第一章 02 ツリトとゼウス
「大、丈夫?」
「ーーーー」
ツリトは母と父の尻子玉を片手に持って虚ろな目をしていた。両親は死ぬ直前に瞬間移動をさせてツリトに渡していたのだ。尻子玉とはシックスセンスを発動するための臓器だ。肛門の奥にあり、河童にしか見ることができない。幼馴染の二歳のカシャは話しかけるのにかなりの時間が掛かった。
「僕ね。僕ね。何もできなかったんだよね」
ツリトはずっと昨日から同じ場所にいた。二人の死体の前でずっといたのだ。カシャは朝、ゼウスからの知らせを聞いて母のカーと父のシャークとやって来たのだ。他の河童たちには混乱を避けるためにゼウスが伝えなかったのだ。カーとシャークはゼウスから詳しい説明を受けていた。
「多分、魂を燃料にした道連れだったんだよね。僕ね。僕ね。何もできなかったんだよね。何も」
カシャはツリトに何も言えなかった。言うべきではないと思った。だから、抱きしめた。強く、強く。
「僕があの時、あのペガサスを斬ることができていたら、パパとママはまだ、生きていたかもしれないんだよね」
「ーーーー」
ツリトはもう、泣いていなかった。目は腫れている。だが、涙は流れていない。一晩で全て流してしまったのだ。カシャはそれを感じて泣きたくなったが必死に抑えて優しく背中をポンポンと叩きながら抱きしめた。
「ツリト君大丈夫かい?」「困ったらいつでも声を掛けるんだよ」「独りじゃないよ」「前を向くんだよ」「下を向いたらダメよ。これからの人生の方が長いんだから」「いつでも、私を頼りなさい」「今度、遊ぼう。待ってるから」「食べたいものがあったら、何でも言ってくれ」「欲しいものがあったらいつでも来るんだよ」・・・・・・。
ツリトは全て「はい」だけで返した。そして、母のツリと父のリットは焼かれた。ツリトは焼かれる光景を見ながら一筋の涙を流して父と母の尻子玉を飲み込んだ。
「ツリト君。これからは俺たちの家で暮らそう」
死体が焼かれて骨を川に流すとカシャの父のシャークが話し掛けた。ツリトは昨日母と座っていた丸太に座ったまま動かなかった。何も言わなかった。
「分かった。きっといつまで経っても満足しないだろう。でも、満足するまでここにいなさい」
シャークはツリトの手を強く握って目をしっかり見て言い聞かせた。
「腐ったらダメだよ」
カーが今度はしゃがんでツリトの手を握った。
「心はもう、落ち着いてる。綺麗に流れてる。乱れていない。きっと悪い方向に考えてるでしょ?」
「ーーーー」
ツリトは大きく目を見開いた。心が波打った。
「だから、カシャを残すわ。見張り役としてね。カーとシャークは河童の村の動揺を抑えるから」
「ということだ。ゼウス。ツリトとカシャを見ていてくれ」
「ああ」
「じゃあ、そう言うことだから、カシャ宜しくね。ツリト君をしっかり見張ってて」
「うん」
カシャは胸を張って大きく頷いた。それをカーとシャークは満足そうに見ると瞬間移動をしてその場から消えた。
「ツリト。ずっと座ってたって仕方ないよ。歩こう?」
カシャはツリトの手を優しく握った。だが、ツリトは応じなかった。握り返さずに立ち上がってゼウスの元へ歩いた。
「僕ね。ずっと考えてたんだ。ゼウスの判断は間違ってなかったと思うんだ。だからね、だからね、証明して欲しいんだ」
「何をするつもりだ?」
「僕を見つけてね」
ツリトは瞬間移動をした。ゼウスは直立したまま動かなかった。
「ねえ、何で追いかけないの!」
カシャは思わず怒った。
「もちろん、命の危機が訪れたら、すぐに駆け付ける。だが、このゼウスとて心の整理の時間が必要だ」
「フロンティアの王が情けないよっ!」
「ああ。情けない。だが、このゼウスとて人だ。責任を痛感している」
「今、一番悲しんでいるのはツリトだよっ!」
「分かっている。だから、ツリトの憂さ晴らしの邪魔を極力しないのだ」
「エリアフォーアウト。あのペガサスを瞬間移動をさせたのは、誰だ?」
ツリトはエリアフォーアウトに瞬間移動をした。あちらこちらに超獣がいる。どれも見たことのない生物ばかりだ。
「どうして、死んでからシックスセンスが発動をしたんだ?あの、死んでから何もすることのできなかったオーラの持ち主は誰だ?」
ツリトは復讐をしようとしていたわけではない。
「これ以上、僕みたいな被害者が現れないように」
ツリトは気配を消して、ちらちらと超獣たちを見ながら歩いた。
「僕が倒すことは・・・、今は多分できない。でも、見つけることぐらいなら、きっと」
ツリトは浮遊した。
「ペガサスすら見つからない」
ツリトは浮遊して必死に探した。だから、奥に奥に進んで行った。
「匂いが」
ツリトは顔を顰めた。獣匂が濃くなっていたのだ。
「これじゃあ、分からないな」
大きな木がたくさん生えていて葉で獣を見つけにくかったのだ。
「それに、こんな方法じゃいつまで経っても無理だ」
ツリトは移動せずにしばらく考えた。
「パパとママのオーラを纏おう。向こうから来てもらったらいいんだ」
ツリトは先ほど飲み込んだリットとツリの尻子玉により、両親が得ていたシックスセンスは全て使える。つまり、両親のオーラを纏えるのだ。
「まだまだ、パパやママみたいにはできないけど、僕なりに精一杯使うよ」
ツリトは一筋涙を流していた。父と母の死を受け入れてしまったから。ツリトはオーラを増量させて練度を上げた。悲しみ怒りの感情がオーラを禍々しくさせていた。
「見つけるよ。昨日の真犯人を」
自然が騒がしくなった。だが、ツリトが敵意を向けていないことに気付いてだんだんと止んできた。そんな中、オーラをがんがんに纏って鳴いている声が聞えた。
「あいつか」
ツリトは最大限までオーラの量を増やしてオーラの練度を上げた。
「お前から来い」
ツリトは正体を見た。小さい山猫だった。小さい山猫がペガサスを生成していたのだ。たくさんのペガサスがツリトに向かって飛んで来た。
「お前らは、オーラを纏っている時に攻撃したらいけないってことだろう?」
ツリトは体を膨らまし背中の後ろで手の甲を合わせた。そして、目の前にいるたくさんのペガサスが来る前に体を膨らました時に吸った空気をオーラと一緒に手のひらに移動させて手を叩いた。オーラが発生した風に乗りながら飛ばされてペガサスにぶつかった。ペガサスはオーラを弾き飛ばされ風にも吹き飛ばされて地面に急降下した。
「念のため、完全には殺さない」
ツリトは大きな木の根の上に座っている小さい子猫ほどの大きさの山猫に近づいた。すると、父のリットと母のツリが現れた。ツリトは思わず体が硬直して止まった。二人は別々にオーラを纏ってツリトを殴りに掛かって来た。
「っ⁉」
ツリトは思わず目を瞑っていた。大好きな母と父が自分の中のイメージと違う動きをしていたから。ペガサスのように殺してしまったら、自分も死んでしまうと思ったから。何より、例え、本当の母と父と違うと分かっていても攻撃をしたくなかったから。だから、攻撃を食らおうとオーラの練度を上げた。
「ーーーー」
何も起こらなかった。ツリトは恐る恐る目を開けた。目の前に二人の攻撃を上から三番目の手で受け止めていたゼウスがいた。
「見つけたぞ」
「ーーーー遅い」
「ツリト。勝手なことをもうしないでっ!」
目の前にいたカシャがツリトの頬を引っ叩いた。カシャの目には涙が零れていた。
「いっぱい心配したんだよ」
ツリトは涙を零してまで心配してくれたカシャの顔を見て何も言えなくなった。だから、カシャの涙を指で拭った。
「ごめん」
カシャはツリトの胸に抱き着いて来た。ツリトもカシャに応えて抱きしめた。
「あの子猫だな?」
「うん。間違いない」
子猫はたくさんのペガサスを出現させた。そのペガサスたちはいずれもゼウスに突進して来た。
「簡易領域」
地面に影が急速に広がり影からたくさんの大きさの腕が出現したその腕はたくさんのペガサスを包んで抑えていた。そして、子猫も両手で包んでいた。ゼウスとツリトとカシャはその子猫の前にゆっくりと歩いた。
「喋れるか?」
「にゃ、にゃんだ?」
「何故、ツリとリットを殺した?」
「あれは、僕の望んだことではにゃかったんだ」
「慎重に答えよ」
ゼウスは影から伸びた両手の力を強めた。
「にゃっ、ホントにゃ。僕はあの日、別の超獣に殺されそうになって何体ものペガサスを降ろしてたんだにゃ。その内の一体が偶々、河童の村に行ってしまったんだにゃ!」
「では、今日は何故、ツリトに攻撃を仕掛けた?」
「こっ、殺されると思ってにゃ!」
ゼウスは振り返ってツリトを見た。ツリトは子猫を見た。
「ねえ、その超獣はまだいるの?」
「いっ、いるにゃ!」
「二度と、痛み分け、道連れするようなシックスセンスを持つ奴を僕たちが住むところに瞬間移動をさせないさせられないって約束できる?」
「にゃっ!約束するにゃ!」
「だったら、困った時は何か、僕たちに助けを求めることはできるね?」
「にゃあ」
「ゼウス。もういいよ」
ゼウスはたくさんの腕を消して影を消した。
「名前は何と言う?」
「僕のにゃまえはプリティーにゃ。宜しくにゃ」
「シックスセンスは何だ?」
「式神。今の僕だと、死んだ生物にゃら、死んだ生物のシックスセンスが使えるにゃ」
「そうか。以後、エリアフォーアウトで危険な雰囲気があったら知らせてくれ」
「にゃあ。ツリト。昨日のことはホントにごめんにゃ」
「・・・もういいよ。ただ、昨日、プリティーを追い詰めたという超獣を見つけたら僕たちに連絡して欲しい。その時は、僕がやっつけるからね」
「にゃあ」
「じゃあ、もう、帰るよ。行こう、ゼウス」
「ツリト。どうして、プリティーを探しに行った?」
昨日の母と父が死んだ場所、直前まで一緒に座っていた丸太でツリトはカシャと並んで座っていた。カシャはツリトを逃がさないと言わんばかりに左腕をギュッーと抱いていた。ゼウスは向かい側に座って魚を焼いていた。
「僕ね、僕ね、悲しい奴って言うふうにね、見られたのが凄く嫌だったんだ」
「「ーーーー」」
「僕ね、皆に凄い奴って見られたいんだ。だから、どうせなら、僕ね僕ね、フロンティアの王を目指そうかな」
ツリトは少し恥ずかしそうに語った。だから、ゼウスは信じられなくて目を見開きツリトに問うた。
「何故だ?」
「だって、判断力、戦闘力がずば抜けてるもん。僕ねゼウスみたいに、うんうん。ゼウス以上に強くなる。そうすれば、パパとママの無念もきっと、どうにかできる」
ゼウスは思考が追いつかなかった。自分の対応が遅れて両親が死んでしまったのに。ツリトは全く怒らないから。
「恨まないのか?」
「恨む?何でさ?これだけの凄さを見たら、パパとママのことは仕方なかったんだって思うし。にしし。だから、だからさ、僕を、僕をね、弟子にしてよ」
ゼウスは深く深く目を瞑って大きく深呼吸をした。まだ、二歳の少年の胆力に、精神力に、ツリトのずっとずっと、祖先の河童の始まりのカラワラに、師匠に強烈に懺悔したくなった。涙を出して謝りたいと思った。だから、必死に耐えて、耐えて、耐えて。
「ああ」
生涯を掛けて、二度と、ツリトを゙不幸な目に会わせん。
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