第二章 05 この擦り傷は菌を落としただけ
「ホームズ。ちゃんといる?」
「ふああ。いるよ」
眠りに就いていたホームズはワトソンがお花を摘みに行くのに連れて行かされていた。トイレは匂いのこともあり、家の外に作ってあり、二人は家の外にいた。カラワラたちは一応、目は覚ましていたが、ホームズが付いて行くから大丈夫だろうと思い一緒にはいなかった。
「ホームズ。終わった」
後ろから肩を叩かれたホームズはポケットに手を入れたまま振り返った。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん!」
「ワトソン。トイレぐらい一人で行ってよ。眠いんだけど」
「私のこと、嫌い?」
「一番好き。でも、それとこれとは別。眠いものは眠い」
「ごめん。次から頑張る」
ワトソンはホームズの背中に跳び乗った。ホームズはおんぶして歩き始めた。
「僕もごめん。ワトソンに謝らせたかったわけじゃないんだ」
「分かってる。これからは、ちょっとはホームズ以外にもお願いする」
「そっか。まあ、これからも僕を呼んで良いよ」
「これからも?」
「うん。これからも」
「やった。じゃあ、ずっとずっと、ずっーと呼ぶ」
「それは、困るなあ。どうしよう。許可出しちゃったし、夜にホットミルクを飲ませすぎないようにしないとなあ。でも、時間が経つとどうしても味は落ちるし。うーん。困ったなあ。・・・・・・。と言うか、母さんや父さん、ネキはどうして、付いて来てくれないんだ。僕がいくら、しっかりしているからって、さすがに放任主義なんじゃないかなあ。ネキも一歳の途中から一緒に来てくれなくなったし。ワトソン。ワトソン?寝ちゃったか。じゃあ、瞬間移動で家にーーーー!?」
ポチャン。
涙。確かにホームズの首筋に流れ落ちていた。その涙は止まらなかった。だから、ホームズは立ち止まり首を横に向けた。ワトソンは眼を赤く染めて泣いていた。静かに、悲しみを押し潰すように綺麗に泣いていてホームズは一瞬見惚れてしまった。
ワトソンがシックスセンスに目覚めた。
「ワトソン?」
「ホームズ。私の言うこと何でも聞いてくれる?」
「何?」
「もし、もしも、この星が滅びる日が来た時に、私が一緒にいてって言ったらいれくれる?」
「僕は、僕は星が滅びないように最後まで抗う。最後の一瞬まで必死に抑える。だって、ワトソンとの、ワトソンや母さん、父さん、ネキたちとの楽しい生活を失いたくないから」
「そっか」
ワトソンの涙の量が増えた。ホームズの首に巻き付けている腕に少し力が入った。唇を噛んだ。そして、少しの沈黙の後、ワトソンはホームズの首を絞めた。
「ワトソン!?」「ごめん」
「私は最後の瞬間までホームズと一緒にいたいの」
何で!?僕はワトソンに何か悪いことをしたか?っ!今はそんなことよりーーーー
「うっ」
「ワトソン!」
ワトソンは目から血を流していた。それを匂いで感じ取ったホームズはワトソンが徐々に力が抜けていたこともあり振り向いてワトソンの目に触れた。
「とにかくっ、今はそれを適応させる!」
ホームズはワトソンの眼を適応させることにした。苦しんでいるワトソンを見たくなかった。眼が原因で泣いていることは分かっている。だが、適応させないとワトソンは死んでしまう。ホームズは必死に適応させると、ワトソンの肩を掴んで顔を近付けた。
「どうしたんだ、ワトソン!」
「私は、少しでもホームズと長くいたいの。だから、私はっ!私はホームズに星を選んで欲しくないっ!どうせ、滅びちゃうんだからっ!」
「何を・・・」
ワトソンはホームズに頭突きをして突き飛ばした。その顔はぐちゃぐちゃだ。オーラも乱れていて昼間に『悟り』を無意識に行ったのが嘘のようだ。
「ママ、パパ、ネキ・・・」
ホームズは頭の中でワトソンとゆっくり話をするためのプロセスを考えた。そして、一番に浮かんだのがこの三人だ。
だが、頼る選択肢は無かった。
理由は至極単純、ワトソンは悲しんでいる。ワトソンの心を満たせるのはホームズが一番適している。だから、生まれて来る疑問。
力づくで解決するのは正しいのか?
「ねえ、私ね、こんなことしたくないの。でもね、ホームズが私といる時間を少しでも長くするためなら、今のこの感情は、胸の奥に仕舞うの。だからね、私、決めたの。ホームズにどう思われたってホームズの尻子玉を喰うって」
「は?」
ワトソンの双眸は白色に輝いていた。ホームズの視界が真っ白に染まった。
「ごめんね」
ホームズは体を横にずらされて固定された。
マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、マズイ!
ホームズは半分のオーラを身体能力強化型の原子に変質した。まだ、認識度は五十パーセントだ。認識度が高いほど威力は増す。だから、力比べでは本来、ワトソンに勝てるはずはない。だが、今、ワトソンはオーラを全て他者完結型の原子にしているため、ホームズはワトソンと距離を取ることができた。木にぶつかって少々カッコ悪い形になったが、最悪な事態は免れた。
クン、クンクンクン。
血の匂い。自分から出血した様子はない。つまりーーーー
「もう、無理をしないでくれ!」
「やだ!じゃあ、星が滅びる時に、星を優先せずに、私と傍にいてくれる?」
ホームズはワトソンの姿を視えていない。だが、ぐちゃぐちゃの顔にたくさんの血涙を流していることが痛いほど分かり、感じて、今は嘘を吐いてでも、ワトソンを落ち着かせることを優先しないといけないんじゃないかと考えてーーーー
「僕は目先の幸せには飛びつかない。長期的な幸せを求めてるっ!」
ホームズは嘘を吐けなかった。
頭の中はワトソンでいっぱいだ。今すぐにでも抱きしめて、いつもように、触れ合いたい。それも、できるなら、より長く。
だが、このホームズの理想は、今のワトソンにとっては悪手だった。
「そうやって、ホームズは星を、皆を助けようとする。それに、ホームズが守ろうとしたものは星が滅んで無くなっちゃう。だった・・・」
「未来を見たんだろう!どんな未来か僕は知らないよ。でもね、その未来は数分前の時点での未来であって、今、見た未来じゃないっ!僕がワトソンの見た未来を変えてやる。だから、もう、シックスセンスを使わないでくれ!僕を信じられないのか!」
「っ!?」
ワトソンは赤く染まる視界の中、ホームズの必死の叫びを聞いていた。
「私だって信じたいんだよ。でも、ホームズは目の前でたくさんの人が殺されているのを無視して戦える?そんなの、無理だよね?」
「っ!?どんな未来を見たって言うんだよ。そんなこと無理に決まってる。生まれた瞬間に、不平等は生まれる。でも、そんな中でも、誰にでも平等に分け与えるのが魂であり、命。僕は命の価値は平等だと思ってるし、そうでないとダメだって思ってる。だから、僕が全部救う。救って見せる。だから、僕を信じてくれ!」
「絶対に結果は変わらない。だから、見せてあげる。私が見た未来を!」
ワトソンは再び眼にオーラを集中させて別の能力を使おうとした。だが、できなかった。先に体にガタが来た。ワトソンは膝を付いてシックスセンスを使うのを止めた。
ホームズの視界が元に戻った。ワトソンが倒れているのを見てすぐに駆け寄ってた。ホームズはワトソンの白色の眼の適応を急いだ。ワトソンはオーラを変質させて眼を治癒した。
「覚悟してね、ホームズ。きっと私と同じ意見になるから」
「僕はどんな未来を見ようと僕の意思を曲げるつもりはない!」
「見て」
ワトソンは右の眼を赤色に染めて、左の眼は青白く染めた。
「・・・・・・」
「オッドアイ。覚悟してね。私が、ホームズに無理をして欲しくない理由がきっと分かるから」
「何を!?」
ホームズの頭に膨大な情報、否、記憶が流れて来た。
このまま、何も変わらない日常。
順調に強くなってワトソンと子供を作って楽しく暮らす未来。
フロンティアの王を父、カラワラと変わる未来。ホームズが嬉しそうにしているのを双子の子供と眺めている未来。
このまま、スローライフを過ごそうといつも触れ合って幸せな生活を過ごそうとしていたのに・・・。
それは、腕が十本ある男だった。名はデストロイ。肉体の動きに無駄が無く、オーラの消費効率が凄く高い。時に鋼鉄を纏い、時に角を生やし、異次元の動き、人間ではない動きをする男だ。彼はユグドラシルに隠されたパンドラの箱を開けてしまった。その箱から生まれた力は世界を破壊し、創造する力を持っていた。彼はその禁忌の力を使って世界を破壊するために動いた。彼の無差別で残虐な攻撃からホームズはたくさんの他人を守るために動いた。父、カラワラも動いたが途中で殺されてしまった。私はホームズに安全な場所に、そこにいるたくさんの弱者を守るために残れと言われた。私は必死に抵抗した。でも、ホームズは言うことを聞かずに、行ってしまう。私は、・・・私は、私の意志を貫けなかった。
一緒に行っていい?
言えなかった。私は後悔をずっと抱えながら、待って、ずっと待って、世界が滅びると同時に視界が白く染まり体が崩壊した。
「は?」
ここまで、鮮明に!?僕はどうすれば・・・。否、そんなことより!!僕はワトソンを悲しませてしまった・・・。泣かせてしまった。
「ホームズ。私と一緒にいてくれる?」
「っ!?」
ああ、クソッ!!今すぐに、あの男に勝つビジョンを、鮮明なイメージを立てないと!!
「ねえ、勝てるの?」
ワトソンは尻もちを着いて座っている僕に顔を近付けた。僕の目を、瞳の奥を覗き込んだ。僕は瞳が泳がないように固定してワトソンの瞳を覗き返した。
早くっ!!!!早く考えろ。力は使い方だ。使い方なんだ。ちゃんとした戦略を立てれば対処できるはずだ。あの男に完璧に勝つイメージをっ!
デストロイは、十本の腕を持つ男は、肉体に鋼や毒を纏い、臨機応変に武器を作り、その綺麗な禍々しい声を響かせて、相手の弱点を一瞬にして見つけて理解し、鞭やゴムのように肉体を動かす。しかも、どの動きにも無駄がない。オーラもかなりの水準で使い熟し『悟り』をバンバンと開く。他にも無数に攻撃パターンがある。
僕の適応が間に合わないっ!!!!
ダメだ。どうやったって勝ち目がないっ!!!!!
「勝てないんだ。だったら、大人しくしててね。私は、ホームズが無理しないように尻子玉を没収するからさ」
ぁあ、マズイマズイマズイマズイマズイッ!!!!
っ!?
僕の視界の端に母さん、父さん、ネキがいた。タイミングを見計らっていた。割って入ろうにも入れないのだろう。僕の記憶を見たかどうかは定かではない。でも、確実に言えることは一つ。
僕しかっ!!!僕しか、ワトソンの心を救えないっ!!!!
「待って!僕が、僕が必ず勝って魅せる。だから、待って!」
「また、それ?もう待てない」
「違うっ!僕が状況を変えて魅せるって言ってるんだっ!僕を信じてくれっ!」
「信じる?私だって信じたいんだよっ!でも、でも、あの化け物にはどんだけ頑張っても勝てる気がしないじゃんっ!」
「だから、だから、僕が、僕たちが先手を打つんだっ!」
「意味ない、無理、できるはずがない。現実てきなプランじゃない。どんなふうにしたって、絶対無理!それほどまでに、圧倒的でバリエーションがたくさんあった!ホームズの適応が追いつかないほどにっ!なのに、何の根拠もなしに言わないでよっ!」
ワトソンの大量の涙が相変わらず、ずっと、零して流れている。
ぁあ、僕が弱いせいで、不安にさせてしまった。僕のせいで、ワトソンが無理しちゃってる。
「うん。ワトソンがイメージしているデストロイには誰も絶対に勝てない。勝てるはずがない」
「ふざけないでよっ!」
「だから、手を出せないほど強くなる前に叩く。弱体化、違うな、そもそも、強化をさせないようにするんだ!」
「・・・・・・」
「ワトソン。最初から言っているが、あくまでも、今見た未来は、現時点での予測であって、まだ、現実には起こっていないんだ。つまり、ワトソンがこの未来を見た時点で、この未来はもう、無くなったと同義なんだ」
僕はワトソンの肩を握る力が弱くなったのを感じると思い切り抱きしめた。
「今日、力は使い方だ、ってネキが言ってたね。その通りなんだ。力は使い方。僕が戦い方を変えるとあの未来でも、もっと善戦できて、ワンチャン勝てるかもしれない。ワトソンはここまで、考えて怒っているんだよね。でもね、何度も言うけど、あの未来は、今、見た時点での未来。つまり、デストロイは今、あんなに強くなっていることはないんだ」
「・・・言い切れない」
「いや、言い切れる。もし、あれほどの力が、今、あるのなら、間違いなく、すぐにでも攻めて来ている。でも、そんなことはしていない。つまり、ここから導き出される確実なことは、現時点では、デストロイはあそこまでの強さを持っていない」
「でも、でも、私は安心できない」
「そのために、僕がいる。それに」
僕はワトソンの瞳を力強く覗いた。
「僕は勝利条件を整えるための戦略を思いついた。だから、僕はワトソンとずっと一緒だ。安心できないのなら、未来を見てみるといい」
「怖い。見たくない」
「そっか。なら、良いよ。僕がこの星の英雄になって魅せるからさ。だから、ワトソン、笑ってよ」
「・・・うん」




