を割らない。


 兄に知らせを聞いた侍医様が入室したので、話はそこまでになってしまった。

 私はまだ安静が必要だと強制的に寝かされた。


 ブランドンがどうなったかも知りたかったが、質問する間もなかった。



   *   *   *



「君の体内から検出された薬物の成分を調べると、オピュームの実から抽出される有害な薬物が出てきた」

 翌日、私の検査結果が出たのでクリスが報告してくれた。


 枕をクッションに上体を起こしている私のベッドにクリスは腰かけた。

 近いんですけど! 彼のアップが眩しすぎる。

 二日も湯あみしていない上、悪夢にうなされて大汗かいた私は、臭うんじゃないか心配だった。


「禁止されている危険な薬物だ、それを用いると陶酔感を覚え、その快感が忘れられずに常習者となる。やがて体を蝕むだけじゃなく精神に異常をきたす。ブランドン・マルソーも中毒になっていたようだ」

ブランドンの狂気に満ちた表情はその症状が出ていたか。


「君も分量を間違えれば命はなかった」

 そこまで危険な状態だったと聞かされて血の気が引いた。

 クリスは青ざめた私をそっと引き寄せて、幼子をあやすように頭を撫でてくれた。

「ほんとうに無事でよかった」


 もしかしたらエブリーヌ様もこの薬を盛られたのかも知れない。


「オピュームは栽培自体が禁止されている、密輸にも目を光らせているが、王都の暗部には広がっていて、治安警察が調査に乗り出していたんだ。それが半年ほど前から学園にも出回り始めて、僕は父上の指示で内部から調査していたんだけど、とうとう犠牲者が出てしまった」


 クリスは一息ついてから、

「ブランドンは死んだよ」

「えっ……」

 私は抱き寄せられたままだったので、クリスがどんな顔で語っているのか見えなかったが、きっとやるせない思いだろう。


「あの日、ブランドンは逮捕されたんだけど、薬が切れて錯乱状態に陥り、牢の中で暴れたんだ。狂乱するブランドンを誰も止められず、彼は鉄格子に頭をぶつけて命を落とした」

「そんな……」

「自業自得だけど、せめて入手経路を吐いて欲しかった」


「ブランドン様は牢屋で亡くなったのね」

「ああ」

 私はクリスの手から抜け出して、彼を見上げた。


「そこへ連れて行ってもらえないかしら」

「なぜ?」

 まだ成仏していなければ、ブランドンのゴーストから聞き出せるかもしれない。しかし、それを言う訳にもいかないし。


「それは……、花を手向けたいのよ、彼も犠牲者だと思うし」

 苦しい言い訳をした。


 クリスは私の目を真っ直ぐに見つめ、やけに神妙な面持ちになった。

「違うだろ、ブランドンの魂がまだ昇天していなければ、真相が聞けるかもしれないと思ってるんだろ」

「え……」


「知ってるよ、君がゴーストと話が出来ること」

「ええーーっ!!」


 私はパニックに陥った。

 なんで!!

 なんでクリスが知ってるの!?


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