第二章 15 蟲毒8
ゼウスがデストロイによってどこかに飛ばされた時、サキューバスはかなり冷静だった。
いつかはこうなるだろうと言う予測を立てていたこともある。
デストロイに対する憤怒はもちろんある。
だが、サキューバス自身驚くほど冷静だった。
「行って来る」
サキューバスはすぐに亜空間から抜け出して駆け出した。
サキューバスのおかげで落ち着きを取り戻した仲間たちは一瞬の戸惑いの後、迅速に動き出した。
「亜空間を完全に現実世界から切り離す!」
サツキは大声で合図を送った。その合図を聞かずして動き出した者が三人いた。
一人はその歌声で聴覚を支配し皆に落ち着きを取り戻したカナデ。
一人は雷速でサキューバスに続いたエレク。
一人は毒を操りサキューバスに続いたエレク。
この三人のおかげで完全に意識を切り替えることができた。
「待ってるよ」
サツキは優しく微笑んで三人を見送った。
サキューバスは巨大な空間の歪みを目の前に酷く冷静に残酷に頭を回転させた。
僕たちには本気で掛かって来るつもりはないのだろう。
「舐めるなよ」
サキューバスは右手に持ったコキュートスが作った団扇を大きく伸ばした。
そして、シックスセンスのコピーを最大限に使った。
サキューバスはゼウスと一緒にいることが多いため、比較されることが多い。人懐っこいサキューバスはすぐに誰とでも打ち解けるため、ゼウスより、遥かに好かれている人が多い。だが、リーダーにはなれない。リーダーの器は十分にある。だが、なれない。それは、ゼウスと比較すると、どうしても差があるからだ。
圧倒的カリスマ性。
ゼウスと言う超天才の前ではサキューバスと言う天才も劣ってしまう。
だが、サキューバスはそんなことは微塵も気にしていない。
気にする必要もない。
目指す強さの頂きが全く違うからだ。
ゼウスはあの性格のせいもあるが、独りの強さの頂きに届かんとしている。
だが、サキューバスは皆と繋がる強さの頂きに届かんとしている。
サキューバスのシックスセンスはコピー。他人のシックスセンスを使うことができる。そのシックスセンスから何でも一人でできてしまうため、ゼウスと同じように独りの強さの頂きを目指す方が適性があると言えるだろう。
だが、サキューバスの心底からの欲求は他人と繋がっていたい。
だから、ゼウスがいなくなった今、仲間たちが危険に晒される可能性が高まった今、サキューバスは成長した。
コピーの同時使用。ショワの毒とエレクの雷、そして、ハガネのあらゆるものを成長させるシックスセンス。この三つを同時に使用した。
サキューバスはコキュートスが作った団扇に雷を纏った毒に数秒後に巨大化させる仕組みを組み込むと歪み切った空間からいくつも姿を見せるデストロイに向かって扇いだ。
「「「なっ!?」」」
前方にいたデストロイ十人だけが急いで異空間から抜け出したが後のデストロイたちは体を感電させて毒を吸い込み次々に血を吐いて倒れた。そして、ハガネのシックスセンスにより、その血は毒を含み雷を帯び、次々と感染するための水に、毒の雷の波に変わる。
「さて、クローンたちは死んだかな?」
サキューバスは十人のデストロイにゆっくりと近づいた。デストロイたちは一瞬の出来事に驚愕を隠せず、サキューバスを見張っていた。
「「「修正せねばならぬな」」」
サキューバスの実力に素直に感嘆を漏らした。と、同時に、自身のシックスセンスを使い、サキューバスも別の場所に移動させるために自信のシックスセンスを使うことを決めた。
だが、デストロイはサキューバスの実力に目を奪われていたために気付かなかった。
雷を纏った刀が近づいていることに、毒のシャボン玉が目の前にあることに。
「僕のすることが無くなっちゃったな」
「何を言うんです?僕たちにもこれぐらいやらせて下さいよ」
「俺も」
「ごめんごめん。でも、これで、ゼウスの負担は減らすことができたかな?」
ようやく、サキューバスの表情に笑顔が浮かんだ。
「さて、ゼウスに合図を送るよ」
デストロイたちが再び攻めて来なかったことを確認するとサキューバスたちはサツキの現実から切り離された世界に戻った。そして、戻って来た時にはコキュートスの周りに仲間たちが集まっていた。
「お、送れるのか!?」
だから、サキューバスはコキュートスから開口一番その言葉を聞かされて驚愕した。驚愕していたのはエレクもショワも同様だった。
「ゼウスには最後に、筋トレ用の僕の発明品を渡してある。そして、それとおんなじ物を今作った」
コキュートスの目の前の机には確かに輪っか上のゼウスに渡していたものの同様なものがあった。
「どうするんだ?」
「簡単さ。衝撃を与えてリンクさせる。小さな糸的なものを結界を貫通させて繋げる」
!?
一斉に声にならない声で驚きが響いた。コキュートスは笑って言った。
「ゼウスには、僕たちが先に結界を解くのを見届けてもらわないと、困るからね」
コキュートスは金槌で思い切り目の前のリングを打った。
「来たか」
ゼウスはコキュートスからの連絡を受けて立ち上がった。そして、目の前の結界を殴って破った。
「結界に行き止まりがあるのれあれば、逆方向に進むのが正解だろうが、この異空間がそんな仕組みのわけあるまい」
ゼウスはオーラを纏い変速で順応スピードを跳ね上げコキュートスたちの元に急いだ。
僕たちは異空間に囚われて仲間たちが殺されて行くのを見て殻に閉じこもった。動物使いのザシキと変わったシックスセンスを持っているワラシの三人で巨大な貝の殻の中に閉じこもった。お腹が空かないようにワラシにしてもらって長い眠りに就いた。
だから、貝の殻を開けられた時、目を覚ました時、人生の終わりを感じた。貝の殻の中にいたカエルとツチノコも唾を飲み込んでいた。
でも、僕たちの目の前に現れた十本の腕を生やす男を見た時、自然と笑みが零れた。
「待っていたよ。ゼウス。この多重結界を解くためのキーパーソンである君をね」
「じゃあ、改めて、僕の名前はイキシチ。で、隣にいるのが」
「ザシキ。動物を操るシックスセンスよ。で、隣にいるのが」
「ワラシ。少々変わったシックスセンスを持っている。で、隣にいるのが」
「カエル。そのまんま。酷いだろ?で、隣にいるのが」
「ツチノコ。そのまんま。酷いでしょ?」
とリレー式に順番に、途中、動物が喋ったが、自己紹介をされてゼウスは思わず苦笑いをした。ツッコむべきか否か迷ったが放置することにした。
「見たところ食べ物が無いみたいだが?」
そんなゼウスの反応にイキシチたちは顔を見合わせて肩を落とした。
「おいおい、嘘だろう。僕たちがずっと考えていたボケが」
「ホントに困ったわ。どうしよう?」
「と言ってもな、やり直すわけにも行かないし」
「と、俺たちに回されても困るわけで」
「全くです。私たちに回されても困ります」
とリレー式にゼウスは無視されて思わず息を呑んだ。
こいつら、俺がツッコむまで、続ける気か?
「あらま、まだ、続けるか」
「ホントね。どうしようかしら」
「僕はそろそろ、限界だなあ」
「俺もワラシに一票」
「私もです」
ん?これは時間が解決するか。
ゼウスがずっと黙っているため沈黙が流れた。そして、イキシチが再び始めようとした時、ワラシが話し始めた。
「僕が眠っている時はお腹が減らないように一時的にしたのさ」
「と、言うと、今はもう、使えないのか?」
「うん。一時的に、シックスセンスを何でも与えることができるんだ。だから、さっき、僕がって言ったけど、正確にはワラシがそうした」
「おい、ワラシ。僕はまだまだ、続ける気だったのに」
「もう、いいだろう」
「ワラシのシックスセンスは分かった。ザシキのシックスセンスは何なんだ?」
「見ての通り、動物を喋らせたり、操ったりできるわ」
「なるほど。で、イキシチ。貴様のシックスセンスは何だ?」
「むう。分かったさ。僕のシックスセンスは勘が当たる。それだけさ」
「勘が当たる、か。どれぐらいのことなら当たる?」
「僕が望んでできることの範囲内なら、基本、何でもできる。だから、デストロイに殺されないようにすることもできたし、ゼウスがここに来ることも予想できたのさ」
「名前も勘で分かるのか?」
「それは、俺のおかげじゃ。俺が不幸な運命を見たからじゃ」
「不幸な運命?」
「不幸な運命じゃ。未来のいくつもある無数の経路の内、不幸、つまり、俺たちが死ぬ未来だけをいくつも見た。その中から、一番マシだった運命で、一番活躍していたのが、ゼウスだったんじゃよ」
「大丈夫か?」
「おう。幸いなことに、イキシチのおかげで、負担はかなり軽いじゃけえの」
「そうか。ワラシの力か?」
「そうだよ。僕の力だ」
「そうか。と、なると、ツチノコはどんなことができる?」
「情報収集です。でも、結界のせいで、私は使い物になりません」
デストロイから身を守った確かな実力は恐るべし。だが、俺がたまたま、ここに来れたのは運が良かったとしか言いようがないな。まあ、何にせよ。
「よく頑張った」
ゼウスは一回りも小さい三人と一匹と一尾に労いの言葉を掛けた。
ゼウスの言葉にイキシチたちは、ふざけることで恐怖を紛らわせて張り詰めていた心の結界を崩壊させて、泣いて、泣いて、泣いて、ゼウスに抱き着いた。カエルとツチノコが羨ましそうに見ているように見えたゼウスは余っている手で手招きをした。すると、カエルとツチノコも目を大きく見開いてゼウスに抱き着いた。
「フン」
ゼウスは優しく全員を抱きしめた。
その頃、デストロイは静かに激昂していた。
ゼウスを独りにすることを成功したと思えば、サキューバスにクローンを全て殺され、そして、ゼウスが独りでは無くなった事実に、感情の激しい起伏に静かに激昂していた。
目の前に片膝を着いて若干震えて座っているデコイとシヘンに当たることは、自分が惨めになるだけと分かっているため当たらない。だが、中々、アンガーマネジメントできずに歯痒いものを抱えていた。
デストロイが醸し出す怒気に蹴落とされながらシヘンもまた、強く後悔していた。
クローンを分けて作っていれば、と。
デコイはここまで、追い詰められるまでのことで、後悔していた。
もっと支配できていれば、と。
だが、二人とも、たらればを考えて、現実逃避をしていても仕方ないと、デストロイの機嫌を良くするための方法を必死になって考えていた。デストロイと言う、圧倒的恐怖から離れたいと言う思いだけが原動力だった。
そんな中、状況が変わった。
「ここでは、近接戦闘を鍛えることは難しいな。場所を変えるしかあるまい。だが、この多重結界でも、鍛えることを諦めたわけではない。シヘン、デコイ。なるべく、早く、俺を増やせ。俺はしばらく、外に出る」
二人は心の中で安堵した。
「ハッ」
「「久方ぶりに陽の気を浴びたか」」
デストロイは体を大きく伸ばすと結界の中に自分を入れて瞬間移動をした。
そこはフロンティアの大きな大陸から離れた小さな無人島だ。
「「念のため結界を張って置くか」」
浜辺で潮風を浴びて海の波を見つめていると自然とリラックスができる。そうして、心を落ち着かせて、お互いに距離を取った。
そして、クローンではない、本当のデストロイが喋った。
「もう、多重結界内では、他人の技を使っての成長は難しい。だから、得たものを分担して極めるしかあるまい。貴様は反応速度をとにかく上げろ。俺は先の先を読むことを鍛える。一日一回、シックスセンス無しで決闘だ」
「「フン」」
デストロイは正攻法で強くなる道を選んだ。
「結論から言うさ、ゼウス。僕の勘では、僕たちの手札では、デストロイに勝つことは難しい。誤魔化してもダメだな。今のところは不可能だ」
「だが、僕たちが力を合わせれば、幸せな運命を見つけることは可能だ」
「フン。不可能を可能にするのが努力だ。それに、もっと視野を広げろ。この状況を打開できるかも知れんのは俺たちだけではない。フロンティアの住民もだ。努々忘れるな」
カエルとツチノコはゼウスの聡明さに、心から安堵し、頼もしかった。自分たちよりも、イキシチやザシキ、ワラシを良い未来に導いてくれそうだから。
だから、こんな真剣な話をしているのにも関わらず、表情には笑みが浮かんでいた。




