第一章 04 フロンティアの裏の王
「「魂を繋げる女たち?」」
ツリトとカシャは同時に首を傾げた。カシャは驚きながらもツリトの腕を引っ張ってツリトを取り返そうとしていた。
「そうでありんす。魂を繋げる女たちのことをワルキューレと言うでありんす。わっちがワルキューレの一族を作りんした」
ネキは体を曲げてツリトに顔を近付けた。ツリトは顔色一つ変えずにネキの顔を押した。カシャがツリトとネキ睨んでいたから。
「もっと褒めておくんなし」
ネキは唇を尖らせてツリトの両頬を押さえつけた。
「キィィィィィィ!」
ネキはカシャの睨みにさすがに気が引けた。
「わっちを見なんし。カシャの可愛い目がツリトみたいにつり上がってるでありんす。さて、魂を繋げることの利点を話すでありんす。ツリト。死ぬとはどういうことだと思うでありんすか?」
ツリトは一瞬顔を曇らせたがすぐに取り繕って答えた。
「魂が抜けること」
「うんうん。正解でありんす。死ぬとは魂が抜けること。もっと言えば、魂がユグドラシルに帰ることでありんす。だから、ワルキューレが魂を繋げていると簡単には死ぬことがないでありんす」
「でも、それって、無条件にってわけじゃないだろう?」
「聡いでありんすね。ナンスはソーに条件を付けてるでありんす」
「うん。実は私はソーが浮気したらソーには死んでもらうように条件を付けてるの」
「ハッハッハッ」
ナンスは笑顔で淡々と恐ろしいことを言ってソーはそれを笑っていた。ツリトは、ワルキューレのこの力をかなり恐ろしいと思った。だが、カシャは目を輝かせていた。
「ねえねえ、ネキ。カシャもワルキューレにして!」
「カシャ。これは、ある意味運命共同体なんだ」
「どういうこと、ツリト?」
「魂を繋げる。つまり、もし、ナンスが死んでしまうとソーは自動的に死んでしまう。だろ?」
「正解でありんす。一度、魂を繋げるとワルキューレが主導権を握ることは揺るがないでありんす。ですが、死ぬことはなくなり、死ぬ前よりも強くなれるでありんす」
「・・・じゃあ、もしかして、ソーは二回は最低でも死んでいる?」
「ハッハッハッ。もっとだ。一回死ぬだけでは超人の肉体や竜人の血には耐えることはできん。何度もナンスに生き返らせてもらってるよ」
ツリトとカシャは信じられないとソーとナンスを見張った。ソーとナンスは何でもないことのように思っているようでへらへらしていた。ネキもへらへらしていてツリトの両頬を押して遊んでいた。ナスは生まれた時から鬼、超人、竜人、ワルキューレの力を持っているからかニッコリとツリトを見ていた。
「でも、そんなことしてたら、魂が消耗するんじゃないのか?」
「そこらへんは大丈夫でありんす。ワルキューレの力はそこらへんもちゃんとケアできてるでありんす」
「ねえねえ、ワルキューレが付ける条件ってナンスみたいに男女関係がほとんどなの?」
カシャはまだ、ワルキューレになることを諦めていない様子だった。
「まあ、大体そうでありんすね。先ほどツリトが言いなんしたように運命共同体でありんすから。自分勝手に行動できなくなるでありんすからね」
「うん。じゃあ、カシャをワルキューレにしてよ!」
「ワルキューレは魂の熟知が必要でありんす。それと、心子玉を動かしなんす。つまり、心子玉を動かすことのできない河童はワルキューレになれないでありんす」
「ガーン」
心子玉。それは、心臓にある臓器で魂を保管している臓器とされている。河童にしか見ることができないとされているものだ。
「それって、女である必要があるのか?」
「そこは、わっちの悪知恵でござりんす。どうしても力で劣る女が生き抜くための。つまり、女からしか魂を繋げなくしたでありんす」
「なるほどね。で、何で俺を呼び寄せたのさ」
「それは、ツリトにお詫びとして、わっちの魂を繋げさせておくんなし」
カシャはオーラを纏ってネキからツリトを奪い返してネキを睨め付けた。ネキは口に手をやって上品に笑った。
「ふふふ。正確に言うとカラワラの、ホームズとワトソンの血を一番色濃く受け継いでいるツリトが子孫をちゃんと残せるようにでござりんす」
「ツリトはカシャにしか興味がないの!」
「・・・僕が無茶するって言いたいのか?」
「そうでありんす。昨日のことから、考えてもこれからきっとたくさんの無茶を重ねるでござりんしょう。それに、エリアフォーアウトでは予想外が起きているでありんす」
「「予想外?」」
「昨日の一見もそうだけど、超獣たちが殺気立ってるんだ。それに、ここ最近、見たことのない超獣も現れている。ツリト君。君は首魁を見つけようとするだろう?」
ソーは微笑んでツリトを試すように質問した。カシャは不安そうにツリトを見た。ツリトは口角をゆっくりと上げて笑った。
「にしし。そのために僕はゼウスに弟子にしてもらうことに決めたんだからね」
ドンッ!
カシャがツリトの頭に思い切り頭突きをした。
「カシャを、カシャたちを心配させないでって言ったじゃん!」
カシャは目に大粒の涙を溜めてツリトを睨んだ。
「僕ね!・・・僕は心配させないように強くなるって言ったんだ。強くなったら、僕が首魁を倒そうとすることに、きっと邪魔は入らないでしょ」
ツリトは最初、カシャに負けないぐらいの大声と意志で叫んだ。そして、徐々に自分を納得させるように優しく語りかけて、泣くのを堪えて微笑んだ。
「ツリト・・・」
カシャはツリトの顔を見てこれ以上は何も言えなくなってしまった。
「ツリト。わっちと魂を繋げておくんなし」
カシャはツリトに縋るような視線を向けた。ツリトはカシャの頭を優しく撫でた。
「僕ね。ネキと魂を繋げることはもちろん、他のワルキューレと魂を繋げることもしないよ。それに、ネキは僕より、僕の子孫に興味があるんだろう?」
「ふふふ。正解でありんす。神龍との間にできた子供に興味を持っているでありんす」
「何で?」
「その子供たちがフロンティアの、星の未来を分かつ分岐点になるからでありんす。ですが、今、先ほど、ソーが言ったようにエリアフォーアウトの様子がおかしくなっているでありんす。本来起こるはずのない未来が起きているでありんす。特異点が現れなんした。だから、わっちはツリトが不幸な死に合わないように魂を繋げたいと言いんした」
「だったら、ネキも僕を鍛えてよ」
「わっちでありんすか?」
「だって、河童でしょ?どういう方法で心子玉を動かしているのかは分からないけど、河童の本質を理解していることは間違いないし」
カシャが驚いてネキを見た。ネキはわざとに胸を膨らませて前屈みにした。カシャはツリトの両目を急いで覆った。
「ふふふ。ツリト。きっと主さんも特異点なのかもしれないでありんすね。天狗もカエルも未来予知ではこの状況を読めていなかったでありんす。ツリトがフロンティアの王とフロンティアの裏の王と言われているわっちの両方から鍛えられる運命になるとは」
「裏の王?」
「はい。裏の王でありんす。わっちたちワルキューレの蔑称、殺したい者を殺す女達、その長であるわっちなら簡単にフロンティアを滅茶苦茶にできるだろうということから付けられた称号でありんす」
「蔑称?」
「ワルキューレの力を悪用すれば、どんなに強い人でも簡単に殺せることができるからでありんす。魂を繋げてワルキューレが死ねば繋いだ魂もユグドラシルに帰ると考えて怯えられた結果でござりんす。先代のフロンティアの王カラワラの死をきっかけに妹であるわっちを蔑むために拡がりんした」
ツリトとカシャは、否、ソーとナンスとナスもネキの悲しそうな瞳に視線を奪われた。何て声を掛けたら良いか分からなかったからだ。やがて、沈黙の果てにツリトが喋った。
「僕ね、ゼウスに言ったんだ。フロンティアの王を目指そうかなって。だからね、強くなって、僕がその悲しい蔑称を粉々にしてあげる」
ツリトは浮遊してネキの頭を優しく撫でた。ネキはツリトを大きな瞳をさらに大きくして見つめた。
「わっちは気にしてありんせん。ですが、期待してるでありんす」
ネキはツリトをしっかりと見て笑顔で答えた。