第8話 王都へ
「しっかし……これだけ何にも覚えてないのに、記憶なんて戻るのかねぇ……」
ヴィシュはヤレヤレのポーズでイオリを眺めた。
そんな反応も仕方が無い。王都へ向かうこの道中、イオリはヴィシュに根掘り葉掘りと質問攻めにしているのだ。
ヴィシュの仕事のこと。他にはどんな仕事があるのか。賃金。服の値段。そんな手近な話題から始まって、普段の食事内容、食材の値段、どんな店が有るのか……と、まずは聞きやすく答えやすそうな生活の話題を振っていた。
ヴィシュはフーラ工房という木工細工の工房から仕事を貰っていて、いつもは材木の加工で、特に細かい作業を任されているらしい。普段は自宅の作業部屋で作業して、できた物を工房へ納品に行くが、工具は高くて作業部屋だけでは簡単なものしか作れない。高度な物を作る時はフーラ工房に出向いて作業することもあるそうだ。
工房からの仕事が無い時は木のツルで籠を作ったり、弓矢の矢柄を作っている。戦争が続いているので矢柄は作っただけ売れるのだそうだ。賃金はだいたい3日間作業して銅貨3〜4枚が相場らしい。ヴィシュは『俺は器用だから高給取りなんだぞ!』と言って自慢気である。
貨幣は鉄銭、銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の6種類があって、その価値は……
鉄銭10枚が銅貨1枚
銅貨5枚が銀貨1枚
銀貨5枚が大銀貨1枚
大銀貨5枚が金貨1枚
金貨10枚が大金貨1枚
……である。
調達してきてくれた服はパンツ、シャツ、ベストの3点で銀貨3枚と言っていたから……ヴィシュの4〜5日分の給金……ということになる。スラムではお金がなくても物々交換ができるので、給金を全く貰わずに暮らしている人も珍しく無いそうだ。
ヴィシュが住む西のスラムでは、決まった仕事を持っている人より、荷運びや土木作業などの日雇い仕事を生業にするか、森で狩猟採集をして余った獲物を売って暮らす人が殆どだそうだ。
(うーん……俺にできる仕事はあるのだろうか……? 自慢じゃないが体力には自信がない……)
手持ちの銀貨5枚が尽きるまでに何とかしないと手詰まりになりそうだ……。そんな不安に駆られていると、見透かしたようにヴィシュが笑う。
「安心しろよ。銀貨5枚も有れば、俺なら余裕で30日は暮らせるぜ。まあ、スラムでなら、な」
ヴィシュの言う30日は玄人の意見だし、物々交換するための土台がある。だから言い過ぎだとしても、とりあえず20日くらいは何とかなるのか……? 銀貨5枚は銅貨25枚だから……、1日銅貨1枚を目標にするか……。それでも余裕があるとは言えないな……。
そこまで考えていて、とんでも無いことを思い出した……。
(光る石が最低でも大金貨4枚……!!)
苦手な計算をすべく、イオリは脳をフル回転させる……。
黄色い光る石がひとつで銀貨1000枚!!!
銀貨5枚で1ヶ月暮らせるヴィシュなら………なんと16年以上……!!!
(そりゃビクビクもするよ……親切にしてくれるのも頷ける……)
イオリは少し悲しくなったが……、いやいや今までの会話からヴィシュが良い奴だということは間違いないだろう。打算に塗れた自分を恥じた。
「イオリ……、精霊鉱石の重要性に気づいただろ?」
「ああ……」
「とんでもないし、これからどう扱うかは慎重にならないと危険だってあるんだよ……」
なんてしっかり者の少年だろうか……俺がヴィシュくらいの年頃だったら……おそらく小躍りしながらリッケンバッカーを買いに走ったことだろう。
「まあ……それは後で考えるとして、俺の家に行く前に市場に寄ろう。市場なら色んな相場も分かるし、ウチに居候するんだろ? 仲間にちょっとした土産を買ってやってくれよ。そうすりゃ誰も文句言わずに迎え入れてくれるからさ!」
祠を発ってから小一時間ほど歩いただろうか? 行程の殆どは降りだったし、話し込んでいたせいか疲労は無い。ただ、森の中の獣道のような細い道中を記憶しておくことは難しかった。
(また祠に戻る時はヴィシュに頼んで連れて行ってもらわないと無理だな……)
森を抜けると、草原と耕作地帯を挟んで街が見える。
市場は人でごった返していた。しかし『だいたい何でも揃う』と言われていたが、想像していた市場より品物は少ない。日本の……アメ横のようなイメージだったが、人混みは3割減、品揃えは三分の一といった感じだ。それでも森からやってきたので喧騒は新鮮だ。ヴィシュから逸れないように付いて回る。
「穀物は高いからやめておけよ。芋の方が安いし腹に貯まるから!」
「あとは……肉は……今季は本当に少ないな……いつもの倍近く値上がりしてるから……うーん………今日獲れた野兎で良いか……」
人が溢れるような市場で、イオリはヴィシュの指示に従って献上品を見繕っていく。物の値段を覚えるのにも丁度良い。
肉類は稀に見る不猟で値上がりが酷いらしい。今日、ヴィシュの罠にも獲物は掛かっていなかった。運良く大物を仕留めたという情報が入ってきても、あっという間に選民が確保してしまうようでスラムの市場に並ぶのはクズ肉で、それなのに相場はいつもの倍だという。不猟の原因も分からないまま、あと30日もすると狩猟ができない時期が来るらしく、スラムの住人は戦々恐々としているということだ。
2人は露店を縫って買い物を続けた。
「果実は、俺たちでも調達できるから……あっ!!」
ヴィシュが急に何かを思い出したように叫んだ。
「イオリ! アメダマって……まだたくさん持っていたよな? あれを1人1個渡してやってくれないか? 全部で11個だ!」
(11個……? ちゃっかりヴィシュの分も入ってるな……)
「ああ、問題ない。気に入ってくれて何よりだ」
ヴィシュは少し照れたように笑った。
土産物も揃ったし、2人はようやくスラムにあるヴィシュの家へ向かう。
次話はとうとうヴィシュの家です。
登場人物が増えます!