第二章 07 超回復
「ワトソン・・・」
朝ご飯を食べ終えて話し掛けると、ワトソンは背を向けて走って逃げた。
「ダメだ。完全に拒絶されてる。僕はまだ、ワトソンに信頼されるほどの力がないのか・・・」
「ホームズ」
ホームズは俯いて嘆いていると明るい声でウミが後ろから抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だから、ホームズ。きっと、時間が解決してくれるから」
「時間って・・・」
「ホームズが心配してるほどの時間は掛からないでありんすよ」
見かねたネキはホームズの両頬を触って目を合わせて言った。ホームズはネキの優しい目を見て、一度、大きく深呼吸をした。
「それで、良いでありんす」
そんな様子を端から黙って見ていたカラワラはワトソンの感情を推測して、笑った。
「クックックック。なるほど。ホームズ。おそらく、案外早いこと解決するぞ」
「父さん?」
「まあ、そこまで、深刻に考える必要はないってことだ」
「じゃあ、ワトソンの面倒はウミが見ておくから、ネキ、ホームズをお願いね」
と言うことで、ホームズはネキはワンダーレイクに来ていた。
「では、ホームズ。わっちが、仲直りのために、今の問題の根本的な解決をするために、鍛えてあげんしょう」
「うん。で、何をするの?」
「単純な話でありんす。この湖の中に一日中、潜るだけでありんす」
「潜る?」
「ええ。ホームズ。どうして、ここの湖の中にいる生物は大きいか分かりんすか?まあ、大体十メートル近く、平均してありんすが」
「うーん。分からない」
「フロンティアには生物以外にも、自然にもシックスセンスが宿っているところがありんす。つまり、この湖もその一つと言うことでありんす」
「じゃあ、ここは単純にデカくなる?もしかして、僕を大きくしようとしてる?」
「嫌でありんすか?」
「嫌だよ。ワトソンとのバランスが取れないじゃん」
「ふふふ。安心しておくんなし。この湖、ワンダーレイクは強さのイメージを現実化させる湖でありんす。ただし、長時間の間、潜らなければダメ、と言う条件付きでありんすが」
「つまり、僕が鍛えたいことをイメージすれば良いってことだね?」
「ええ。まあ、頑張っておくんなし」
ホームズは服を脱いで勢いよく、湖の中に潜った。
「さて、わっちも、潜りんすか」
ネキもまた、服を脱いでホームズの跡を追った。
「折角だし、色々探索しよ」
ホームズがそんなふうに軽く考えていた時、四方八方から、十メートル近くある魚たちが襲って来た。
「さて、まずはこれに慣れることからでありんすよ」
ホームズが四方八方から迫って来る生物、大きくて速くて、そして、シックスセンスを使う生物たちを殺さないように動いた。シックスセンスの中には墨なので視界を奪うもの、超音波で耳を攻撃して耳小骨にダメージを与えることでバランス感覚を失わせようとするもの、壁を作って進路を塞ごうとするもの、などなどと様々いた。その全てを基本は避けたり、時に、大胆に河童の拍手で魚たちを無力化したりと休むことなく動き回っていた。
ネキはそんな様子を自身に寄って来る魚を強制的に脱力させて静かに見ていた。
「いただきます」
ホームズはお昼ご飯を無我夢中で食べ始めた。ネキがストックしている食材で適当に作ったものだ。三時間ほどずっと動き続けていたのだから当然だ。怪我はしておらず、傷一つない。だが、その顔は疲労に満ちていた。
「ホームズ。その調子だと、午後からは無理でありんしょう」
「へいう」
ホームズは口いっぱいにご飯を詰め込みながら、咄嗟に叫んだ。だから、むせてしまった。ネキは慌てて、ホームズの背中をさすった。
「目的を見失わないでおくんなし。ホームズの目的は、当分は、魂の熟知、それと、イメージの現実化、いえ、イメージの疑似体験でありんすね。ですが、午前中はどうでありんした?」
「むう。逃げて目立って逃げて目立っての繰り返し」
「そうでありんす。ホームズが鍛えていたのはほとんど、瞬発力でありんす。もちろん、それも、大事でありんすが、ホームズがしたいことはホントにそんなことでありんしたか?」
「うんうん。違う。そうだった。でも、どうしたら・・・」
「そこは、ホームズ自身で考えておくんなし。適応と意識認識の拡大。このシックスセンスを最大限に活用するためには視野を広くする必要がありんすよ」
ホームズは先ほどの勢いはどこへやらといった感じで食事のスピードが遅くなった。
「まただ。また、僕は視野が狭くなっていた。要はかくれんぼ。かくれんぼの要領でやれば良かったんだ」
ホームズは湖の深いところで仰向けになって魚の腹下を見て胸を張っていた。
だが、うつ伏せになって湖の底を見ようとすると体をくの字にしてがっくりした。
「何これ?」
ホームズはかくれんぼの要領で湖の水に溶け込んだ。具体的にいうと、体内のオーラの流れを静かにして、生物っぽくならないようにした。そのおかげで、どんどんと深く潜れたのだが、ある一定のラインで潜れなくなった。底から強い水流が流れて来たのだ。その流れは激しくてとても前に進むことはできなかった。
「これも,視野を広くすれば,なんとかなりんすよ」
「じゃあ」
「ですが,また,目的を見失っているでありんすよ」
「あっ、ごめん」
「謝る必要はないでありんす。しっかりと、具体的にイメージをしておくんなし」
「どうしたものか・・・」
カラワラはいつものように川の中で身を隠していた。フロンティアの秩序を乱すものを処刑するためだ。
本来、命の危機がある事だが、カラワラは余裕綽々でフロンティアを、星を滅ぼそうしているというですトロイのことを考えていた。
「まずは、見つけることだが、今まで、噂程度にもその存在を聞いたことがないんだよなあ。あまり、目立って探したくはないし・・・。うーん」
などと頭を悩ませていると、ボロボロな姿の男が現れた。その男は狂乱していた。
「カラワラ。俺を、俺を殺してくれ!俺は、俺はもう、俺を殺したくない!」
俺を殺す?どう言うことだ?
「見ろ」
その男は自身の腕を手刀で切り落とした。すると、その切り落とされた腕から、そっくりそのままの男が生まれた。
「「俺は、俺だ。俺は、もう、俺を何度も絞殺して来た。もう、嫌だ」」
そう言いながら、今、生まれたばかりの男をボロボロの男が首を絞めて殺した。カラワラは川から上がり、男の前に立った。
「まだ、諦めるな」
「いや、もう良い。俺は正当防衛で一人殺してしまった。それに、生きたくない」
「そうか」
カラワラの頭の中に、昨日の深夜、ホームズに見せてもらったインドラが見た未来でデストロイの姿が頭に浮かんだ。彼は腕を十本生やしていた。
絶滅していたはずの多腕族の生き残りと思っていたが・・・、
「確か、今は、もういない多腕族の成り立ちが、無生殖生物の特性を利用したものだったな。貴様、多腕になろうとしたのか?」
「違う。突然、こんな体になってたんだ。知らぬ間に」
多腕族。その名の通り複数の腕を持っている生物のことだ。その特性から、体の構造を熟知する必要があるのだが、大体の人間は扱いきれずに邪魔になり、寧ろ弱くなる。そのため、自然と数が減って行った。
では、どうして、多腕を得ようとしたが、生成過程で両腕の数=シックスセンスの数を持てる特性が生まれたからだった。
だから、多腕になろうとする人は昔は大勢いたが、だんだんと減少していたのだ。だから、目の前の男はそんな稀有な男なのだろうと思っていたため、カラワラは酷く驚愕した。
「いつだ?どこで?」
「答えたら、俺を殺してくれるか?」
「分かった。殺そう」
カラワラの倫理観。フロンティアの多くの人の倫理観として、死のうとしている人を止めないと言うのが共通認識としてある。この死のうとしている人と言うのは、本気で死のうとしている人、あるいは、単純に老いて死ぬ人だ。
カラワラは目の前の男を両者に属していると考えた。ボロボロの男はストレスから白髪で、肌もボロボロ、そして、所々禿げるなど、急速に老化している。それに、本気で死のうとしているようにも見えたのだ。
カラワラは情報を得るともう一度確認した。
「ホントに良いんだな」
「ああ。こんなことをさせてすまない」
「気にするな。これが俺の、フロンティアの王であるこのカラワラの役目だ」
「ありがとう」
「ああ」
カラワラは絞殺した。
「ここか」
カラワラが訪れたのは円い形をしたフロンティアの中心から北西方向に位置する村だった。海に近い村でユグドラシルからはかなりの距離がある。カラワラは瞬間移動をしてそこに向かっていた。だが、遅かった。
「まさか、既に殺された、否、実験体にされているとは」
カラワラは血の匂いに鼻を曲げながら手がかりを探した。そして、見つけた。オーラでうっすらと文字が書かれていた。
「異空間、男、三人、何人か監禁されている」
カラワラは大きく深呼吸をして、その手掛かりを家に瞬間移動させて保管した。
「やはり、極悪非道な手段で無敵になっていたか。必ず、殺す!」
「どうした?」
カラワラがドアを開けようとした時、ネキとホームズが瞬間移動で同じくドア前に帰って来たのだ。ただ、ホームズはネキの胸でぐったりと眠っていた。
「ああ、なるほど。遊び過ぎたか」
「ええ。かなり、深くまで潜りんしたから。それに、朝三時間、魚たちに翻弄され、昼二時間、魚たちを翻弄しんしたから」
「お、おう。元気だな」
「ええ、全く。まさか、自分からちょっかいを掛けに行くとは想像もしておりんせん」
二人でホームズのことを引きながらドアを開けた。
「ホームズ!」
半泣きの、否、ガン泣きのワトソンが走ってやって来た。慌てて立ち上がったウミは胸を張って言った。
「性根を叩き直してあげたわ」
「やっぱりか」
「気付いてたの?」
「ああ。ワトソンはホームズを傷つけてしまった自分が許せなかったんだろう?」
「そうでありんす」
「ホームズ?」
ワトソンが目を覚ました時、いつもの癖で隣を見た。そこに、ホームズはいなかった。
「だって、私が・・・」
私はホームズを信じることができなかった。ホームズをいっぱい傷つけた。ホームズはずっと希望を与えてくれていたのに。その事実を目の前にした時、ワトソンの目から涙が止まらなかった。
「「ワトソン!?」」
「私、私・・・。ホームズの顔、きっと見れない」
ママとネキは私を抱きしめてホームズが帰って来るまでに涙は抑えてくれた。
ホームズとネキ、パパが出掛けた後、私はママと外にお出掛けした。近くの山の頂上で景色をずっと眺めていた、お昼にサンドウィッチを食べて、また、景色を眺めようとしてた時、ママが話し掛けた。
「ワトソン。ずっとこんな調子で良いの?」
「・・・・・・」
「今の状況はワトソンが変わらないと解決しないよ」
「・・・分かってる」
「なら、どうしなきゃいけないか、分かってるね?」
「でも、でもでもでもっ!」
「ワトソン。そうやって、ホームズから逃げちゃって良いの?」
「っ!?」
「ワトソンが作ったこの状況から途中で逃げ出して良いの?自分のことを許せないって言っている間にもホームズは傷付いてるよ。それでも、ワトソンが作った未来の扉を閉ざそうと必死に頑張ってるよ」
私の堪えていた涙が溢れ出した。
「過去のやりかしはどうしたって消えない。でもね、今のやらかしは今から無くすことができるの」
「私、私。私の思いをぶつける!」
僕はおでこに衝撃が走り目が覚めた。どうやら、父さんにデコピンされていたみたいだ。体は柔らかい感覚に包まれていた。どうやら、ソファーで寝ていたみたいだ。そして、目を開けた時ーーーー
「っ!?」
今にも涙が零れそうなほど潤った瞳を向けたワトソンが僕のお腹に乗って顔を近付けていた。
「私っ!!私、ホームズを信じることができなかった。それなのに、ホームズは私をずっと信じてくれて。でも、でもでもでも、私は私を許せない!だから、私もホームズと一緒に未来に抗いたい。一緒に生きれるように頑張りたい!!こんな私だけど、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめん・・・」
ワトソンが途中で涙を流して必死に謝って来て、今朝の僕を避けていた理由を知れて、心から安心をすることができて、僕も泣いた。そして、ワトソンが泣いている姿をもう、見たくなかった。だから、ワトソンを引き寄せて抱きしめた。
僕が今することは、謝ることじゃない。
「うん。信じて待ってた」
ワトソンの甲高い泣き声が響いた。母さんたちも静かに涙を流していた。僕たちはその夜、少し、顔を合わせるのが照れ臭かった。




