第一章 17 交錯する思い
「おかえり。ツリト君」
ツリトが帰って来てルリが真っ先に抱き着いて来た。部屋にはゼウスとプリティー以外揃っていた。
「うん。ただいま。ルリ」
「どうだった?」
「余裕だと思う。少なくとも首魁、シヘンに関してはそこまで強くないように見えた」
「そっか。でも、油断しないことだよ。オーラ量や質が上だったとしてもシックスセンスが絡むと決着が変わる。だからね、シックスセンスがキメラを作る力だけだとは思ったらダメだよ」
「うん。分かってる。だからこそ、断定しなかったんだ」
「よろしい」
ルリがジャンプしてツリトの頭を撫でようとした。シックスセンスを使って浮遊したら良いのだが、最近は甘えるという技を本格的に使っていて、無垢な子供を演じるようになっていた。ツリトは苦笑して片膝を着いた。
「よろしい」
ルリはツリトの頭を撫でれて満足そうに微笑んでいた。ツリトはカシャを抱っこして皆がいるリビングに向かった。
「ただいま」
皆が「おかえり」と言ってツリトを出迎えた。ナスは立ち上がってツリトに寄って行った。一方、カシャは軽く微笑んだまま椅子に座っていた。
「ツリト君。怪我はしてない?」
「うん。全然、宣戦布告しに行っただけだから。シヘンに死ぬ覚悟をちゃんと持たせれたと思う」
「そっか。じゃあ、今日は、とりあえず、明日に備えて英気を養ってね」
「うん。じゃあ、座るか、ルリ」
「だね」
ツリトはカシャとの間にルリを座らせてその横に座った。ナスはツリトの隣に座って横にはナンスが座っていた。机を挟んで向かい側には、ネキ、カー。シャーク、ソーが座っていた。
「ツリト君。ほとんど、ルリが作ったんだよ」
「そっか」
ツリトはルリの頭を撫でた。ルリは嬉しそうにして顔を振った。まるで、子犬のようだ。
「じゃあ」
「「「いただきます」」」
「なるほど。ツリトの明るい未来が減っているでありんすか」
ツリト、カシャ、ナス、ルリが一緒に温泉に入っている頃、ネキたちは飲みながら天狗の未来予知の結果について話していた。
「うん。ツリト君が強くなる度にどんどん、明るい未来が少なくなってるの」
「天狗の未来予知の仕組みを知っているでありんすか?」
端に座るネキに視線が集まった。ネキは目の前のワインを口に運んでから喋った。
「天狗の未来予知は簡単に言うと太陽から見た世界を元に未来予知をするでありんす。つまり、この世界で起こった情報を基に未来予知をするでありんす」
ネキは再びワインを口に運んだ。カーたちは今のネキの言葉を頭で反復して考えた。そして、シャークが気付いた。
「もしかして、未来予知に抜け道がある。のか?」
「正解でありんす。未来予知には抜け道があるでありんす。その抜け道は、異空間を作るシックスセンスでありんす。ですから、ツリトの強さが異空間にいる人たちからしたら、気に食わないと言うことでありんしょう」
「でも、ツリト君は世界の敵になるはずないじゃなか」
「そう。ツリトはフロンティアの王を目指しているでありんす。ですから、ツリトが強くなって気に食わないのはデストロイでありんす。わっちの兄であり、前フロンティアの王、カラワラを殺した男でありんすよ」
「「「「生きている?」」」」
「ええ。間違いなく。ですが、安心するなんし。デストロイは本領を発揮できないでありんす」
?
ネキ以外の全員の頭が混乱した。
「ツリトの遺伝子がしっかりと後世に引き継がれたらでありんすが」
沈黙が流れた。だから、ネキはもう一度、ワインを口に運ぶと無理やり声を明るくした。
「大丈夫でありんす。ホントにツリトの命が危なくなったらアナザーフロンティアから助けが来るでありんす。ですが、ツリトはいつだって、わっちたちの想像を超える成長をしているでありんす。ですから、今、わっちが深刻にしてしまいましたが、そこまで、深刻に考える必要はないでありんすよ」
「ねえ、ツリト君」
「どうした?」
「ナスとカシャが凄い睨んで来るんだけど」
「それって僕じゃない?」
ツリトはいつも通りおっさん座りの上にルリを乗せてお腹に腕を回してルリのおっぱいの重圧を下から感じていた。そんな様子をナスとカシャは真正面で見ていた。二人はツリトを睨んでいた。
「まさか、ルリがこんなことしてたなんて。思わぬ伏兵だね、カシャちゃん」
「ホント。ビックリ。まさか、ツリトがルリ相手に勃ってるなんて」
ツリトは思わずため息を吐いた。
それは、二人がいるからに決まってるだろ。
「ルリ。言ってやってくれ」
ルリは大きく頷いた。
「うん!ツリト君は、実は、ロリコンなんだよ。だから、二人には興味ないの!」
「違えわ!」
ツリトは顎をルリの頭に突いた。が、超人の肉体を持っているため、逆に衝撃を食らって、後ろの岩に頭をぶつけてしまった。
「「ふーん」」
「何さ?」
「じゃあ、ツリト君はナスたちに興奮してるってこと?」
「さあ?」
「つっ、ツリト君!?」
ルリが叫んだ。どうやら、当たっていたみたいだ。反り上がったらしい。
「ツリト。今日は、ルリはカシャが持つよ」
「ルリは嫌だよ!この体感・・・、このままで、全然平気だよ!」
「ルリ。隠せてない。入らないけど、ダメなものはダメね。カシャの腕の中に納まりなさい」
「クッ」
ツリトたちは思わず苦笑した。ルリの分かりやすさに呆れて笑うしかなかった。ルリはカシャの腕の中に納まった。
「ねえ、ツリト君。ナスも、ルリみたいに扱って見る?」
ナスがツリトの腕を掴んで真っ赤な顔を背けながら尋ねた。そんな様子だから、ツリトは余計に恥ずかしくなった。
「「却下」」
「抜け駆けは行けないよ、ナス」
「むう」
ナスは諦めてカシャの隣に移動して一緒にルリをベタベタ触って楽しんだ。
「ふう」
ツリトは自由になって大きくため息を吐いた。そして、大きく深呼吸をすると、静かに、だが、透き通る声で言った。
「明日のことが片付いたら、二人にちゃんと僕の思いを伝えるよ」
ナスとカシャは思わず動きを止めて、ツリトを黙って見つめた。
ルリは心がギュッとなったがすぐに、大きく深呼吸をして無駄に明るい声を出した。
「ルリへの思いは?」
「僕はルリのことも好きだよ。でも、どちらかと言うと師匠として見ちゃうかな」
「そっか」
ルリは笑顔を作って、傷ついていないふりをして、カシャから離れてツリトとの定位置に戻った。
「だって、カシャちゃん、ナスちゃん。ちゃんと、覚悟を決めてないと、どちらに転んでもすぐに対応できないよ」
「「うん」」
ルリはやはり、四人の中では最年長で、誰よりも大人だ。咄嗟に嘘を吐ける。咄嗟に、誰かのために、行動できる。
カシャとナスはそんなルリの様子を見て心から尊敬した。
「ツリト。一緒に寝ておくんなし」
「何で?」
ツリトはカシャとナスとルリと寝ようとしていたが顔を赤く染めたネキに引き留められた。足はふら付いていないが酒が残っているのだろう。
「分かったよ」
ツリトはネキが座っている横に座った。カシャたちは寝室に移動した。ツリトに芋焼酎が注がれた。
「ツリト。気を付けるなんし」
「どういう意味?」
「ツリトは、まだ、キメラの超獣のホントの恐ろしさに気付いていないでありんす」
「僕は、シヘンを見た時、そこまで強いとは思わなかった。それは、得手不得手が違っていたから、ってことか?」
「正解でありんす。ツリト。わっちの兄、カラワラを殺した男、デストロイが今回の件、一枚噛んでいるでありんす。戦う時は、全てに最悪な可能性を考えて置くでありんす」
ネキは一度、温かい芋焼酎を口に運んでひと息吐いた。
「ツリトは、エリアフォーアウトにいる超獣は何のためにいると思うでありんすか?」
「シヘンが魂の研究のために生み出して、そのまま、放置しただけじゃないのか?」
「それも、ありんす。実際、本人もそう、思っているでありんしょう」
ネキはもう一度、芋焼酎を口に運んで長く間を置いた。
「ただ、超獣は魂の依代である可能性が高いでありんす」
「愚弄しすぎだ。命を冒涜している」
ツリトは耐え難い憤怒を覚えた。思わず、全身に力が入って鉱石でできたコップを強く握っていた。
「落ち着いておくんなし。ですから、領域内で確実に殺すことが最善でありんす」
沈黙が流れた。ツリトはゆっくりと頭を整理した。そうして、憤怒を抑えて大きく深呼吸をした。
「うん。なるほど。問題ない。全部、解決できる」
「頼もしいでありんすね。ですが、ホントにツリトがヤバそうになったら、ゼウスが飛んで来てくれるでありんすよ」
「まあ、それなら安心だね。でも、僕一人で解決できる」
「わっちが言っているのはデストロイが関与して来たらの時でありんす。シヘンごとき、心配していないでありんす」
「そうか。じゃあ、僕は寝るよ」
ツリトは目の前の芋焼酎を一気飲みした。そして、立ち上がろうとした時、ネキに腕を掴まれた。
「一緒に寝ておくんなし、と、わっちは言いんした」
「げっ⁉︎」
「呑みなんし」
ツリトは一時間ほど呑まされて眠った。
「さて、一応、確認をしないとでありんすね」
ネキはツリトの心臓の位置に手をやった。ツリトは酔い潰れて長椅子に寝転んでいた。
「ちゃんと、ホームズの魂とワトソンの魂を感じるでありんす。全く、はあ。まだ、神龍との子供が生まれていないのに。ホームズ。次善策がほとんど不可能な条件は変えて欲しかったでありんすよ。魂の認識度を百パーセントに一回でも到達しないと二つのマスターキーを使えないと言うのは」
「ゼウス。ツリト君は良いの?」
「ああ。ネキがツリトに必要な情報を教えている」
「そう。皆で呑む?」
「ああ」
ウミ。カラワラの伴侶がゼウスに優しく微笑んで案内を始めた。
ゼウスの視界には超巨大魚から、超巨大イカ、超巨大タコなどなどの海の生物が泳いでいた。ただし、それは、空気の膜の外側だ。ゼウスがいるのは、いつか、ツリトとカシャが見つけた湖の深淵にあった膜の内側にあったところではない。あそこは、あくまでも中継地点だ。ゼウスがいる場所は深海だ。湖や海の中にある半球や球の膜の全てを合わせてーーーー
海底フロンティアと呼ぶ。
「ゼウス。最近は多いね。まあ、楽しいからいいけどさ」
「来たぞ。コキュートス。俺たちの新武器を一向に使わない薄情者が」
「何っ!?僕の新武器を一向に試させてくれない、あのゼウスかい?」
「フン。このゼウス、否、俺は薄情者ではない」
「でも、ネキやツリト君たちも連れて来てくれたら良かったのにって思ってるよ、ウミは」
「確かに。カナデも会いたいなあ」
「その内、会いに来るさ。俺が連れて来ずともな」
ウミはカラワラの伴侶で河童族だ。
カナデは奏人で透き通った綺麗で人を魅了する声と集中すれば何でも聞ける耳を持っている女性だ。
コキュートスと一緒にゼウスに文句を言っていたのが鋼人のハガネだ。彼は体が鉱石でできていて、食べたものを鉱石にして排出する特徴を持っている。
その鉱石を使って武器や生活品を作っているのがコキュートス。一つ目の男だ。コキュートスの眼は人やものの適性を見極める力があり、その力を生かしてシックスセンスを使って武器や生活品を作っている。
カナデとハガネとコキュートスはゼウスの親友でもあり、戦友だ。四人ともウミ、カラワラ、ホームズ、ワトソンに凄くお世話になっている。ゼウスたち以外にも海底フロンティアの人達はたくさんお世話になっている。
「ふーん。大丈夫そう?」
「ああ。ちょっとやそっとのことでは、もう、誰にも負けんだろう」
「カナデの声をコキュートスの発明品に保存する?」
「大丈夫だ。俺が、このゼウスがいる。それに、ネキもいるし、ルリもいる」
「さすがは、フロンティアの王だね。でも、ゼウス。カナデたちの助けは今のままじゃあ、絶対いるよ」
「分かっている。だから、俺はここに来た。明日、最悪の事態が起きた時のためにな。カエルと天狗の未来予知では問題なかった。だが、ここと同じように異空間からデストロイが関与することは間違いない」
「ゼウス。僕たちの発明をツリトに渡すのはどうだろうか?」
「何だ?」
「ハガネの『成長』を加速させる鉱石に僕がアレンジして強化したものだ」
「ふむ。要らぬ。火事場の馬鹿力ではないが、筋肉のリミッターを外すようにオーラのリミッターも外せるようには鍛えている。その時は魂の認識度もかなり上がっている。自力で『悟り』を起こすポテンシャルはある。それに、お前たちの存在は最終奥義だ。ギリギリまで隠したい」
「しつこいな。なら、僕から言うことは一つだ。最悪の事態が起こらないように踏ん張れよ」
「ああ。もちろんだ」
四人で睨み合いが起こった。だから、ウミは大きく拍手して明るい声を出した。
「はい。ここまで。ホントにヤバくなったら、座敷童がツリト君にシックスセンスを付与しに行くでしょう。それに、ウミたちも動かざるを得なくなる。だから、ゼウスが最悪な事態が起こらないように頑張ってもらうしかない」
ウミは四人の顔を一人ずつ笑顔で見た。
「にしし。じゃあ、飲み食いするよっ!朝まで」
四人はウミの笑顔に、久しぶりにした軽い喧嘩に、懐かしくて、そして、熱くなり過ぎたと反省して、昔からの習慣をした。
「すまん」「ごめん」「悪かった」「悪かったね」
ゼウス、カナデ、ハガネ、コキュートスは一斉に謝罪した。
「じゃあ、皆。パパッと準備するよ」