第一章 09 心の闇
七年後。ツリトは十歳になった。
「とうとう、ルリは六十路に突入した。でも、ルリが一番可愛くてしっかりしているポジションは変わってない。だから、一歩踏み出すのよ」
ルリはツリトがベッドで目を擦っているのを見ながら机の上に朝ご飯を並べながら独り言つっていた。机では服や髪が乱れたネキが先にスープを啜っていた。ルリは朝ご飯を並べ終えるとツリトにダイブした。
「おはよう」
「うぐっ」
ルリがツリトとベタベタできるようになったのには物理的にツリトと交わることは不可能になったためだった。カシャとナスのルリへの警戒は年々、薄くなりとうとう自由の身になったのだ。
「ああ、おはよう」
ルリはツリトの胸元の高さの身長だった。だから、ツリトはルリの頭を撫でながらルリの横に座った。
「ツリト、お寝坊さんでありんすね。わっちより遅く起きるとは」
「くっ、不覚」
「じゃあ」
「「「いただきます」」」
「さて、ツリト君。このまま、どこかに逃げてしまいましょう」
朝食を食べ終えて朝日を浴びてストレッチをしているとルリが提案して来た。ルリはこれから、カシャとナスが来るためツリトと触れ合うことはいつも通りできないと踏んでいた。だから、本気で逃げようと言っていた。
「ルリより面倒なのは僕だよね。僕が逃げてないんだから向き合わないとね」
「ツリト君は密着されるだけじゃん。ルリは事細かにツリト君とどう過ごしたかを話さないといけないんだよ。この面倒臭さと来たら・・・」
ツリトはルリとネキと一緒に暮らしていた。カシャの家とナスの家には五年前から住まなくなった。ツリトがカシャとナスの気を宥めるのにとうとう面倒臭くなった。毎回、何があったか事細かに報告しないといけなかったのが嫌だったのだ。カシャとナスにハッキリと言うとカシャとナスはガックリと肩を下ろして落ち込んだが、ツリトがダメならルリに聞けばいいじゃない精神で気持ちを盛り直したのだ。
ルリは頭を抱えてしゃがんだ。ツリトは六十路が逃げようとしていると思うと苦笑するしかなかった。
「でも、今日は、大丈夫じゃないかな。ゼウスが来るしさ」
「だから、余計にルリにあの子たちが近づいて来るのよ」
「うーん。それもきっと大丈夫だね。だって、今日は更に奥に進むんだからさ」
「せめて、ゼウスが先に来てくれたら・・・」
ルリの望みは限りなく起こらない確率の方が高い。ゼウスはツリトのことでキャッキャッしている二人が落ち着くのを待ってから来るのが常だからだ。
「来たぞ」
「ギャー!」「にしし」
ルリはゼウスが来ないと思っていたため瞬間移動で背後に現れたゼウスに絶叫した。ツリトも驚いたが、それよりも、ルリの反応の方が気になって笑った。
「今日は、奥に進む。ツリトが集中できるように先に行く」
「ふう。妥当ね。今日行くところからは格段とレベルが上がるから。ツリトも構って遊んでる余裕がきっとないわ」
「良かったね、ルリ。逃げれて」
「むう」
ルリがツリトをジト目で上目遣いで睨んだ。だが、ツリトは肩をすくめて首を傾げている。
「ツリト君もじゃん」
「くっ」
ゼウスは二人のじゃれ合ってる、イチャついている様子に微笑ましく思いながらも、先を急ぐことを優先した。
「行くぞ」
「準備は良い?」
「もちろん」
「にゃあ、ツリト。僕が今日も案内するにゃ」
「おう。ちゃんと毛並みを整えてるね。よしよし」
エリアフォーアウトの調査は基本ゼウスとプリティーで行われていた。異変があれば、プリティーがゼウスに報告するようになっていた。ゼウスはプリティーと得た情報を元にツリトの実力を見て段階を踏んでいた。ツリトより少し強いぐらいで調節していた。
「ルリにも触らせてよ」
ルリはピョンピョン跳ねてツリトが両手で楽しんでいる子猫のプリティーを触りたいとアピールしていた。ツリトはルリにプリティーを手渡した。
「ふあーー。でも日向に当たるのが足りてないね」
ルリはプリティーを毛並みを楽しみながら鼻に付けて匂いを嗅いでいた。
「にゃあ、そりゃ、まだ、朝だから仕方にゃいにゃ」
「まあね。で、これがペガサスの群れの住処なのね」
「にゃあ」
「じゃあ、頑張ってねツリト君」
ルリたちは大きな樹の大きな枝の上に瞬間移動をした。実を言うとルリとゼウスならエリアフォーアウトの問題は簡単に解決できる。ここ数年で獣の死体が増えているが本腰を入れて対処をしていない。それは、やはり、ツリトの気持ちを優先してのことだった。だから力戦わずに観戦するのがルリたちの常だった。
「ざっと、百体ぐらいか」
あの時、母さんと父さんが死んだ時、ペガサスはプリティーの式神のせいで反則級の強さを持っていた。まあ痛み分け。感覚リンクのシックスセンスを持つってのは初見だとヤバいよなあ。
ツリトは軽くストレッチをしてオーラを纏った。
「よし。向こうもオーラを纏ったか。プリティーの式神じゃないから普通に斬っても良いけど、これは、僕の気持ちの問題。母さんと父さんにあの日の正解を見せつける」
ツリトは自分のシックスセンス、斬撃を使わないことに決めた。あの日、母さんと父さんが使ったシックスセンスだけで決着を着けることに決めた。
「母さんのシックスセンス、オーラの増量。父さんのシックスセンス、オーラの質上げ。二人は相性がホントに良かったんだと思うよ。母さんが受け継いでた剣のシックスセンスもオーラの変質。つくづく相性が良かったんだと思うよ」
オーラは自己完結型、他者完結型、領域型の原子が合わさった分子が合わさってオーラになっていると以前語った。
ツリトの母、ツリのシックスセンスはオーラの増量。ツリのシックスセンスは分子を増やすことだった。
ツリトの父、リットのシックスセンスはオーラの質上げ。原子を大きくすることだった。しかも、どの原子を大きくするかを選べる特色があった。
ツリが受け継いでいた剣のシックスセンスはオーラの変質。これは原子を変えるものだった。例えば、自己完結型を他者完結型に変えると言うものだ。これにより、爆発的に威力が増す仕組みになっていた。
ツリトは母と父のシックスセンスを使った。そして剣を具現させると地面に刺した。そして、体も膨らませた。
「河童の拍手も結局は他者完結型のオーラをぶつけることに意味があったんだ。あの時の僕は何も分かっていなかった」
ツリトは剣に触れてオーラを変質した。そして、まず一回軽く拍手をしてペガサスの毛を揺らした。そして、もう一度体を膨らませてから剣に触れてオーラを変質した。
百体ほどのペガサスがとうとう、殺気をツリトに向けた。そして、四方八方のペガサスたちが一斉に襲って来た。
「にしし」
ツリトは笑った。剣を消して、浮遊した。ペガサスたちも羽を羽ばたかせて浮遊するがツリトの方が上昇するスピードは速かった。河童の拍手を行った。手のひらに空気とオーラを集中させて飛ばす技。ペガサスたちは自分のオーラを飛ばされて風圧で地面に吹き飛んだ。ツリトは右手を思い切り広げて剣を具現して握るとほとんど気絶寸前のペガサスたちの首を次々に斬った。
「プリティーの式神でなければ、お前たちは弱いよ」
ツリトは最後のペガサスの首を斬った。
ツリトの戦い方を見ていたルリたちは少々複雑な思いを抱えた。
まだ、心が温もっていない。
ツリトがそう訴えていると感じたからだ。ツリトの心の闇は深い。
ツリトが笑ってルリたちを見上げた。プリティーとゼウスは顔に出ていた。だから、ルリが明るく笑顔でツリトに飛び込んだ。そして浮遊してツリトの頭を撫でた。
「大変よくできました。でも、ツリト君のシックスセンスを使っても良かったんだよ」
「うん。でもね、ペガサスはね、どうしても思い出しちゃうからさ」
「そっか。ツリト君。分かってると思うけど、勝手な行動はダメだからね。熱くなって更に奥に進もうだなんて思っちゃダメだからね」
「分かってる。もし、僕が勝手な行動を取ったら力尽くで止めるんだよね」
「なら、大丈夫。ルリたちはちゃんと機会を用意するんだからね」
「分かってる。僕ね、さっきの戦いは確かに感情のまま動いてた。でもね、勝手に首魁を倒そうなんてお思ってないから」
「約束ね」
「うん。でも、そもそも、僕が勝手な行動を取ろうと思ってもできないよね」
「思うことが問題なの!」
「ご、ごめん」
「そういう感じを特にカシャちゃんの前では出したらダメよ」
カシャはツリトがここに来るのも反対している。ナスはツリト君がしたいならと言って賛成している。だから、カシャは毎回ツリトに行かないでと何百回も止めているし、ナスはツリトが何をしていたか知りたいという思いでルリに昨日何をしてたの?と聞くが、カシャはツリトがネガティブシンキングをしていないかを確認するために昨日何をしてたの?と聞く。
「うん。ごめん」
「分かったらよろしい」
ルリとツリトの会話がひと段落着いたと見て、気持ちを切り替えたゼウスとプリティーがやって来た。
「じゃあ、今日の本番に行くにゃ!」
プリティーがわざとに声を明るくして元気よく言った。