機動悪役令嬢フリーディアZ ~婚約破棄されたら隣の帝国がロボットに乗って攻めてきた~
「フリーディア・メタルコット公爵令嬢。この私……第二王子ザランド・コスモは貴様との婚約を破棄し、新たにこのグラス・ボールダン男爵令嬢と婚約を結ぶことを宣言する!」
コスモ王国の王立魔法学園の卒業パーティーの最中。
突如、婚約者であるザランド殿下から突如として言い渡される婚約破棄に私……フリーディアは一瞬だけ驚いたが、すぐに諦めて静かに目を伏せる。
対して、隣にいる令嬢……グラス嬢は頬を赤らめながら殿下に寄り添っていた。
「殿下、なぜ私が婚約破棄をされねばならないのでしょう。どうか理由をお聞かせください」
「とぼけるな! お前がグラス嬢に陰湿な嫌がらせをしていたという証拠は挙がっている! 大方、男爵家の令嬢でありながら私と親交を深めている彼女に嫉妬でもしたのだろう!」
断定するような物言いだろうが、私には本当に身に覚えがないのだ。
おそらくは十中八九嘘、私との婚約を破棄するためのでっち上げだろう。
だが、仕方ないのかもしれない。……私はそれだけの失態を犯したのだから。
「わかったな? もう、ここに貴様の居場所はない! さあ、即刻出ていくがいい!」
殿下に促された私は反論せずに無言で一礼して踵を返す。
だがそこに突如として外から轟音が響いた。
「な、何事だ⁉」
ザランド殿下は取り巻きへ問うも、彼らも何が起こったのかわからず混乱しており、埒が明かないと思った殿下はホールからテラスへ飛び出す。
すると、そこから一望できるはずだった王都の街並みからは幾つもの火の手が上がっていた。
「王都が燃えている? ……な、何が起こっているのだ⁉」
続いて王子の目に映ったのは、空を飛ぶ鎧を着た5メートルを超える体躯の巨人だ。
足や腰に装備したバーニアから出力される炎と風魔法により滑空する彼らは装備した大砲や大剣で王都の建物……王国にとっての重要拠点を破壊して回っていた。
「ひ、ひいぃっ……、殿下ぁ……!」
「王都を攻撃しているあの巨人はなんなのだ……?」
その光景にグラス嬢は腰を抜かしながら、ザラント殿下に縋り付くも、当の彼も混乱の真っ最中にあるらしく、そのまま固まって動けなくなっていた。
他の皆も恐慌状態にあるようだし、ここは私がしっかりしなければ。
「殿下、気をお確かに……おそらくアレは帝国所属の魔導機士でしょう」
「まどうきし……? そうか魔導機士か。……いや、魔導機士ってなに⁉」
殿下は初耳だと言わんばかりに問い返す。
えっ、本当にご存じないのですか? ……仕方ありませんわね。
「近年の魔法と機械技術の発達により、開発された搭乗型ゴーレムのことですわ。まったく、常日頃から未来の王候補としてしっかり情報と教養を得ておきなさいと言ってきたではありませんか……」
「いや、そんな勉強足ですよという感じで呆れられてもこれは違うだろ! 上手く言えんが……そう、ジャンル違いというやつでは⁉」
殿下はよくわからない抗議をしてくる。全く……己の未熟を棚に上げるのはよくありませんよ?
確かに最近は帝国との国境での小競り合いが激化していたため、ほとんどの魔導機士はロールアウトされたらすぐに前線へ実戦配備されるため、王都ではほとんどお目にかかれないのでしたけども。
そう。戦力を国境周囲に割り振っていたため、今回こんな形で帝国の奇襲を許してしまったとも言えますわね。
――という、旨を懇切丁寧に説明して差し上げたのですが、殿下はいまだに納得いかないとばかりにかぶりを振ります。
「――いやいや、全て初耳なのだが⁉ これはもう故意で私への情報シャットアウトしてただろ! かなり壮大なドッキリだったりするんじゃないか⁉」
そんな事を言われましても、実際に今もこうして攻撃を受けているわけですし……。
「……それ以前に一介の貴族令嬢である貴様がなぜそこまで詳しいのだ⁉」
「ああ。一部の適性がある物は身分問わずにパイロットとして選定され配属されているのです。私も学業の合間に前線に赴いては戦いに参加しておりました」
「なるほど。たまに学園を開ける時があると思ったら、裏でそんな事を――って、お前そんな物語の主人公みたいなことしてたの⁉」
「主人公みたい……というのはよくわかりませんが、そうですわね。つい先日も、帝国が秘密裏に開発していた新型魔導機獣ガルガイダー3号の破壊の任を帯びました。ですが、目標の破壊には成功したものの、実はそれは全て囮。その隙をついて攻め込んできた帝国の誇る女性エース、デスティアンヌ・プランダー大尉が率いる特殊部隊により我々が不在の戦線は崩壊。まんまと敗走してしまいました。さっきの婚約破棄はそんな私への処罰だと思っておりましたが……」
「どうしよう。情報量が多過ぎる! 知らない名前や呼称がドンドン出てきて話についていけない!」
頭を抱えてうずくまってしまう殿下。
もしかして、いまだに現実を受け入れられないのかしら。
無理もないわね、突然の国家の存亡の危機ですもの。
きっとこの状況に絶望しきっているんだわ、お可哀想に。
『聞こえるか。愚かなるコスモ王国よ』
やがて、どこからか響いてきた声と共に、夜空へと貴族服を着た仮面を被った男の映像が映し出される。
確か魔力による光の屈折を使った映写に合わせて、風魔法を応用した音響スピーカーを併用しているの仕組みだ。
おそらく王都中の重要な施設や拠点全てに展開されているはずだ。
『私の名はジャスティン・スペシアル。スペシアル帝国の第三皇子である。――これより我らスペシアル帝国はお前たちコスモ王国へと本格的に宣戦を布告する!』
突然の宣戦布告に殿下を始めとした生徒たちもざわついている。
『とはいえこの状況では既に趨勢は決したと言えよう。国王、及び王政を司る者たちよ。早々に降伏するがいい。我らも無辜の民や戦意無き者を撃つのは本意ではない』
仮面の男は感情のこもらない声で今度は降伏勧告を行うが、私には信じられなかった。
「ジャスティン……なぜあなたが……」
「えっ。お前アレと知り合いなのか?」
「ジャスティン・スペシアル。通称仮面卿。デスティアンヌ同様、戦場で何度も戦ってきた相手です。まさか彼がここまで出張ってくるとは……」
「お、おう」とオウム返しに頷いている殿下を余所に私は映像に映る彼を睨みます。
『そこの王立学園にいるのはフリーディア令嬢だな』
すると、映像の向こうにいるはずのジャスティンは私の存在に気付きました。
おそらく、偵察用のマジックアイテム……自立稼働する水晶を点在させて、こちらの場所を把握したといったところかしら。
ですが、こちらの場所を知っているのなら、それは好都合です。
私も彼と話がしたいと思っていたのですから。
「仮面卿……いえ、ジャスティン皇子! なぜこのようなことを! こんな民を巻き込むやり方、あなたの本意とは思えません!」
『買い被り過ぎだな。戦場では綺麗事など通用しない。君とてわかっているだろう』
「その綺麗事を貫こうと足掻いてきたのが貴方だったはず! もしやこれは貴方の父……皇帝や兄君の指示ですか? この作戦が失敗すれば帝国はなりふり構わずにコスモ王国を全て焼き払うと――!」
『……相変わらず貴女は優しく聡い。戦場には似つかわしくない華だ。しかし既に賽は投げられたのだ。もはや引き返す事はできない!』
「……お前ら、お互いの理解度深過ぎないか? もしや不時着した無人島で共同生活とかしてた?」
我々の言い合いを眺めていた殿下が呆れたように呟きました。
……そういえば、確かにそういう事はありましたが、よくわかりましたね。
「そうはさせません。王国は私たちが守ります!」
『今の君に何ができる。前の戦いでデスティアンヌに機体を破壊されたのだろう? 並の量産機では君の技量にはついていけまい。君は黙ってそこで見ているといい。決して悪いようにはしない』
最後にそう言い残して、ジャスティンは通信を打ち切りました。
こうしてはいられません。
時は一刻を争う、そう判断した私は懐から出した通信用の魔道具を耳に当て連絡を取ります。
「聞こえるかしら、セバス」
「聞こえております、お嬢様」
突然の通信だが、メタルコット家の執事長は即座に応えてくれる。
「戦況はどうなっているの?」
「良いとは言えませぬな。既に王都の軍や騎士団の主要施設は攻撃を受け防戦一方、周辺領や都市も援軍を送ろうとして、何らかの妨害を受けてそれどころではないそうです。この手際の良さ、帝国は大分前から準備していたようですぞ」
「ならば、私も戦場に急がなければね。私の機体の修理……いえ、改修は済んでいるかしら?」
「はっ。そろそろ、そちらに到着する頃合いかと」
噂をすれば、と外の方から大きな音と共に地響きと共に学園の校庭にもうもうと土煙が立ち込める。
生徒たちが帝国の攻撃かと戦々恐々としているが心配はないでしょう。
メタルコット家の輸送機が運んできた私の機体が届いたようね。
「――まったく、やることが荒っぽいのですから」
呆れながら見上げる私の目の前には、青を意匠にした白銀の魔導機士が佇んでいました。
「わあ、かっこいいなあ」
後ろにいる殿下はまるで全ての思考を放棄したような顔で呟いてます。
「しっかりしてくださいな、殿下。ご安心ください。まだ私たちは負けてはおりませんわ。この王都は絶対に守って御覧にいれます」
「え……あ、うん。まあ、頑張ってね……」
相変わらず投げやりな調子で送り出す殿下。
まったく、未来の王になるかもしれない方がこんな調子では困りますわ。
とはいえ、説教は後です。
私は長い銀髪を一括りにまとめると、動きやすいようにスカートの端を破って一気に疾走。
既に機体の胸部分……搭乗席は開かれており、私は飛び乗りました。
後ろの方から、お姉様素敵……、とグラス嬢の声が聞こえた気がしますが、気のせいかしらね。
私は胸の間に忍ばせていた起動キーを取り出し差し込み、光るモニターへとパスワードを打ち込みます。
するとコクピットは目覚めるかのように起動を始めます。
「フリーディア・メタルコット。ブルークロウ改、出るわ!」
叫んで、レバーを思いきり引く。
同時に、機体の背中からは魔力を翼状に形質化させたウイングユニットが展開。
そこから高密度の熱風が巻き起こり、私を乗せたブルークロウは一気に夜空へと飛翔した。
私はその勢いのまま燃える王都へと向かいます。
そこでは帝国の魔導機士たちによる王都の蹂躙が進んでおり、華やかだった街並みは無惨なものとなっていました。
「よくも……!」
幼い頃より慣れ親しみ暮らして来た場所を、守るべき人々を踏み躙られた私は怒りのままその内の一機へと斬りかかる。
向こうもこちらに気付いて、手にしていた大砲……銃を向けるが、私はそれを腕ごと斬り飛ばした。
怯んでいる隙に、トドメに足も切断して、そのまま誰もいない大通りへと蹴り飛ばしてやった。
……すごい。以前よりも性能が三倍近くアップしているわ。
技術者の皆も良い仕事をしてくれたわね。お父様に頼んで今年のボーナスは弾まなきゃ。
なんて考えていると、再びセバスから通信が来る。
『聞こえますか、お嬢様。そちらへ周辺の敵機が集結しつつあります』
「望む所よ。むしろ私が引きつけている間に王都に残った戦力の立て直しを急いでちょうだい」
『――わかりました。どうか御武運を!』
通信を切り、私はレーダーに映る敵機を見据える。
大丈夫だ。
今の私に怖いものはない。
「いくわよブルークロウ! 新しいあなたの力を見せて頂戴!」
そうして並みいる帝国機士を撃破していく中、やがて私は一つの熱源反応を見つけた。
「捕えたわ!」
私はそこに向けて、再び、さっきよりもさらに高く飛翔させる。
……そこには赤と黒が入り混じった魔導機士が飛んでいた。
やはり隊長機……仮面卿ジャスティンの機体だ。
『やはり来てしまったか、王国の戦乙女よ……』
ジャスティンは通信越しで憂いを帯びた声を送ります。
「当たり前ですわ。この国の貴族であり騎士でもある私にはこの国を守る義務があります」
『そのような理由で死地に赴くか。愚かだな』
ジャスティンの機体の高周波ブレードと私の光魔法を応用したレーザーブレードが交差しました。
「なぜ帝国はこのような事を繰り返すのですか! 私たちはわかり合えるはずです!」
『この期に及んで理想を求めるか。どこまでも甘い娘だ』
「理想を求めて何が悪いのですか! 貴方とて持っていたはずです!」
『そんな理想とうに打ち砕かれた! ここまで来たからには誰かが泥を被らねばならんのだ!』
私たちは会話は続けながら、空中で戦い続けます。
気付けば大音量スピーカーがオンになっており、下の方にも丸聞こえの状態でしたが、オフにしている暇はありません。
……なぜだか下の方から『もうお前ら付き合っちゃえよ』という殿下の声が聞こえた気がしますが、気のせいですわよね。
『勝った者が全てを手に入れる。それが戦場の倣いだ』
「ならば私が勝たせていただきますわ!」
私は機体のリミッターを解除、搭載された魔力炉の稼働率を限界まで引き上げる。
蒼く輝いていく私の機体。すると、同じようにジャスティンの機体が赤く輝いていくのを見て、私は思わず苦笑してしまう。
……似た者同士だとは思っていたが、こんな所まで同じでなくともいいでしょうに。
「はあああああああああ!」
『うおおおおおおおおお!』
互いの機体の魔導出力を全開にした私たちはぶつかり合う。
――その日、魔力波動による大きな花火が王都の上空で打ち上がった。
その後のことをかいつまんで話しましょう。
私たちは徹底抗戦の構えで王都の防衛をしていた所、ようやく各所に点在していた王国の戦力が援軍が到着したのもあって、私たちはどうにか帝国軍を追い返すことに成功しました。
……結局、ジャスティンとの決着をつけることはできなかったが心残りでしたが。
後に、この一連の騒動は「コスモスの乱」と呼ばれることとなり、この一件を重く受け止めた国王陛下は優秀なパイロットに新兵装を多く搭載した新型魔導戦艦に乗せた特別遊撃部隊の設立を決定。
先の功績を評価された私も、その部隊に配属が決まり、その魔導戦艦……サラブレード号と共に帝国との戦場を渡り歩く事になります。
ちなみに、ザランド王子とグラス令嬢の方は共になんやかんやで失脚及び没落してしまい、なんやかんやでそのサラブレードで魔導機士の整備士及びオペレーターとして働くことになりました。
……まあ、やたらイキイキして仕事しているので結果オーライですわよね。
一年後、大陸統一と帝国臣民以外の民族浄化を目論んだイカレ・テル・スペシアル皇帝は王国及び周辺国との同盟軍と激しい戦闘の末に戦死。
彼を傀儡にして、実質的に帝国の実権を握っていた宰相もといクロマーク第一皇子も行方をくらましてしまいました。
新しく擁立された皇帝はジャスティンの補佐の下、皇帝の実子の中の末妹でありながら才女と名高いマスリカ皇女が女帝として即位し、王国と不可侵条約を締結。
こうして戦争は終結して、ひとまずの平和が戻りました。
あ、そうだ。
さらにこの後、なんやかんやで私はジャスティンと結婚することになったのですが、ここら辺はさらに長くなるので割愛させていただきますわ。