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第9話 白弓一家


 ヴィシュの根城は市場から20分ほど歩いた場所にある。


 選民とその従者たちが住む、高い城壁で囲まれているエリアが城市。高い城壁には4箇所に門があり、西に向けて開いている門の近くに市場がある。その市場から城壁に沿うようにスラムが広がっている。


 スラム……言葉だけの知識はあったが、現代日本で生まれ育ったイオリにとって、貧困層のリアルなど知る由もない。

 入り組むように張り巡らされた路地。薄っぺらい屋根と壁で作られた素人工作のような家屋。建物と建物の間には縄が張られ、そこに掛けられた洗濯物の数々。壁を貫通してくる笑い声、喧嘩の声、泣き声……そこには人々が織りなす喜怒哀楽とともに、想像の数割増で貧困の香りが立ち込めていた。


 入り組んだ路地ーーー道幅は2メートルも無いだろうーーーを、たまに顔見知りに挨拶しながら進むヴィシュを追って歩くが……、イオリには見るもの全てが衝撃的で10メートルと進まないうちに立ち止まってしまう……路地にトキメクのは俺だけじゃない筈だ……。その都度ヴィシュに『おい、行くぞ』と促され歩き出す。


「イオリ……、スラムは場所によってはマジでヤバいから、あんまりジロジロ見るなよな。慣れるまでは俺が通った道以外は通るなよ……」


(祠からの獣道といい……このスラムの路地といい……道を覚えるだけで一苦労だな……)


 紙でも手に入れば地図を書いて覚えるんだが……、市場では紙を置いている店は見かけなかった。イオリは【心の欲しいものリスト】の上から二番目に『紙かノート』と書き込んだ。ちなみに一番上は今のところ布団である。昨晩の岩盤上での睡眠で、未だに背中が痛いのだ。



 路地を進むと、少し広めの通りに出た。通りには食堂だろうか? オープンカフェ……と言うと聞こえは良いが、要は広くなった道を半分占拠するように椅子とテーブルを並べている店がある。ヴィシュの根城はこの食堂の裏手だという。


「この食堂には世話になってるんだ。食材と交換でおばちゃんに俺たちのメシを作ってもらってる。会ったら挨拶してくれよな」


 そう言うと食堂の裏手に回って長屋のような建物の戸を開ける。


「ここが俺たち白弓一家の基地だ」


 ヴィシュはニヤっと笑った。






 建物の中は路地で見てきた他の家よりだいぶ広いようだった。


「ハクキュウイッカって何だよ?」


「ああ……、俺たち11人の……チーム名? みたいなやつだよ。俺たちはこのスリングショットで狩りをするだろ? だからガルディア軍最強の白弓兵団から名前を拝借して白弓一家だ。白弓兵団は、王様から白い弓を貰った弓の天才が団長で、アムカリアの侵攻を撃退し続けてるのも白弓兵団の活躍があってこそだ! 団長は選民にしては珍しく、俺たち下民を差別しないから、スラムでも人気なんだよ」


(薄給一家じゃなくて良かった…)


「でもヴィシュはスリングショットを使って無いよな……?」


「俺は特別…… 一応使ってるけど……罠の方が得意なの! 特殊部隊ってやつ!」


 焦るヴィシュにイオリは笑いながら質問を続けた。


「けっこう広いんだな……この基地は」


「11人で暮らしてるからな。この時間は動ける奴らは仕事や採集に行ってるから、今いるのは……ソース、ヒューイ、ボケ爺の3人だな。たぶん中庭にいるから後で会わせるよ。この部屋はみんなでメシを食ったり話したりする場所で……あと3部屋あって、ひとつは女部屋、もうひとつは男部屋。寝る場所な。で、最後が俺の作業部屋。中庭に使ってない納屋があるから、みんなと相談してそこを使えばいい。多分大丈夫だ」


 そう言って中庭に連れて行ってくれた。女部屋と男部屋、そしてヴィシュの作業部屋には中庭からしか入れない。防犯的にその方が良いのだろう。中庭には男の子が2人とお爺さんが1人いて、男の子は植物の蔓を編むようにして何かを作っている。お爺さんはその様子を椅子に座って眺めていた。



「帰ったぞー!」


「ヴィシュ兄おかえりー! 何が獲れた?」


 1人の男の子が元気よく聞いてきた。もう一方の子は黙ってヴィシュとイオリを交互に見つめている。お爺さんはあまりこちらを気にせず、椅子にすわったままボーッとしている。



「今日は新しい仲間を連れてきた。俺の友達のイオリだ」


「え〜! 増えるの〜! 寝る場所狭くなるじゃん!」

「また増えるのかよ〜!」


 ヴィシュは『イオリ、アメダマを……』と促してくれた。



「俺はイオリ。ヴィシュと縁があって…ここで一緒に暮らしたい。これはお土産だ」


 フルーツ喉飴をひとつずつ渡すと、ヴィシュが食べ方を教える。男の子は包みから出して口に放り込むと、その表情はみるみると驚きに満ちていく…


「ゆっくり口の中で溶かして食べるんだ。美味いだろ?」


 以前から知っていたかのように自慢げに教えるヴィシュが面白い。後でヴィシュにも渡さないとな…。


「他にも食料の差し入れがある。どうだ……? イオリも一緒に暮らしていいだろ?」


 元気な方の少年は飴玉を口内で溶かすのに夢中で、コクコクと言葉無く了承の意を示してくれる。もう1人の少年もコクっと控えめに了承してくれたようだ。お爺さんは変わらず、椅子にすわったままボーッとしている……。


「この通り、大丈夫だ。他の仲間も帰ってきたら頼むな。基本的にはリーダーのバックがオッケーしてくれれば問題ないと思う。」



「じゃあ紹介するな。この元気なのがソース。白弓一家の最年少だ。いつもは籠を編んだり、歳上の仲間に付いて行って採集の手伝いをしてる。まだ1人で森に行くのは危ないからな」


 ソースはフルーツ喉飴に夢中だ。


「で、おとなしいのがヒューイ。ヒューイは殆ど喋らない。たまには喋るけどな。怖がって外にも出ない。だから留守番担当だ。ヒューイが留守番しててくれれば皆んなが安心する、一家の最終兵器だな」


「最終兵器……?」


「そう、最終兵器。まあ……詳しくはそのうち分かる」


(最終兵器か……、気になるなぁ……)


 ヒューイはチラッチラッと床とこちらを交互に見ている。虚弱そうな少年だ。


「いつも椅子に座ってボーっとしてるのはボケ爺。名前も分からないからボケ爺。ボケ爺はボケてるから何者なのか分からない。基本的にはニコニコ座ってる。何もしない。でも凄い」


 そう言ってヴィシュはボケ爺の袖を捲って左腕を見せてくれる。上腕から手首にかけて、けっこう広い範囲に青白いタトゥーが刻まれている……。ボケ爺は袖を捲られても気にせずニコニコしたままだ……。


「精霊紋だ。これは風の精霊紋。普段は座ってニコニコしてるけど……たまに我に返って風の力で鳥を落としてくれる……鳥肉担当だ」


(何それカッコイイ……)


「あとは帰ってきた順で紹介するよ」



 そう言ってヴィシュは作業部屋に向かって歩き出す。作業部屋は中庭に面していて、入り口には何本も棒切れが立て掛けてある。軒先には獣の革が吊り下げられていて、昨日の兎らしき毛皮も有る。


「ここは俺の作業部屋。狩猟採集に行かない日はここで仕事をしてる。みんなのスリングショットを作ったり、罠を直したり、フーラ工房からの仕事をしたりな」


 作業部屋は3〜4畳くらいのスペースで、そこには様々な材料……木の板や棒、動物の骨のようなもの、縄、藁など……が所狭しと置いてある。そして部屋の中心には丸太のような台があり、丸太の上には木槌や何種類かの刃物が置かれていた。刃物はどれも乳白色のセラミックのような素材だ。


「刃物って金属のものはないのか?」


「欲しいけど高くて買えないよ……。特にガルディアは火の精霊が少ないから鍛治職人も少ないし……鍛治工房は軍の仕事ばっかりやってるしな。やっぱイオリは別の国から来たか、金持ちだったんじゃないのか? スラムで刃物って言ったらフェラーメの骨で作ったのを思い浮かべるぜ。城壁の向こうなら金属も多いんだろうけど」


 フェラーメとは骨も外皮も硬い獣らしい。外皮には鱗があって、鱗はそのまま刃物としても使えるし、骨は鱗より硬く研磨することで丈夫な刃物になる。イオリは爬虫類を想像した。


 金属加工には強い火力が必要で、火の精霊がいないと火力が足らずに加工ができない。ガルディアに最も多い精霊は土の精霊で、火の精霊が最も少ない。だからガルディアには鍛治工房自体が少ないらしい。


「まあ、気になることが有ったら取り敢えず俺に聞けよな。他の仲間に聞いて怪しまれても面倒だし……。イオリはビックリするような質問ばかりするからな!!」


(確かに……ヴィシュが特別お人好しな気がする……)


「自覚してるし、気をつけるよ」


 イオリは申し訳なさそうに笑って応えた。




 作業部屋で会話をしていたら長い時間が経っていたようで、辺りはだんだん暗くなっていた。2人が最初に入った部屋に戻ると、別の仲間が帰ってきていた。



 実の兄弟だというライとレフ。2人とも小学校高学年くらいに見える。兄のライは計算ができるので商人の手伝いをしながら勉強をしているらしい。スラム出身でも商売で成功している者はいるようで、ライも商人になるために頑張っている。弟のレフはまだ子供なのに怪力で、レフに付いていって荷下ろしや荷運びをしている。


 サーシャは一家のお姉さん的存在だ。スラムの住人らしからぬ、おっとりした雰囲気だ。今日は歳下の仲間を連れて森へ行っていたらしく、木の実や茸が入った籠を持っている。『そろそろ収穫も少なくなってきたから、節約しないと……』と言っていた。閑猟期は獣だけでなく木の実や果実、茸も採れなくなるらしい。


 サーシャに連れられていた2人は、バールという悪ガキと、クルルという女の子だ。バールはヴィシュより少しだけ歳下に見える。いかにもスラムの子供……といった感じで口が悪い。悪気が無いのは分かるので、慣れるしかないだろう。クルルは引っ込み思案な女の子で、あまり目を合わせてくれないが嫌悪されているようでもない。少しずつ仲良くなれるように頑張ろう。


 そして最後はバック。白弓一家のリーダーで、お姉さん役のサーシャとは幼馴染で同い年。つまり一家の最年長だ。頼れるアニキの雰囲気を醸し出している。顔つきや体つきから高校生〜大学生くらいに見えるが、その歳で家長として頑張っているのだから……イオリは素直に凄いなと感心した。スリングショットの扱いが最も上手く、鳥や兎を狩るのが上手いので基本的には狩に出ているらしい。今日は兎を1羽獲ってきた。『今季はダメだな……。獲物の気配が少なすぎる……』そう言って肩を落とした。



「バックだ。一応リーダーをやっている。ヴィシュから聞いてるよ、変な仲間ができたってな! 」

 そう笑って右手を差し出す。テラデアも挨拶の基本は握手らしい。イオリは力強く握手を返した。





 一通りの挨拶を済ませ、皆がそれぞれに別のことを始める。けっこうアッサリと受け入れてくれたようで一安心だ。そう考えているとヴィシュがサーシャに何か話しかけているのが聞こえてきた。



「ミオンはまだ返ってないのか……?」



 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10………部屋を見回して脳内でカウントする。

 確か11人って言ってたな……もう1人いるようだ。




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