第一章 08 心が温もっていない
一年後。
「ツリトお兄ちゃん」
「何言ってるのんだ、ルリ」
ルリがツリトに抱き着いた。そして、上目遣いで甘えるように言った。
「一緒に温泉に行こう」
ツリトの誕生日、カシャとナスが眠り、ソーとナンスが二人を面倒見ている間にゼウスとネキが酒を交わしていた。ツリトはウトウトしながらも、両親の命日のこの日、起きていた。場所は川の横、母と父と一緒に魚を焼いて食べた場所、母と父の遺体を焼いた場所、母と父の尻子玉を食べた場所、ゼウスの弟子になった場所だ。ツリトは母と父がこの日は必ず見てくれていると思って頑張って起きていた。そんなツリトを見かねてルリがツリトに提案したのだ。
「急にどうした?」
「うん。よくよく考えれば、ツリト君より身長の低いのはルリしかいなくなったんだよね。だったら、その立場を利用したら、ツリト君にも甘えるようにして接してもいいんじゃないかなって」
ルリは一年前、実力を存分に示したことでツリトたちに一目置かれる存在になり、そして、ワルキューレの村で一緒に暮らすようになり、甘えることを覚えていた。カシャとナスとはすぐに打ち解けて仲良くなって甘えるようになっていた。だが、ツリトには罪悪感があるため、中々甘えることができていなかった。
「ほら、小さい子って可愛いでしょ?」
「それを小さい子とやってもねえ」
そして、ツリトに甘えることができなかった理由をもう一つ上げるとこのツリトとルリの距離感だった。ルリがツリトに甘えられていた。
「ツリト君、そろそろ放して良いんだよ?」
ツリトはローテーションで寝る場所を変えていた。カシャ、ナス、ネキ、ゼウス、ルリ。だが、ツリトとしてはカシャとナスとは一緒に寝たくなかった。次の日が嫉妬で大変だから。だから、その愚痴をルリと寝るときによく零していた。また、ルリを抱きしめてよく寝ていた。ツリトはルリのことを好印象で見ていて憧れていた。だから、甘えるようになっていた。
今もルリを放そうとしていなかった。ツリトは母と父のことを思い出して感傷に浸っていた心をルリの温もりを通して落ち着かせようとしていた。
「仕方ないでありんすね。ゼウスも一緒に来ておくんなし」
「断る」
「ふーん。照れてるでありんすね」
ネキはゼウスの顔を覗き込んで言った。ゼウスは酒で多少、顔を赤くしているが、照れてはいなかった。ただ、
「今日は、どうしても思い出してしまう」
ツリとリットのこともそうだが、一番はフロンティアの王を全うすると誓った師匠のカラワラのことをカラワラの妹であるネキを見ると思い出してしまうからだった。
「わっちも。わっちもでありんす。わっちは久しぶりにゼウスを可愛がってあげようと思っていたでありんすが・・・」
「フン。このゼウスには必要ない。それに、癒しという点ならツリトたちの顔を見るだけで十分だ」
ゼウスは巌のような顔で口角を上げて歯を見せた。
「そう。残念でありんす。ルリ、ツリト行きなんすよ」
ネキは蜂蜜酒を飲みながら微笑ましい雰囲気のツリトとルリに近づいた。
「待って。もう少しだけ。もう少しだけ」
ツリトはまだ感傷に浸りたかった。だが、それは、いつまでも、ずっと、感じるものだから、消すことのできない大事な感情だから、乗り越えるしかどうにもできない感情だから、ネキたちは心がギュッとなって締め付けられていた。
「行きなんすよ」
ネキはルリに目配せして交代して抱擁した。ツリトはネキの体全体を優しさで包み込んでくれる抱擁に自然と涙が溢れてずっと我慢してたものを一年ぶりに流した。
「気丈な姿を見せようとしなくていいでありんす。ありのままの素直な感情を吐き出すなんし。ここには、ツリトのことを可哀想な子と見る人は一人もいないでありんす」
それでもツリトは必死に歯を食いしばって声に出すことを我慢していた。
「ツリト。大丈夫。大丈夫。大丈夫でありんす」
ネキはツリトの背中をポンポンした。我慢して来たものを漏らしてしまった。
「ママ、パパ。寂しいよ。辛いよ。全然、心の奥の冷えたままなんだよ。温まってもすぐに冷えるんだよ。温めてよ。僕の、僕の心を。ねえ、ねえ、ねえ!」
「本来なら、ゼウスがしなきゃいけないんじゃないの?」
ルリはゼウスに近づいて諫言した。
「ツリト君はゼウスのことを、多分、一番慕ってる。ゼウスがツリト君の気持ちを素直にさせないといけないんじゃないの?」
ゼウスはバツの悪そうに顔を顰めて横に向いた。
「言うな。このゼウスが一番分かってる」
ルリはこの一年でゼウスの人柄に触れてゼウスはツリトのことをかなり気に掛けていることは分かっていた。だから、こんな反応をされると憎めなかった。
「ちゃんと、分かってるなら良いわ。ゼウスは今まで通り、ツリト君の一番の憧れになっててあげて」
ルリは返事を聞かずに泣いているツリトに後ろから優しく抱擁しに行った。
「よし、ツリト君。いつも通りお願い」
ツリトたちにお前の温泉には落ち葉や小さな虫が浮いていた。
ツリトのシックスセンスは斬撃、オーラを凝縮して放つことで鋭い斬撃を飛ばすことができる。その斬撃を利用して温泉の水面を綺麗にすることが目的だった。ツリトはオーラを凝縮せずに細かく霧散させて周囲に飛ばしてから、落ち葉や小さな虫を空気砲のように飛ばして綺麗にしていた。
「よし、綺麗になった。入るよ」
ルリはツリトに抱き着きながらダイブした。
「端ないでありんすよ、ルリ」
「まあまあ、今日もうまいことできたんだからさ」
ツリトが今、行ったのは領域型と他者完結型だ。先に範囲内にオーラを飛ばして(領域型)から温泉の水面に浮いていたものを飛ばした(他者完結型)のだ。
「まあ、領域型のオーラの存在を上手いこと認識できていることは喜ばしいことでありんすね」
オーラの型を認識することはオーラの消費効率が上がるのだ。型はあくまでも原子で、原子が集まったものが分子なのだ。そして、分子が集まったものがオーラとなる。だから、オーラを周囲に飛ばす時に領域型のオーラだけを飛ばしているわけではなかった。では、どうしてオーラの型を認識することがオーラの消費効率を上げるのか。認識していないと食べ残しして別のオーラから消費することとなるのだ。その結果、必要以上にオーラを消費する結果となる。だから、認識は大事なのだ。
ツリトは温泉から顔を出して咳込んだ。飲み込んでしまったのだ。
「ルリ!」
「じゃあ、ネキのところ行こっか」
ツリトとルリは身長が低いため立ったら肩が出るぐらいなのだ。だから、大抵浅いところで腰掛けるのだが奥の方が源泉で良い湯のため奥の方に行きたい。だが、奥は深い。そうなると、ネキの太ももの腕に座るのが一番楽だったのだ。
「ルリは水面で体を固定できなんしょう」
「なんで、休憩するときにシックスセンスを使わないと行けないのさ?」
「ツリトを抱きしめられないでありんす」
「ルリのおっぱいが気に入らないの!?」
「おっぱいは好きですけど見た目よりも重いでありんす」
ルリは超人の筋密度が高く、特別な伸縮性のある筋肉を持っている。それに加えて小人族は超人よりも筋密度が高いため見た目の割に体はかなり重いのだ。ネキはそんなルリを太ももの上に乗せるのは正直キツイのだ。だが、おっぱいは楽しみたい。今回はツリトを選んだ。
「仕方ないなあ」
ルリはアンチシックスセンスでヌルッとした液体の抵抗を無限大にして温泉の中でもたれることのできる椅子を作った。そして、ネキと向かい合うようにして座った。
「ツリト君、こっちにおいで」
「僕ね、今日はネキが良い。ネキの方が落ち着くんだ。ルリは小さすぎる」
「「ぁあ」」
ツリトは両親の温もりを求めている。ネキとルリはツリトの心に温もりを与えれていたことが嬉しかった。そして、ツリトが無意識の内に両親を求めているように思えて心がギュッと締め付けられた。
「仕方ないでありんすね。いっぱい、甘えなんし」